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令和8年2月26日、東京地裁718号法廷。傍聴人は20人程。法廷は緊張した空気が漂っている。すでに証言席には大柄な男が陪席に向かい座っていた。かつて小口債権回収市場を席巻し、一代で年商40億円、所員300名を抱えるまでに上り詰めたエリート弁護士、鈴木康之である。

アプラスをはじめとする多数の大手企業と契約を結び、返済が遅れた者の自宅には「鈴木康之法律事務所」と印字された封筒が容赦なく投げ込まれた。その「回収の雄」が今、法人税法違反などの罪に問われ、裁きを待っている。

午後、いつもながら白いマスクをした河村宣信裁判長が陪席の中央から静かに、しかし冷ややかな声で判決の主文を読み上げ始めた。

「主文、懲役1年6月、執行猶予3年及び各法人に罰金刑に処す」

鈴木の巨体は微動だにしなかった。しかし、この執行猶予判決が意味するものは、ただの「刑務所行きの回避」ではない。弁護士法第7条の規定により、禁錮以上の刑(執行猶予を含む)を受けた者は弁護士資格を失う。彼が人生をかけて築き上げた「法律家」という仮面が、司法の手によって合法的に引きはがされた瞬間である。

裁判長は続く理由の朗読で、鈴木の弁護人が展開してきた「公訴権濫用」という防衛線を一つ一つ、事務的に粉砕していった。弁護人は従前の期日において、鈴木が代表を務める法人について「平成29年12月期以降、売上の過大計上をしており、逋脱額を上回る過誤納税がされていた」と主張し、国税と検察が「時期が連続しない2事業年度の期を恣意的に選択して公訴提起」したと激しく糾弾していた 。

だが、裁判長は一瞥(いちべつ)もくれずに退けた。

「証拠上では、被告人が判示の行為をしたことは明らかで、弁護人の主張はいずれも公訴の提起自体が公訴権濫用を構成するような特段の場合にあたることを指摘するものではない。念のために付言をしておくと、弁護人のいう被告法人の売上の過大計上、判示の各事業年度の部分は本件の税額の計算上関係なく、なんら本件の違法性を損なうものではない」

刑事法廷という場において、全体として税金を払いすぎているという実質的な損得勘定は、単年度ごとに成立する脱税という犯罪の構成要件を無化する魔法の杖にはならない。以前の期日で「あなたも法律家なんだからさ」と裁判長から吐き捨てるように大声で叱責(しっせき)された論理の破綻が 、ここで最終的な結論として確定した。

メールに「理屈が未整備」

さらに裁判長は、鈴木が事実上支配する株式会社スタッフエージェント(現・株式会社H&R Partners)における人工知能コールセンター開発費用の計上について言及した。 鈴木は従前の本人尋問で、共犯である税理士の大場裕之やシステム開発を請け負った株式会社ORENDA WORLD(以下、オレンダ社)の代表・澁谷陽史の言葉を盾に取り、「音声合成の部分に関しては一部できているんじゃないか」「全額が架空であったという明確な自覚はなかった」と、曖昧な記憶を頼りに強弁していた 。弁護人もこれに同調し、費用は架空ではないと主張した。

しかし、検察官は冷酷なまでに証拠という一次資料でこれを切り崩していた。「ほぼほぼ完成しておりますが、理屈が未整備ですので、今回は仮勘定でお願いいたします」という鈴木自身が送信したメール 。そして何より、送金した資金の大部分(約83%)が鈴木の手元に現金で還流していたという動かぬ事実である 。

裁判長は語気を強めた。

「本件では当該費用として計上した資金は、被告人がその大部分の還流を受け、協力者はその報酬として受け取るという前提で交付され、実際にそのように還流等がされているのであるから、架空でないなどといった主張は失当というほかありません」

『失当』という強い語彙が、鈴木の「だまされた被害者」という演技を切り裂く。

続いて「費用の前倒し計上」に関する判断が下された。鈴木は法廷で「わずか2週間ぐらいの誤差だったので、まあ大丈夫かなと」「重加算税の対象程度かなと」とうそぶき、日付のバックデートを軽微なミスであるかのように装っていた 。 裁判長はこれに対しても「仮にも日付を遡らせての書類を作成し、計上することは許されないとも言え、その他弁護人の指摘する点を含め、これらはいずれも検察官が裁量権を不当に行使したことを疑わせるものではない」と一蹴した。

量刑理由の朗読に移ると、法廷の空気はさらに冷たさを増す。

「本件は弁護士、弁護士法人の代表者、労働者派遣事業等を営む株式会社の実質的経営者であった被告人が、同弁護士法人及び同株式会社の業務を主導し、架空の費用を計上するなどの方法により……(中略)……被告法人の逋脱税額は合計約2750万円で、被告会社の逋脱税額は合計約6490万円に及んでおり相当に高額であり」

計約9240万円という逋脱額。これは国税の告発基準である1億円に肉薄する数字である。この巨額の脱税を主導したのは、他ならぬ鈴木自身であった。

裁判長が感情をあらわにした瞬間

大場税理士の証言によれば、鈴木はオレンダ社のスキームを利用する際、還元されるキックバックの割合について「実効税率から考えますと、ちょっと割高だ」と値切り交渉まで行っていたという 。純粋なシステム開発の対価であれば、実効税率を持ち出して値切るなどという発想は出てこない。鈴木が求めていたのは技術ではなく、最も効率よく利益を圧縮し、現金を抜き取るための「脱税の利幅」であった。

そして、厳粛に主文を読み上げていた裁判長が、突如として感情をあらわにした瞬間が訪れる。

「被告人は弁護士として法令を遵守し、社会正義を実現すべき立場にありながら自らが代表を務めあるいは実質的に経営する各法人について“税金を払いたくない”との思いから、共犯者の協力を得て架空の業務委託費等を計上し」

『税金を払いたくない』。この一節を読む際、裁判長の語気は明らかに鋭さを増した。それも驚く様子を示す読み上げ方。法の番人であるべき弁護士が、単なる個人的な蓄財の欲求から、Oという知人を通じて請求書の作成日を遡らせるよう指示し 、さらには税務調査が入った後に「余計なこと言わないで欲しい」と口止め工作まで行った 。クライアントの権利を守るための弁護士の知恵を、自身の犯罪の証拠隠滅という最も卑劣な形で悪用したことへの、司法からの軽蔑の眼差しであった。

「他方、被告人が本件の捜査等に対する強い不満を法廷で繰り返し述べるなど、自己の行為を顧みるには不十分と言わざるを得ないものの、公訴事実については一応これを認め」

『一応これを認め』。この「一応」という二文字に、裁判所のすべての評価が凝縮されている。鈴木は本人尋問において、検察の起訴を「恣意的だ」「技巧的だ」と執ように攻撃し、本件を担当していた国税の査察官の不祥事まで持ち出して泥仕合に引きずり込もうとした 。顔を紅潮させ、スマートウォッチをいじりながら「立証責任は検察にありますから」と検察をにらみ早口で叫んだその姿に 、真摯な反省など微塵(みじん)もなかったことを裁判官は見抜いていたのである。

それでもなお執行猶予が付されたのは、すでに修正申告と納税が完了しているという客観的事実が存在するからに過ぎない 。裁判長は最後に、法人に対しても罰金刑を科す理由として「このような犯罪が経済的に割に合わないことを知らしめるため」と述べた。

「以上が、裁判所が最初に述べた罰金刑、それから鈴木さん本人に対する懲役刑について執行猶予にするということにした理由です。判決の内容は理解できましたか?」

裁判長は顔を上げ、鈴木康之の目を真っ直ぐにしかめ面で射抜いた。強い、そして底冷えのする眼光をぶつける。鈴木は一言も発することなく、重い頭を二度、小さく縦に振った。

「これで判決を終わります」

閉廷が告げられると、鈴木はすぐに立ち上がり、傍聴席から最も遠い被告席の角へと巨体を沈めた。弁護人に向けて「ありがとうございました」とつぶやいたものの、その表情は狼狽(ろうばい)に満ち、かつて帝王と呼ばれた男の威厳は完全に消え失せていた。傍聴席に顔を向けることはなかった。

大型資金調達と補助金申請採択のウラ

しかし、この裁判には、法廷の記録には残らない、もう一つの巨大な闇が存在する。鈴木が尋問の中で顔を真っ赤にして叫んだ怨嗟(えんさ)の声の中に、そのヒントは隠されている。

「ORENDA WORLD自体は、令和元年から令和4年まで毎年5000万円から1億円ぐらいの売上を計上している。それと同時に2億円ぐらいの資金調達もしてます。……私の方が逮捕されて、ORENDA WORLD側は、逮捕されず、放置されている。その国税なり検察のやり方っていうのはどうなんですか」

鈴木の脱税事件は、数ある経済犯罪の中の点に過ぎない。鈴木がオレンダ社に支払った「架空のシステム開発費」は、オレンダ社にとっては自社の業績を粉飾するための「売上」となった。弁護人の指摘によれば、約5年間、オレンダ社はこの架空の売上によって作られた粉飾決算書を武器に、令和2年以降に20億円以上の資金調達を行い 、さらには経済産業省が主導する「自立・帰還支援雇用創出企業立地補助金」において10億円余りの申請を行い、採択を受けているというのである 。

公式な記録をひも解けば、オレンダ社(株式会社ORENDA WORLD)は確かに令和5年度の経産省の同補助金の採択事業者リスト(双葉郡葛尾村)に名を連ねており 、令和6年7月には七十七銀行などを引受先とする総額約7億円の大型資金調達を実施したことを華々しくプレスリリースで発表している 。

鈴木は「認定支援機関」の資格を持つ法律の専門家である。補助金申請において、財務の健全性や事業計画の妥当性を「お墨付き」として担保するのが認定支援機関の役割だ。鈴木が法廷で暗にほのめかしたのは、実態のない粉飾企業が、形式的な要件さえ整えれば巨額の公金をスルーパスで引き出せるという、構造的な欠陥と汚職の存在である。

自らの手で架空の売上という「エサ」を与え、信用という名の怪物に育て上げたオレンダ社。鈴木の本人尋問によると、その怪物は今や国の復興予算という血税を飲み込み、肥え太っている。それにもかかわらず、司直のメスは「トカゲの尻尾」である鈴木康之一人を切り落とすだけで、本丸である巨額の公金詐取疑惑には一切向かおうとしていない―と鈴木は法廷で述べていた。

鈴木康之が法廷で最後に見た茫漠(ぼうばく)たる空間は、鈴木に有罪判決が下るとともに顔を赤らめ狼狽(ろうばい)する代理人の姿。そして自らの弁護士人生の終えんであると同時に、正義という名の下で巧妙に見逃されていく「私企業」の姿だったのかもしれない。失われた弁護士バッジの代償として、彼が図らずも照らし出したこの「30億円規模の闇」に、果たして検察や行政が切り込む日は来るのだろうか。真の審判は、まだ下されていない。

文/吉田朔三 内外タイムス