方向オンチを直すにはどうすればいいのか。空想地図作家の今和泉隆行さんは「方向オンチの人は空間を『右と左』で考えてしまうため、自分が向かっている方向を捉えることができていない。グーグルマップではなく、マピオンなど情報量の多い地図アプリを使ってみるといい」という。文筆家の佐々木ののかさんが聞いた――。(後編/全2回)
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■グーグルマップがないと生きていけない人たち

(前編から続く)

――「グーグルマップがないと生活できない」と嘆く人もいますが、方向オンチの人とそうでない人の間には、どのような違いがあるのでしょうか。

【今和泉】場所や経路をどのように記憶しているかの違いではないかと思います。私が思うに、ゆるがない方向感覚を持つには、「俯瞰(ふかん)できるかどうか」が重要です。

俯瞰できる人は、地図上の情報と目の前の風景を一致させられるので、方向オンチにはなりません。「絶対音感」ならぬ「絶対方向感覚」を持っている方もごく稀(まれ)にいて、この感覚を持つ私の知人はなにも意識しなくても北を感じるそうです。

私には「絶対方向感覚」はないのですが、頭の中で大雑把な地図や路線図は把握しているのと、移動するときに東西南北のどの方位に進んでいるかを意識しているので、電車の乗り換えや駅を降りてからの移動でも、どの方向に行けば良いかは迷いません。

■なんでも「右・左」で考えるから地図アプリも使いこなせない

――俯瞰できない人は、なぜ方向オンチになってしまうのでしょうか。

【今和泉】方向オンチの方は、東西南北といった方角や方向感覚に強い苦手意識を持っているがゆえに、なんでも「右・左」で考えてしまう人が少なくありません。ただ、「右・左」で記憶していると、思いもかけないところで道に迷ってしまうことがあります。

たとえば、「駅のホームから階段を上って右の改札」と覚えていたとして、逆サイドの階段を上って右に曲がると、全く逆の方向に進んでしまいます。改札の名前をしっかり覚えていると良いんですが、改札の名前が書いてないことも多々あるので、駅を出て東西南北大体どちらの方向か覚えておくと、間違った方向には行きません。

また、グーグルマップなどの地図アプリを使っているときも、進行方向が上になるように地図をぐるぐる回しているうちに、どの方向に向かっているのかわからなくなってしまうこともあります。地図は回してもいいのですが、全体感を見失ってしまうのは問題です。

方向オンチの人を一言で言うと、「地図のように俯瞰した全体像と目の前の光景を重ねることができない人たち」と言えるのではないかなと思います。

■意外と固有名詞を間違えて覚えている

――空間の捉え方以外に、方向オンチになる原因はありますか?

【今和泉】方向オンチは地図が読めないことに起因すると考えられがちなのですが、固有名詞を間違えて覚えているなど、文字情報に関係する理由が意外と多いのです。

コンビニも銀行も同じ店舗が複数あったります。「駅前のセブン‐イレブンで」と言っても、駅前にセブン‐イレブンが何店かあったりするので、店舗名を正確に伝えたほうが良いでしょう。目印となる店名を間違えてしまうと、全く違う場所に進んでしまいますから、結果的に迷ってしまうんですね。

最寄り駅が合っていればまだいいのですが、固有名詞を正確に覚えられないがゆえに目的地を間違ってしまうこともあります。たとえば「青梅」と「青海」のように1文字目が同じで字面も似ているケースは、固有名詞を間違える悲劇の“あるある”として話題になりました。

「竹橋」と「竹芝」のように1文字目が同じで、読み方が似ているケースでは、曖昧な記憶だと間違えてしまうかもしれません。方向オンチではない方々にとっては信じられないことだと思うのですが、意外とこういう間違いをしている方は少なくありません。

ほかにも「田端」と「田町」のように1文字目が同じで全体的に何となく似ているケースや、「鶴舞」と「舞鶴」のように字や読みの順番を間違えると全然違う地名になるケースなど、至るところに罠が潜んでいます。自分が間違いやすいパターンを覚えて、繰り返し確認する習慣をつけると迷いにくくなります。

■「いまなにが見える?」と聞かれてもまともに答えられない

【今和泉】また、方向オンチの方が迷っているときに、電話などで「いまなにが見える?」と聞かれて、わかりやすい情報を伝えられないのも問題です。

たとえば、「細長いビルが並んでいる大通りで」などと見える風景の説明をしても、そんな大通りはたくさんあります。「駅の出口と銀行がある」と伝えても、駅の出入り口も銀行も何カ所かあることが多いので、場所を1つに絞り込めません。

固有の情報は「あれといえばここしかない」という文字情報のことです。自分のいる場所、「ここはどこなのか」を確実につかめれば、地図を味方につけることも、人を味方につけることもできます。だから、方向オンチの人には、そこにしかない固有の情報を見つけてくれと口を酸っぱくして伝えています。

――固有の情報の例としてはどんなものがありますか?

【今和泉】信号機の下や横に付いている交差点名のプレートや、電柱に付いている「▲▲何丁目」などと書かれた住居表示版、地下鉄の新宿三丁目駅「B1」などの出口番号、ビル名やコンビニ、銀行の店名などです。コンビニや銀行はたくさんあるので、「セブン‐イレブン」や「三井住友銀行」といった社名だけではなく、店名まで確認してください。

ただ、固有名詞は意外と小さく、よく見ないと見つけられないことが多いんですよね。ビル名の看板は小さいですし、交差点名のプレートはすべての信号機に付いていないケースもあります。コンビニだと看板の横に小さく書いてあるか、ドアやガラス窓に印字されているかで、見えにくいことも多々あります。

はじめは探しにくいかもしれませんが、法則を覚えれば見つけやすくなるので、こうした情報にピントを合わせるよう意識して生活してみてください。

■「夜になると迷う」はどうすればいいか

――道に迷いやすいシチュエーションにはどのようなものがありますか?

今和泉隆行『どんなに方向オンチでも地図が読めるようになる本』(だいわ文庫)

【今和泉】風景を見て道を覚えていると、夜になったときに迷うことがあります。昼に目立っていた建物や樹木も、夜になると暗くなって見えなくなる一方で、コンビニや車など、光るものだけが目立つので、昼と夜とでは見える景色が変わってしまうんです。

こうした問題も、目印となる固有名詞を覚えれば解決しますが、「夜でも目立つもの」を覚えておいても迷いにくくなります。

――なるほど。昼夜問わず目印になるものは、どんなものですか?

【今和泉】基本的には信号機の横の交差点名のような文字情報だと安心ですが、スーパーや大型店の大きな看板は、暗くても見えるでしょうか。24時間営業していて、夜も看板が点灯するという意味では、コンビニでしょうか。郊外のコンビニはとくに看板が大きいことが多いです。

写真=AFP/時事通信フォト
2019年4月21日、夜のセブン‐イレブンの外観(東京) - 写真=AFP/時事通信フォト

いずれにしても、「夜は暗くなる」ということを念頭に置いておけば、見える景色が変わっても迷う確率は減らせるのではないでしょうか。

■T字路で「突き当たりを右」と覚えてはいけない

【今和泉】それから、行きと帰りで見える景色が変わることにも注意したほうがいいですね。

たとえば、行きは「T字路に突き当たって右」と覚えていても、帰りはT字路に突き当たることはないですよね。この場合は帰りに左に曲がるポイントを覚えておかないと、元来た道に戻れなくなってしまいます。昼夜の景色の違い以上に、行き帰りの景色の違いに注意したほうがいいと思います。

――行き帰りで景色が変わることに関して、T字路のほかにも注意したほうがいいことはありますか?

【今和泉】進行方向前面にだけ向いている看板や案内ですね。進行方向の左右(側面)にあるものだと帰りも見えますが、行きに見えていた面が帰りには見えなかったりするので。T字路に関しては私も注意を払っています。帰りのことを考えながら進むと良いでしょう。

■グーグルマップとはどんな地図なのか

――グーグルマップを使うと、思ったよりも目的地に到着するまで時間がかかってしまうことがあるのですが、どうしてなのでしょうか?

【今和泉】グーグルマップは検索結果が最も映えるようにしているので、地図そのものはあくまで背景で、検索しない状態だと読める情報は少ないんですよ。

さらに、グーグルマップをはじめとした欧米の地図は住所表記に必要なストリート名を重んじているので、道路上にストリート名を書くために実際には細い道路が太く描かれることもある。道路の太さが実態と違うことが多いのと、引いて見ると細かい道路が省略されて、どのくらいのスケールで見ているか分からなくなるので、実際の距離感がつかみにくいんです。

――グーグルマップ以外に、おすすめの地図アプリはありますか?

【今和泉】無料地図アプリの「マピオン」ですね。

見た目の情報量が多く、施設の種類別に色分けがされているのが最大の特徴で、地図アプリの中では「紙地図要素」が最も強いものです。道路の太さも拡大すると実際の道幅に合わせて描かれているので距離感が狂いにくいと思います。

建物も最初から書き込まれていて、線や文字、人の多いところは人が多く、少ないところは人が少ないとわかる。検索しない状態で見えている情報量は、マピオンのほうが圧倒的に多いですね。

グーグルマップと紙地図の違い

――グーグルマップとマピオン、どのように使い分けると良いでしょうか?

【今和泉】グーグルマップは「今日はどうしてもイタリアンのランチを食べたい」などと目的がはっきりしているときに便利です。「イタリアン ランチ」で検索すれば、該当する店がヒットして選択肢を提示してくれます。

一方で、「次の予定までに2時間あるけど何をして時間をつぶそう」などとすることが決まっていないときにはマピオンがおすすめです。マピオンの地図上には、大型商業施設やファミレスのアイコンが全部載っていますし、地図の色と情報の密度でどんな街なのかがザッと把握できます。

マピオンは、知らない街の特徴をザッとつかんで、「目的地を探す地図」と言ってもいいですね。

■方向オンチを卒業するための3つのポイント

――最後に、方向オンチを卒業するためのポイントを教えてください。

【今和泉】まずは固有名詞を正確に覚えることですね。方向オンチって実は文字情報を正しく記憶できないことに起因しているんじゃないかと思うほど、固有名詞を正確に覚えられない人が本当に多いんです。逆に、固有名詞を正確に覚えれば、方向感覚が改善されなくても、正しい情報を検索できたり、知っている人に正確な情報を聞くことができるので、道に迷うことはかなり少なくなるんじゃないかなと思います。

2つ目に、グーグルマップだけでなく、マピオンなどの紙地図要素の強い地図を見て地図感覚を養うことです。地図感覚は1回では養われず、繰り返しのトレーニングが必要になります。紙地図に近い地図を5回、10回と使っていくと、地図模様が覚えられるようになって、別の場所に行っても「10分くらいかな」と距離感がつかみやすくなります。

3つ目に、目的地が決まったら、行く方向の方角をなんとなく意識するようにしてください。駅からの方角、お店に入るときにも方角を意識していれば、帰りにどちらに進むべきかで迷うことはないのですが、難しい場合は来た方向だけでも覚えておくと迷いにくくなります。

これらを実践することで検索に頼らずに済む、地図感覚を身に付けられるはずです。

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今和泉 隆行(いまいずみ・たかゆき)
空想地図作家
1985年生まれ。空想地図作家、武蔵野大学高等学校非常勤講師。埼玉大学卒業。7歳の頃から空想の地図を描き、大学時代には47都道府県300都市を回って全国の土地勘を身につけた。2015年には株式会社地理人研究所を設立し、現在に至る。著書に『みんなの空想地図』(白水社)、『「地図感覚」から都市を読み解く』(晶文社)、『どんなに方向オンチでも地図が読めるようになる本』(だいわ文庫)『考えると楽しい地図 そのお店は、なぜここに?』(くもん出版)などがある。「タモリ倶楽部」などへのメディア出演も多数。テレビドラマの地理監修、地図製作にも携わっている。
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佐々木 ののか(ささき・ののか)
文筆家
1990年北海道帯広市生まれ。筑波大学 社会・国際学群 国際総合学類卒。自分の体験や読んだ本を手がかりにしたエッセイを執筆するほか、新聞や雑誌の書評欄に寄稿している。2021年1月、北海道・十勝に拠点を移し、執筆を続けている。著書に『愛と家族を探して』、『自分を愛するということ(あるいは幸福について)』(ともに亜紀書房)がある。
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(空想地図作家 今和泉 隆行、文筆家 佐々木 ののか)