ポーランド戦は69分に途中出場の高岡。貪欲にゴールを目ざし、決勝点を叩き込んだ。写真:佐藤博之

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[U-17ワールドカップ]日本 1−0 ポーランド/11月11日/Si Jalak Harupat Stadium

 前半の途中から本降りになった雨は雷鳴を轟かせ、容赦なくピッチに打ちつけた。後半に入ると、雨脚はさらに強くなる。視界が遮られ、芝の状態も悪化の一途を辿った。

 どちらが先制してもおかしくない。一進一退の攻防が続くなか、165センチのアタッカーが勝負にケリをつけた。

 現地11月11日に行なわれたU-17ワールドカップの初戦。日本は、2トップ+2トップ下を置く3−5−2のポーランドに苦戦した。オープンな展開に持ち込まれ、前半からポジションのミスマッチが度々起きる。

 前からの守備もハマらず、イージーなパスミスも目立った。しかし、日本もカウンターでやり返し、何度も決定機を創出。早い時間帯に1点を取っていれば、もっと楽に試合を運べたはずだった。

 しかし、巡ってきたチャンスでネットを揺らせず、ようやく掴んだ流れも豪雨による一時中断によって断ち切られてしまう。そんな嫌な空気を一掃したのが、FW高岡伶颯(日章学園)だった。

 再開直後の69分に、FW名和田我空(神村学園)に代わってピッチに送り込まれる。普段は最前線でプレーしているが、この日は右サイドハーフへ。同時に投入されたFW道脇豊(熊本)とともに前線で起点を作ると、73分にこぼれ球を拾って右足でシュートを放つ。惜しくも敵DFのブロックに阻まれたが、ゴールに対する欲がヒシヒシと伝わってくる一撃だった。
 
 そして、迎えた76分。MF中島洋太朗(広島ユース)が前方にパスを出すと、道脇が落としたボールは高岡のもとへ。意識はゴールに向かっていたが、頭は冷静だった。

「身体が勝手に動いたとかいうのではなく、シュートを打とうとした時に相手が(違う方向に)顔を向けたり、距離を空けたりしていたのも見えていた。道脇もプルアウェイしてくれて、そっちに敵が寄ってくれたので切り返して打てました」

 右足で打つと見せかけ、相手DFをひとり外して前に運ぶ。3タッチ目で左足を振り抜くと、ボールはゴール左上に突き刺さった。
【動画】U-17高岡伶颯の圧巻ゴラッソ
 得点後、日本ベンチ側のコーナーフラッグに目掛けて走り出す。渾身のガッツポーズで感情を爆発させた。

「まったく信じられない」

 2年前まで宮崎県の中体連でボールを蹴っていた男は色んな想いを噛み締めながら、日本の勝利に貢献する一撃を叩き込んだ。
 
 中学時代は三股町立三股中のサッカー部に席を置いていた。当時は県内で少し知られた存在。県大会で上位進出を目ざすチームで中心的な役割を担い、攻守に渡って仲間を助けながら勝利に導くような選手だった。

 その一方で、ナショナルトレセンやU-15日本代表とは無縁。県選抜でしかプレー経験がなかった。だが、中学時代の縁が自身の人生を変える。

 中学2年生の時だ。チームが県大会まで勝ち進むと、全国制覇の経験がある日章学園中と対戦する機会を得た。そこで相手の指揮官である花房亮太監督の目に留まり、声が掛かる。中学卒業後に日章学園高に進学すると、1年次から全国高校サッカー選手権に出場する機会を掴んだ。

 速さと決定力を武器に活躍し、森山佳郎監督が率いるU-17日本代表に初招集。今年3月の出来事だった。アルジェリア遠征で存在感を示し、ワールドカップのアジア最終予選を兼ねた6月のU-17アジアカップでメンバー入り。“攻撃のジョーカー”としてチームの優勝に貢献した。
 
 1年前は無名の存在。しかし、そこから右肩上がりで成長を遂げ、今では高校年代を代表するアタッカーへと昇華した。

「公立の中学校でやってきた頑張りが評価されて、日本代表になれた。そこは本当に公立中学校出身だからとかではなく、自信を持ってやっている」

 宮崎から世界へ――。この1年間でガラリと立ち位置を変え、強豪国が集う世界の舞台で大仕事をやってのけた。

「アジアカップの初戦は1−1で終わった。その時に自分が決め切れず、難しい大会の入りにしてしまったんです。今回のワールドカップは、ベンチスタートからという入りは同じだったので、絶対に自分がチームを助けたいと思っていた」

 悔しさをバネに結果を残した16歳はヒーローになった。だが、現状に満足はしていない。もっと上へ――。宮崎育ちのアタッカーは、さらなる高みを目ざして走り続ける。

取材・文●松尾祐希(フリーライター)