医者は【王様】ではない。これからの医療現場に必要不可欠なコミュニケーション能力とは
AIの登場により、「病院の診察室にいる白衣のお医者さん」のイメージは、いまからの10年で大きく変わる。
その激変の時代に医師になるとはどういうことか。
医師であり、医療未来学者でもある著者が、これから医師になろうとする娘、そして医学部を目指す若い人たちへ向けて語る、医師の仕事のリアルとキャリア、そして「未来の医師の姿」とは。『医療未来学者の父が 医師になる娘へ語る これからの医の世界』より気になる章をピックアップしてご紹介します。
チームワークで自分の役割を果たそう
医療現場は、チームワークがすべてです。どんな天才医師でも、一人でできることはとても限られています。いや、一人でできることなんてほとんどない、と言ってもいい。
では、さまざまな専門職の人たちと協働する中で、医師はどんな役割を果たすべきでしょうか? もちろん、新米医師であろうと医療技術や知識は不可欠です。しかし、それだけでチームワークは乗り切れません。メンバー同士の意思疎通が円滑にできて、言われたことを言われた通りにやる、本質的なコミュニケーション能力が必須なのです。
かつて医療現場では、医師が「王様」のような立場で、他の職種のスタッフは、その指示に従う「召し使い」のような扱いをされる時代もありました。しかし、今の医療現場で、そんなワンマンな医師は通用しません。場所によっては、即退場を言い渡されます。現代の医療は、上下関係ではないチームワークを基本にしているのです。もちろん、職制上、職業の守備範囲上の指揮命令の関係、方向はあります。でもそれを上下関係と誤解してはいけないのです。
病院には、医師だけでなく、看護師、診療放射線技師、臨床検査技師、薬剤師、理学療法士、臨床工学技士、さまざまな事務職……、多種多様なプロフェッショナルが働いています。それぞれが、プロ意識を持ち、患者さんの命と健康を守るために尽力している。そういう仲間に対し、上下関係という意識を持っていては、関係性はうまく維持できません。医師も、すべてのスタッフをリスペクトし、対等な気持ちでコミュニケーションをとらなければならないのです。
僕自身も、若い頃は放射線科医として、日々、診療放射線技師と密接に連携をとる必要がありました。技師さんたちは、機械のメカニズムや操作、診断画像を作ったり、やり取りしたりする技術に関して、僕よりもはるかに詳しいスペシャリストでした。とっつきにくく感じる人も少なくなくて、技師さんの控え室で時折行われる飲み会(昭和なので許されよ)に誘われることが怖かった時期もある。最初は戸惑うことも多かったけれど、技師さんたちの専門性を尊重し、積極的に話を聞くようになった頃から、自然と信頼関係を築くことができました。彼らから学ぶことは本当に多く、それが僕自身の医師としての成長にも繋がったと心から思っています。
看護師さんもそうです。患者さんの体調の変化や心の状態を、誰よりも間近で把握しているのは、医師ではなく看護師です。看護師さんのきめ細かな観察力や、患者さんに寄り添う温かさからは、僕たち医師が学ぶべき点がとても多い。そう、事務職の方々も、診療をスムーズに実行していくために、なくてはならない存在です。多様な職種の人たちがいるからこそ、僕たちは安心して医療の提供に専念できるのです。
では、具体的にどんなコミュニケーション能力が必要なのでしょうか?
これは一例ですが、自分の能力とは関係なく、先を急いで物事を進めようとする医師がいます。もちろん、目の前の一つの現象だけにとらわれず、そこからわかる十のことまで考える思考力も重要です。これが数学とか理論物理の研究者であれば、一を聞いて十を知る天才タイプは評価が高いでしょう。なぜなら彼らは、日常的なことができなくて靴の左右もわからないような人でも、数学理論だけできれば認められるのですから。ちょっと極論ですかね。数学者や物理学者の友人も何人かいますが、ちゃんと左の靴は左足に履いています。ヘンクツなりにきちんとしています。
でも、医療、特に臨床の領域では、そのようなことはあり得ません。必要以上に気を利かせて、先回りして行動しようとすると問題が生じることがあります。チームメンバーが、自分と同じ理解度があるとは限らないからです。それを無視して自分のペースで進めようとすると、メンバーとの間にズレが生じて、結果的にチーム全体のパフォーマンスが低下してしまう可能性があるのです。
そのため、医療の現場では、仮に一を聞いて十がわかったとしても、いったんそのことはおいといて、最初の一から順番にチームワークを進めていきます。僕自身もそうでした。もしも自分が途中で抜けて、代わりの医師が引き継いだとしても、メンバー全員が足並み揃えて動けるようにしておかなければいけません。なぜなら、医療の世界には、コミュニケーションも技術も、「最低限これだけはやらなければならない」と決められたベースラインがあるからです。医療の世界と他の分野は、ここが大きく異なる点でしょう。
もう一つ、チームワークで欠かせないのは協調性です。手術室や処置の現場における連携、病棟内の情報共有、外来のスムーズな診察。これらすべては、そこにいるメンバーが互いにフルに協力し合ってこそ、初めて成り立つものです。
そのためには、自分の専門領域以外のことにも興味を持ち、情報収集しながら、他のメンバーの意見にも耳を傾ける。自分がわからないことは素直に認め、他のスタッフの知恵や経験を借りる勇気を持つ。そのような謙虚な姿勢も忘れないでください。
中間管理職を経験して社会人として一人前になる
医学部生は、自分がリーダーになる姿をまだ想像できないかもしれません。専門医研修でも、基本的に指導医のもとで学び続ける立場です。しかし、研修を経て専門医資格を取り、多くの人のおかげで一人前の医師に育ててもらったら、次は、あなたが後進を指導する番です。組織の中で責任あるポジションを与えられて初めて、医師としてだけではなく、社会人として一人前になれるのです。その経験は、その後、40代後半以降のキャリア形成において、良い意味で大きく影響するでしょう。
中間管理職になると、部下を持ちますから、しばらくは転職しにくくなります。休みも取りにくくなるかもしれません。また、一般企業と同じように、現場の仕事と異なる業務が増えるため、役割が大きく変わることに戸惑いを覚える人もいます。それを、つまらないと感じることもあるかもしれません。
第一線で患者さんを診たい医師であれば、管理職への昇進は避けたいと思う気持ちもわかります。
でも、もしあなたが、そういう局面に立たされたら、ちょっと視点を変えて考えてみてほしいのです。もし40代を過ぎてから、病院とは違う世界で、医師としての知識と経験を活かす仕事に就きたいと思ったら? 医療業界の外の世界に出るとわかりますが、一般企業や自治体では、中間管理職を経験している人のほうが圧倒的に有利なのです。
僕も製薬会社で働いていましたが、医師が一般企業に転職する際に企業側から懸念されるのは、社会人としての基本的な能力があるのか? という点に尽きると言ってもいいくらいです。
中間管理職の役割は、業務分担や進捗管理にとどまりません。部下を育成し、チーム全体のパフォーマンスを最大化し、組織の課題解決をするためには、人間力はもちろん、戦略的思考力も求められます。
たとえば、若手の医師が伸び悩んでいるときは、彼らの話に耳を傾け、何に困っているのかを理解し、具体的な解決策を共に考える。現場だけで解決できない問題は、上長とも話し合う。そうしたマネジメントや上層部と現場との橋渡しができるのが、まさに中間管理職で、企業が求めていることでもあります。
医学博士号や専門医資格があれば、医師としての知識や能力はある程度は証明されています。でも、それだけでは、社会人としての常識があるのか、マネジメントまで任せられるのかどうかはわからない。上司と円滑にコミュニケーションをとる、あるいは部下をマネジメントするといった能力は、医療現場で働いているだけで自然と身につくものではないからです。
しかし、同じ医師でも中間管理職を経験していれば、マネジメント能力があるという証明になります。これは、転職先にとって非常に魅力的な条件なのです。もしも中間管理職の経験がなければ、採用対象から外されてしまう可能性もある。それはまるで、企業が求める「社会人としてのパスポート」を持っていないようなもの。医師としての専門知識と、マネジメント能力、この2つを併せ持つ人材は、どんな業界でも希少価値が高いのです。
だから、もし自分のキャリア設計において、少しでも上昇志向があり、現状に留まりたくないという気持ちがあるなら、昇進し、部下やチームメンバーを持つチャンスを逃さないでください。医療の世界以外でやりたいことが出てきたら、医学の知識やスキルだけでなく、一般社会でも信頼に値する経験が不可欠なのです。
中間管理職の仕事は、決して楽なものではありません。上と下の板挟みになることもあれば、部下との人間関係に悩むこともあるでしょう。でもそうした困難を乗り越えることで、医師としてだけでなく、一人の人間として大きく成長していきます。目の前の困難に尻込みせず、その先に広がる可能性まで視野を広げて、常にチャレンジし続ける姿勢を持ち続けてください。
