ひらがなも九九も覚えられなかった…「この子、発達障害かも」と親を悩ませた小4男児の"本当の原因"
※本稿は、宮口幸治『境界知能 存在の気づかれない人たち』(扶桑社)の一部を再編集したものです。

■勉強しても50〜60点とれればいい方
小学4年生の男児C君の母親が教育センターへの相談で来所されました。小学2年生のときにも一度来所したのですが、そのときは担当者から様子をみようといわれたとのことです。
今の学校の担任から「漢字も少し丁寧に書けるようになってきたけど、すぐに忘れてしまう。文章の意味理解は難しい。複雑な計算や文章題では時間がかかりスピードが遅い。テストは50〜60点とれればいい方で、20〜30点のときもある」といわれ、母親は「発達障害ではないか」と心配していました。
C君の父親も、最近はコツコツと勉強するようになったが、テストとなると結果が出ないというので少し不安になっていたようです。勉強面以外にも「同じ質問を何度もする。同級生と会話が続かない。冗談が分かりにくい。場面をみて状況判断ができない」といったことも担任から指摘されていました。
■精神年齢は「マイナス2〜3歳」
小学1年生時は1学期でひらがなが覚えられず、小学2年生で九九は何とか覚えたようですがしばらくすると忘れてしまい、計算では指を使って計算していました。小学3年生から同級生にからかわれることがあり学校での問題行動が増えてきました。同級生への「死ね」「消えろ」といった暴言が始まりました。学校が母親に連絡しても「家では困っていない。学校が困っているだけ」と返されたといいます。
小学4年生になると本人にやる気がみられなくなり、授業中、ぼーっとすることが増え、自分で考えようとせず、促さないと板書も写さなくなり、学校を休むことも増えてきたというのです。
そこで相談と並行して心理士さんに知能検査をしてもらいました。するとC君は「IQ:80」で境界知能であることが分かりました。境界知能の子どもは同じ年齢の子に比べて知的能力が約7〜8割くらいとされていますので、小学4年生が10歳だとすると、C君の精神年齢はおよそ7〜8歳、つまり小学1〜2年生に相当することになります。
もちろん10年間の生活経験がありますので、単純に小学1〜2年生の子と全く同じという訳ではありませんが、大体の知能水準を把握する上では参考になります。
■小学2年生の時点で検査していれば…
普通に考えて小学1〜2年生の子が小学4年生に混じって一緒に授業を受けていたらどうなるでしょうか。先生が何を言っているか、ちんぷんかんぷんです。九九もおぼろげですし漢字も身についていないので小学4年生の教科書が理解できません。次第にやる気がなくなるのは当然だと思います。
また同級生との会話にも当然ついていけないので、対人関係のトラブルも増えてきます。そうなると学校に行きたくなくなるのは容易に想像がつきます。
やはり問題だと思うのは、小学2年生時に来所されたときにそのときの担当者から「様子をみよう」と言われそのまま経過観察にされたことでしょう。小学2年生で漢字や九九が身についていないと小学3年生からの授業に全くついていけなくなります。特に九九が分からないと算数はほとんどできないはずです。小学2年生で様子をみること以外に何かできることはなかったのか、悔やまれるところです。
小学2年生であれば、知能検査といくつかの検査を組み合わせてアセスメントすれば境界知能かどうかは分かります。今の教育センターといった教育機関でも、境界知能の認知や支援システムは不十分なこともあるのです。

■数学や英語でつまずき、自信を失う
もし、そのままC君が相談に来ず境界知能に気づかれないまま中学校に進んだらどうなるでしょうか。中学校ではますます問題が複雑になってきます。ただでさえ思春期もあってしんどい時期に、勉強が難しくなり、より優劣がはっきりして同級生と比較され続けます。
中学1年生では境界知能であれば精神年齢が9〜10歳程度と小学3〜4年生のレベルですので、数学の方程式や英語の大半が理解できないでしょう。授業はびくびくしながら座っているかもしれません。これまでのケースから想定すると定期テストは5教科500点満点でだいたい100〜150点くらいです。つまり各教科20〜30点くらいしか取れません。成績は5段階で2が多いと思われます。
こういった中で本人は自信を保つのがどんどん難しくなってきます。さらに部活等で先輩後輩ができ、恋愛もします。身体が親よりも大きくなって力関係が逆転することもあります。親に対して反発と依存を繰り返しながら次第に落ち着いていくのですが、先生や親から叱責を受け続けたりすると反発や被害感に傾いていきます。
■境界知能を見過ごしてはいけない理由
中学校で問題行動を起こしてしまうと中学生だけに教員間や保護者間で、起こした問題だけが大きく取り上げられます。それが万引きや傷害事件、性的問題行動などであれば、学校や保護者はその対応に追われ、その背景に境界知能があることなどほとんど目が向けられなくなります。すると、ますます境界知能へのサポートが遠のいてしまうのです。実際にC君のような子はいっぱいいるはずです。
私が境界知能にもっと注目すべきと述べる理由は決して非行化や犯罪者になることを防ぐということだけではありません。理由は大きく次の2点です。
「少しでも早く手立てを打つことで伸びる可能性がある」
「どうしてそんなことをしてしまうのか? という人たちを理解する」
子どもの幸せを願わない親は稀です。もし困っていて、少しでも伸びる可能性があるなら親としても何とかしてあげたい。そして本人もみんなと同じように少しでもできるようになりたい。それが本音でしょう。我々支援者も今できることをしてあげたい。そう思うはずです。
またみなさんの周囲にいる理解が困難な人たちを少しでも理解できれば、多少なり寛容になれること、場合によっては配慮したりサポートしたりしてあげることにもつながります。
■日本人の「約7人に1人」が該当する
境界知能に該当する人は人口の14%、日本の人口に当てはめると1700万人、約7人に1人です。このような人たちを理解し、できるサポートを用意することは、我々の身近な生活だけでなく国家の将来を変えるほど大きな意義のあることだと感じます。
ただ境界知能を理解するといっても、これまで世界的にも他の障害に比べほとんど研究されておらず、適切なテキストも少なくなかなか困難です。ではどうすればいいか。そのポイントは、
「まずは軽度知的障害を理解すること」
です。なぜなら、境界知能は定型域と軽度知的障害の間に位置するからです。軽度知的障害を理解して、そこより少し発達が進んだくらいと想定すれば境界知能の理解につながるからです。それに先立ち、境界知能について大まかにイメージしていただけるよう次にまとめておきたいと思います。
■境界知能は模試の偏差値30〜40に相当
本書で何度も出てくるIQですが、IQとは「知能指数」のことです。IQ値の分布は正規分布に従うとされ、平均が100、標準偏差が15と定義されています。するとIQは、図表1のように平均値100を中央にデータが左右対称に分布する山のような形となります。

みなさまにも馴染みのある大学受験や高校受験時の模擬試験における偏差値と同じ考え方です。ちなみに模擬試験における偏差値は平均が50で標準偏差が10と定義されています(図表2)。

境界知能は概して2標準偏差以上かつ1標準偏差未満とされていますので、それに従うと「100−15×2〜100−15×1」、つまり「IQ:70〜84」が境界知能となります。これは割合でいいますと全体の約14%になります。平均的な学校の35人クラスだと「35×0.14=4.9」で約5名が境界知能に該当します。
模擬試験の偏差値に換算しますと「5−10×2〜50−10×1」、つまり偏差値30〜40に相当します。知的障害は偏差値でいいますと30以下になります。偏差値からイメージしていただくと境界知能や知的障害の知能の程度がお分かりかと思います。
大雑把ではありますが、境界知能はIQから推定して同年齢の定型児童に比べ、だいたい7〜8割の精神年齢とされます。つまり小学4年生(10歳)の境界知能児ですとおおよそ認知・学習能力は小学1、2年生(7、8歳)くらいと推定されます。直感的にはこの理解の仕方が一番分かりやすいかと思われます。
なお、境界知能はWHOによるICD-8(1965-1974)や米国精神医学会によるDSM-1〜2(1952-1979)では、かつて知的障害として分類されていました。
■立方体と蜂の巣を描いてみると…
境界知能の方はどの程度模写ができるか、ここで一例を示します(図表3、図表4)。


立方体や蜂の巣の模写はだいたい8〜9歳くらいまでに描けるといわれています。立方体は奥行きがつかめないと、単に四角形が集まっているようにしか見えないようです。

蜂の巣は六角形の集合体ですが、各要素を構成しているのが六角形であることの理解以外に六角形の辺が共有されていることを理解する必要があります。その2つが理解できていないと、描いたときに六角形どうしに隙間が空くことがあります。
精神年齢的に考えますと、もし小学4〜6年生(10〜12歳)で、立方体と蜂の巣を模写したときの結果がいずれもこういった模写結果(実際は8歳未満の模写結果)であれば、境界知能の可能性を念頭におかれた方がいいかもしれません。
なお発達障害との関係では、図表5にあるように、縦軸を知能、横軸を発達障害の特性の強さとしますと、境界知能は正常域と知的障害の間に位置しますが、発達障害と重複することもあります。

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宮口 幸治(みやぐち・こうじ)
立命館大学教授
児童精神科医・医学博士。立命館大学総合心理学部・大学院人間科学研究科教授。一般社団法人「日本COG-TR学会」代表理事。臨床心理士。児童精神科医として精神科病院や医療少年院、女子少年院などに勤務し、2016年より立命館大学教授に就任。著書に『ケーキの切れない非行少年たち』『どうしても頑張れない人たち』『歪んだ幸せを求める人たち』(以上新潮新書)、『コグトレ みる・きく・想像するための認知機能強化トレーニング』(三輪書店)ほか多数。
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(立命館大学教授 宮口 幸治)
