怪談作家が忘れられない十数年前の不可思議体験…迷子の小学生男子に道案内を頼まれたその先にあったもの【川奈まり子の百物語】
【前後編の前編/後編を読む】迷子を届けたら「母親」にほのかな違和感… その十数年後、怪談作家に起きた「再会」と「確信」
これまでに6,000件以上の怪異体験談を蒐集し、語り部としても活動する川奈まり子が世にも不思議な一話をルポルタージュ。今回は、川奈自身が十数年前、迷子の少年に道案内をした出来事を紹介する。
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今回は、珍しく私自身が体験した不可思議な出来事を書いてみる。
若い頃から私は散歩が好きで、原稿を書きあぐねたときや用事で表に出たついでなどに意味もなく町を歩きまわる癖がある。
たぶん、そういうときの私は見るからに暇そうな顔をしているのだろう。よく道を訊かれる。17、8年前、麻布十番という町に住んでいた頃のある日、午後、何となくふらりと出掛けてぶらぶら歩きを楽しんでいたときも、そうだった。

麻布十番から六本木五丁目の方へ抜ける鳥居坂という坂道がある。
そう。あれは9月下旬の午後4時頃だった。
迷子の小学生
西日が差す坂道を上っていると、上の方から坂を下ってきた10歳かそこらの男の子に、R墓苑はどこかと訊ねられた。
細っこい子どもで、肩幅が狭くて胸が薄く、ランドセルが重そうに見えた。
六本木の交差点から徒歩5分ほどの路地裏に、共同墓地がある。
あそこは確かR墓苑という名前だったな、と、想い起して、
「それなら反対方向です。この坂を上って、交差点を突っ切って……」
私は説明しかけたが、子どもはみるみるうちに不安そうな顔つきになった。
すでに散々道に迷った後なのだ。そう察して、私は「近くまで一緒に行ってあげましょうか?」と申し出た。
すると子どもはパッと表情を明るくして「いいんですか?」と私に応えた。
「どうせ暇ですから。どこから来たんですか? どうしてお墓へ? お墓参り?」
子どもは赤坂の区立小学校の校名を口にした。
この辺りの公立小学校では昔から「赤白青」が名門だと言われている。赤坂の赤、白金の白、青山の青で、何処も中流以上の家庭が多い住宅地にある。
「……お彼岸の墓参りをしようと父が言って、待ち合わせしたんです。地図を描いてもらったのに学校で失くしちゃって……」
谷底の墓苑
聞けば、R墓苑には1回だけ行ったことがあるという。
だから六本木の首都高の近くだというのは記憶していたが、墓地の方へ行く路地の入口がわからなかったとのこと。
この子の学校は赤坂の中でも六本木寄りにある。件の墓地までは、子どもの足でも15分もかからず行けたはずだった。
「ここからは本当に近いから、安心して」と私は子どもを励ました。
そして子どもを伴って六本木五丁目交差点の横断歩道を渡ると、細い路地の入口で、
「あとはこの道を真っすぐに行けばいいだけだから、1人で行けるかな?」と訊ねた。
子どもは途方に暮れたような目つきで私を見上げた。
なるほど、その路地には不安を誘う風情があった。
道幅が狭く、日陰になっていて薄暗く、入口を半ば塞ぐように公衆便所があって、人通りがまるで無くて。
この辺りはマンションが立て込んでおり、谷間の様相を成している。実際に、すり鉢状に少し土地が窪んでいるようだ。
R墓苑はその谷底にあるわけだ。
説教強盗
10年ほど前に親しくなった友人が「墓マイラー」で、方々のお墓に足しげく通っては墓碑銘などを研究していた。その話を聞いたり、面白半分に何度かついていったりした結果、私も都心の墓地には少し明るくなった。
R墓苑についても、おおよそのことは把握している。
第二次大戦のときに、この辺りの寺院も戦災に遭い、中には空襲で焼失してしまった寺もあった。そこで、戦後、せめて近在の檀家衆が墓参りできるようにしたいと界隈の浄土宗寺院で話し合い、町の再開発や道路の拡張工事が行われる際に、付近の5つの寺の墓地を1ヶ所に集約させることになった。
その結果、出来たのがR墓苑なのだ。
そうそう……。ここに墓地を置く5つの寺のうちの1つで、現在は文京区に移転している正信寺という寺には、六本木界隈に生え抜きの年寄りなら知らぬ者のない面白い逸話がある。
昭和3年に、正信寺は説教強盗の異名を持つ妻木松吉に押し入られた。
妻木松吉は、襲った家の家人に防犯の心得をレクチャーする癖がある変人で、かつ、大正末年頃から帝都東京市で頻繁に犯行を重ねていたので、当時たいへん有名であった。
しかし正信寺の住職は、逆に松吉に説教を聞かせた上で、寺の外へ叩き出したとのこと。これを新聞が記事にしたので正信寺の名も世間に知れ渡った。
松吉が逮捕されたのはその翌年、昭和4年のことで、服役後は防犯のノウハウを説く講師として各地で公演活動を行ったのだという。
親御さん
――こんな昔話をおもしろおかしく子どもに向かって披露していたら、R墓苑の出入り口が見えてきた。
「ああ、あそこにいる人たちは親御さんかな?」
墓地の出入り口の横に管理事務所の建物があり、そばに中年の男女が佇んでいた。
どちらも身なりが良い。男性は仕立てのいいワイシャツとビジネス用のスラックスを身に着け、女性の方は灰色のロングコートを着て白いストールを首に掛けている。
この子の両親に違いないと私は思って、軽く会釈した。
子どもは、男性の方へパタパタと駆け寄った。
「おとうさん! 案内してもらった! 道を間違えちゃって」
「ありがとうございます。ほら、おまえもお礼を言いなさい」
男性は私に頭を下げた。大きな花束を携えている。私が、子どもの行儀が非常に良く言葉遣いも丁寧だったことを伝えると、彼は恐縮して再び感謝を口にした。
父親が世慣れた常識人である一方、かたわらの女性は沈黙しつづけていた。
これには違和感があった。女は女同士の方が口をききやすい。この状況なら、むしろ母親の方が如才なく礼を述べそうなものだ。
痩せた女性だった。頬がそげているが、肩幅の狭さや首の細さから推して、生まれつき細身に出来ているのだろうと思われた。子どものほっそりした体つきは、この母親ゆずりのようだ。よく見れば、面差しも似ている。
去りぎわに背中に視線を感じて振り返ると、父子が並んで墓地の中へ入ってゆくところだった。
―――
迷子の少年を墓地まで送り届けるも……。【記事後編】では、筆者がふと感じた違和感が詳細に描かれる。
川奈まり子(かわな まりこ)
1967年東京生まれ。作家。怪異の体験者と場所を取材し、これまでに6,000件以上の怪異体験談を蒐集。怪談の語り部としても活動。『実話四谷怪談』(講談社)、『東京をんな語り』(角川ホラー文庫)、『八王子怪談』(竹書房怪談文庫)など著書多数。日本推理作家協会会員。怪異怪談研究会会員。2025年発売の近著は『最恐物件集 家怪』(集英社文庫8月刊/解説:神永学)、『怪談屋怪談2』(笠間書院7月刊)、『一〇八怪談 隠里』(竹書房怪談文庫6月刊)、『告白怪談 そこにいる。』(河出書房新社5月刊)、『京王沿線怪談』(共著:吉田悠軌/竹書房怪談文庫4月刊)
デイリー新潮編集部
