「ドクターイエロー」に1年間密着したカメラマンが「美しい鉄道写真」だけでなく“検測員”や“鉄道ファン”の姿に焦点を合わせた理由
第1回【子どもたちから圧倒的人気「ドクターイエロー」の引退記念写真集が大ヒット! かつての乗り鉄少年が“JR東海公式”写真集を手がけるまで】からの続き──。昨年末に出版された『ありがとうT4 JR東海公式 923形ドクターイエロー引退記念写真集』(ウェッジ)の“特装版”が注目を集めている。担当記者は「通常版は税込5940円ですが、特装版は何と税込9万9000円。何が違うか、それは写真集を収めるケースです」と言う。(全2回の第2回)
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【写真を見る】村上カメラマンがドクターイエローを巡る「人間ドラマ」を捉えた「ベスト・オブ・ベスト」の写真8枚
「昨年1月に引退したJR東海のドクターイエローは正式名称を『新幹線923形電車』と言います。1964年にデビューした922形は『T1編成』とも呼ばれ、それがT2、T3と続き、2000年にJR東海に導入された923形は『T4編成』でした。そのため『T4』が写真集のタイトルにも使われているわけです。そして、特装版では引退したT4に使われていたアルミを回収し、写真集の特別ケースとして再生しました。発行部数は923形にちなんで923部。ケースには1番から923番までのシリアルナンバーが刻印されています。鉄道ファンが『自分の側にT4を置ける』と喜びの声をSNSに投稿するなど話題を呼んでいます」(同・記者)
写真集を作成するにあたっては20万カット以上の写真が撮影され、まさに厳選された400点が書籍に収められた。カメラマンとして白羽の矢が立てられたのは村上悠太氏。実力派の鉄道写真家として知られている。

JR東海がT4の引退を発表したのは2024年6月。JR東海グループの出版社・ウェッジから記念の公式写真集を出版することが決まると、すぐに村上氏の名前が候補として挙がったという。
村上氏に与えられた撮影期間は約1年。ウェッジからの依頼を快諾したのは当然のことだが、その時に「自分にしか撮れない写真を撮りたい」と心に決めたという。
「公式写真集」の意味
「引退するT4にカメラマンとして密着できるという、またとない機会です。このチャンスをどう活かすか、担当の編集者とは『すごく大変だけれど、ありきたりの写真集にはしたくない』と議論を重ねました。私はプロの鉄道写真家として、それなりの経験を積み重ねています。『富士山をバックに疾走する、黄色が鮮やかなドクターイエロー』といった写真を撮影するノウハウは持っています。実際に撮影しましたし、写真集にも収められています。ただし“絵に描いたような美しい鉄道写真”は写真集の見ごたえとして絶対に必要だとはいえ、それだけでは『公式写真集』の意味がないと考えたのです」(同・村上氏)
疾走するドクターイエローをカメラに収められる撮影ポイントを探し、理想的な季節や時間、天候を考えてシャッターを切る──。
美しい鉄道写真を撮るだけでも大変な手間が必要だとはいえ、JR東海の協力がなくても撮影できるのは事実だ。そこで村上氏は「外からだけでなく、ドクターイエローの内部でも写真を撮れば面白いはずだ」と考えた。
写真集のプランを練る際、過去の経験が活きた。中学・高校の時に熟読していた月刊誌「鉄道ジャーナル」の人気連載「列車追跡」は、列車の写真だけでなく乗客や乗務員にフォーカスが当たっていた。写真を通して人間のドラマが描かれていた。
写真集の3つの柱
日大芸術学部の写真学科に通うと、担当教授も友人も村上氏の写真を「鉄道写真」ではなく「鉄道が映っている写真」として批評した。写真家として引き出しを増やそうと、大学時代はポートレートなど「鉄道が映っていない写真」の撮影にも力を入れた。
「JR東海さんの全面協力が得られるという、またとない機会を得たことも写真集の構想に大きな影響を与えました。具体的には『T4の中も撮影する』、『T4が引退するまでの1年をドキュメンタリーとして追う』と『T4に関わる人間の姿を可能な限り撮影する』の3つを写真集の柱にしたのです。写真集は2024年11月の検測走行、25年1月24日の体験乗車イベント、27日のラストラン前日、28日と29日の上りと下りのラストラン、2月3日から始まった廃車作業と、ドクターイエローが引退するまでの日々を丁寧に撮影した記録でもあります。さらに被写体もドクターイエローを整備する人、走る車内で検測をする人、浜松工場のイベントに集まった鉄道ファン、特に子供たち、と人間にも焦点を合わせました。ドクターイエローの美しさだけでなく、ドクターイエローが多くの人に支えられ、愛された事実を写真集で示すことができたと自負しています」(同・村上氏)
人間が中心の「ベスト10枚」
デイリー新潮は村上氏に依頼し、写真集に収められた400点の写真から「ベスト・オブ・ベスト」の10枚を選んでもらった。
そのうち、「ザ・鉄道写真」と呼べるような作品は2点しかない。しかも、うち1点は大きく拡がる愛知県内の都市空間を、小さなドクターイエローが走っているという俯瞰写真だ。あえて逆光の中を撮っており、T4を見つけるのに数秒かかるという人もいるだろう。
ほかの8点は全て人間が主役だ。廃車作業を目前にしたドクターイエローの車体を愛しそうに撫でる検測員、ラストランに乗車した検測員の様子、体験乗車イベントで子供に対応するJR東海の職員──。
ドクターイエローに完全密着した写真家は村上氏しかいない。そんな村上氏に「なぜドクターイエローはこれほど人気を集めるのでしょうか?」と質問すると、「結局、分かりませんでした」と笑った。
第1回【子どもたちから圧倒的人気「ドクターイエロー」の引退記念写真集が大ヒット! かつての乗り鉄少年が“JR東海公式”写真集を手がけるまで】では、1987年の国鉄民営化の年に生まれ、乗り鉄となった村上氏がどのような人生を歩み、鉄道写真家として活躍するようになったのか、村上氏の半生について詳細に報じている──。
デイリー新潮編集部
