父はミスターアルビレックス。桐生第一の2年生ボランチが抱く選手権への憧れ「お父さんも背中を押してくれました」
「前橋育英を倒して全国に出ることは簡単じゃないと改めて思いました。(前橋育英は)個々の能力もそうだし、チームとして強かった。全員が走って戦う。組織としての強さを感じたので、僕らももっとハードワークするのはもちろん、組織として戦わないといけない。冬は何がなんでも倒して全国に出たいと強く思いました」
「小学校の頃から、毎年冬になるとテレビで高校選手権をずっと見て憧れていました」
小学1年生の時、栃木県のともぞうSCジュニアで本格的にサッカーを始めた。小学3年生で新潟に引っ越し、アルビレックス新潟U-12に加入し、中学時代はU-15でプレーした。
そのなかでもずっと、高校選手権への思いは色褪せるどころか、ますます高まっていった。
「ユースへの昇格のお話はいただいたのですが、やっぱり僕は高校選手権に出たかった。高校サッカーに、できれば関東でやりたいという思いが強くて、U-15のコーチやお父さんにも相談に乗ってもらいました」
彼の父は『ミスターアルビレックス』と呼ばれる新潟のレジェンド・本間勲。現在は新潟の強化部スカウトを務めるなど、父親が愛し、愛されたクラブを離れることは簡単な決断ではなかった。
「もちろんアルビも小さい頃から応援していて、ビッグスワンでのサポーターの皆さんの応援はとても迫力があるし、いつかピッチに立ってみたいという思いはあります。でも、その前に選手権への憧れを現実のものにしたかった。
関東に飛び込みたいと思ったのも、コーチから『関東はレベルが高い』と聞いていたし、中3の時にクラブユース選手権の準々決勝で、鹿島アントラーズジュニアユースに0−6と大敗して、改めて関東の強さを身に染みました。練習試合でもなかなか関東勢に勝てず、『関東に出ないといけない』という思いも強くなりました。お父さんも僕のこの気持ちを尊重してくれました」
高校選びを父も手伝ってくれた。実際に練習参加をしていくなかで、プリンスリーグ関東1部に所属している桐生第一が自分にとってベストな環境なのではないかと感じた。
「お父さんからも『桐生第一はボールを繋ぐし、前橋育英を倒さないと全国に行けないというのも、明確な目標があっていいんじゃないか』と背中を押してくれました」
覚悟と夢を持って群馬にやってきた本間は、1年生の終盤に出番を掴み、今年はダブルボランチの一角として主軸となった。
「インターハイ予選は4試合を通して、簡単な試合は1つもなかったし、準決勝(健大高崎戦)と決勝は今までの相手と違ってプレスや強度も高くて、手強かった。前橋育英のダブルボランチは去年の選手権優勝のキーマンでもあったし、レベルが高いのは分かっていたのですが、実際に対峙してみて『相当な壁だな』と感じました。
柴野(快仁)選手は隙があったら縦にボールを出したり、ドリブルを仕掛けたりして、常に前を見ている選手で怖かったし、竹ノ谷(優駕スベディ)選手はカバーのスピードが速いし、僕らがボールを持つといつも厄介な場所に立っていて。試合中、どうやったら打ち破れるかを考えながらプレーしていました」
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67分に交代を告げられるまで、あっという間だった。ベンチに下がってからチームは失点し、結果として敗れた現実に、自分自身の力不足とともに、反骨心と向上心が一気に燃え上がった。
「サポートの位置とか、味方との距離感を近くしたり、ワンタッチなど少ないタッチで展開したりと工夫したのですが、今思うと、もっと運ぶべきところで運んでおけば良かったと。もっと守備を磨かないといけないし、いろんな課題を突きつけられました」
経験が人を成長させる。小学生の頃からボランチ一筋の本間は、月日を重ね、経験を積み重ねれば積み重ねるほど、父の偉大さを痛感するという。
「現役時代のプレーは僕がまだ小さい頃だったので、あまり強烈な印象はなかった。でも、ボランチを深く知れば知るほど、『初歩的なトラップが大事だよ』とずっと言われていて、その重要性を痛感する。守備の部分でも『ボールをどちらに寄せるかなど、攻守において常に予測しておかないといけないよ』と常に言われていた言葉の深さ、重みを感じています。『お父さんはすごく考えながらやっていたんだな』と」
サッカー以外にも大事にしている言葉がある。それは「謙虚にやりなさい」だ。常に自分にベクトルを向けて、高みを目ざしていく。ボランチとして、人として、本間響は自分の思いと信頼する人たちのアドバイスを心に響かせながら、着実に成長の階段を登っていこうとしている。
取材・文●安藤隆人(サッカージャーナリスト)
