(※写真はイメージです/PIXTA)

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現役時代から徹底した節約で5,000万円の貯金を築き上げたTさん(仮名・75歳)。しかし、定年直後に妻を亡くして、広いマイホームで半額シールの総菜を食べる孤独な日々を送っています。「あのころ、無理してでも旅行に行けばよかった」と悔やむ高齢男性の事例から、日本の高齢者世帯が抱える資産の現状と、「お金の賞味期限」を意識したライフプランの重要性について、1級FPの桐山昌也氏が解説します。

スーパーの「半額シール」を狙い撃つ〈貯金5,000万円〉男性の後悔

大阪郊外のかつてはニュータウンと呼ばれた古い住宅街。築40年の4LDKのマイホームに1人で暮らすTさん(仮名・75歳)の毎日の楽しみは、スーパーマーケットでの買い物です。

夕方になると総菜売り場を歩き回り、店員が割引シールを貼るタイミングを見計らいます。彼が几帳面につけている家計簿のノートには、半額シールで安く買えた商品の記録がずらりと並んでいました。

Tさんは現役時代、地元のメーカーに勤務し、堅実に働いてきました。将来への不安から節約を第一に考え、妻に対しても厳しいやりくりを求めてきたといいます。妻が旅行に行きたいとこぼしても「退職したら世界一周に行くんや」と説き伏せ、牛肉のすき焼きを食べたいと提案したときも「牛も鶏も一緒や」といい放ち、安い鶏肉を買わせてきました。

その努力で築き上げた預金は、実に5,000万円に達していました。しかし、長年の目標だった定年退職を迎えてすぐ、妻は突然の病に倒れ、世界一周のパンフレットを開くこともないまま帰らぬ人となってしまいました。

妻を見送ってから数年が経ち、1人で住むには広すぎて冬は寒さが身に染みるマイホームで、Tさんは孤独な日々を過ごしています。

見かねた妹からFP(ファイナンシャルプランナー)に今後のことを相談するよう勧められ、「お金の計算なら自分でできる」と一度は突っぱねたものの、度重なる説得に折れて面談することになりました。

FPを前に、Tさんは「妹にいわれたから会うけど、相談することなんてないで。見てや、この家計簿。昨日の戦果や」と自慢のノートを開いて見せました。

Tさんが誇らしげに見せたノートには、スーパーの「半額シール」が、エースパイロットの撃墜マークのごとく整然と並んでいました。夕方のスーパーで店員の背後から狙い撃つというTさんは、自称「特売シールの撃墜王」です。

しかし、毎日のように半額の鶏肉を買ってきて自分で焼いている生活を語るうち、ふとした瞬間に後悔の念がこぼれました。

「1人で食べてもなあ、やっぱり牛と鶏は一緒やったわ。……でもな、あのころ、無理してでも一泊二日の有馬温泉に連れて行って、2人で高いステーキでも食べていればよかったわ」

手元に残された5,000万円の預金通帳と、いずれは処分に困るであろう古い家。それは、妻と共有できたはずの思い出の時間を削って積み上げたものでした。

日本の家計資産状況

今の日本で、最も多くの家計資産を抱えているのはどの世代でしょうか?

働き盛りの40代でも、現役を退いた直後の60代でもありません。正解は、「世帯主が80歳以上の世帯」です。

総務省の「2019年全国家計構造調査」によれば、80歳以上の世帯主の世帯が保有する家計資産(金融資産と宅地・住宅資産の合計)の平均額は約4,386万円。これは、全世代のなかで最高の数字です。

金融機関において、大口預金者の多くが高齢層であることはよく知られています。しかし、この数字を単なる「豊かな財産」として片付けることはできません。見方を変えれば、使い道を失ったまま積み上がってしまったものともいえるからです。

【FPの視点】出口で渋滞する資産の正体と、子への「負のギフト」

なぜ、Tさんのような後悔が生まれるのか。「全国家計構造調査」のデータを深掘りすると、日本人が抱える構造的な欠陥が見えてきます。

1. 「不動産という名の重荷」を遺す

80代以上の世帯主の家計資産平均は4,386万円ですが、その内訳の約半分は「不動産」です。相続税課税の心配のない多くの人にとって、不動産は処分に困る「負動産」化の懸念があります。相続する世代の子供たちの多くはすでに自分の生活拠点を持っています。現金と違い、不動産は「均等に分ける」ことが難しく、親亡きあとの兄弟関係に亀裂を入れる火種になることさえあります。

2. お金の「賞味期限」に対する無知

お金を価値ある体験に変えるには、子供の年齢や自身の健康寿命に紐づいた「賞味期限」があります。自分で稼いだお金は、自分の代で計画的に使い切る。各年代でしか得られない感動や笑顔のために、計画的に使い切ることこそが、家族全員を幸せにする出口戦略です。

3. 将来への不安を消す「ライフプラン」がない

多くの人が抱く「際限のない不安」は、いつ、いくら使っても大丈夫かという「地図(境界線)」がないことに起因します。ライフプランの本質は、将来のための我慢ではなく、備えを「見える化」することで、確信を持って今にお金を投じるための判断基準を得ることにあります。

現役世代の「今しかできない思い出」の重要性

将来への不安から、つい「貯蓄第一」で今を犠牲にしていませんか?

30代〜50代の現役世代にこそ必要なのは、ライフプランという「地図」を持って、今を精一杯楽しむことです。

ライフプランは単なる節約の計画ではありません。将来の備えを「見える化」することで、「いつ、いくら使っても大丈夫か」という安心感を得るための道標です。この確信があれば、家族との旅行や食事といった「今しかできない体験」に、迷いなく投資できるようになります。

また、親が自立し、自分の人生を全力で謳歌する姿を見せることは、子供にとって金銭的な遺産よりも価値のある「生きる指針」というギフトになります。

家族で笑い合える思い出を積み上げること。そして、確かな戦略を持つことで、日々の節約も「未来を輝かせるための賢明な選択」へと変わります。ライフプランという地図を手に、一生消えない心の資産を今から築いていきましょう。

桐山 昌也

株式会社ライトオブライフ

代表/1級ファイナンシャル・プランニング技能士

参考資料

総務省統計局「2019年全国家計構造調査 所得に関する結果 及び 家計資産・負債に関する結果 」