日本のコーヒー輸入量は45万トンを超え、歴史上「最もコーヒーを飲む時代」を迎えている。茨城県に本店を構えるカフェ「サザコーヒー」は、世界最高級の豆を取り扱っており、価格は1杯1万円を超える。コンビニでも手軽に買えるコーヒーを、なぜそれほど高値で売るのか――。
サザコーヒーKITTE店のコーヒー(筆者撮影)

■最もコーヒーを飲む時代に現れた高級品

現代は、日本人が「史上最もコーヒーを飲む時代」だ。日本のコーヒー輸入量は45万2585トン(2018年)。この数字は1980年(19万4294トン)の2倍以上で、2000年に40万トンの大台に乗ってからは19年連続で40万トン超となっている(※)。

※いずれも生豆換算の合計。財務省「通関統計」を基にした全日本コーヒー協会の資料

こうした需要拡大の背景にあるのが、コーヒーの多様化だろう。1杯1万円の高級品から、1杯100円のコンビニコーヒーまで。いずれの価格帯でも以前より品質が上がり、日常的に飲まれるようになっている。今回はそのうち、高価格の消費動向を紹介しよう。

■7種が飲める1万5000円のチケットが完売

6月15日、東京駅前「KITTE」(=キッテ。日本郵便が運営する商業施設)内のカフェで、「パナマゲイシャ ヌーボー」と呼ぶ、公開型の試飲イベントが開催された。

主催は茨城県に本店があり、KITTE店などでも店舗を展開するコーヒー店「サザコーヒー」だ。同社代表取締役の鈴木太郎さんが、産地で新たに買い付けた高級豆を、ミニカップで来店客に振る舞った。

「パナマゲイシャ」とは、パナマで栽培される「ゲイシャ」品種のコーヒー豆である。その名は発祥地・エチオピアのゲシャ村から来ている。海外の「コーヒーオークション」でもゲイシャ種は大人気で、現在は世界で最も高額なコーヒー豆として知られている。

サザコーヒーはこのイベントで、先着7人限定の「ゴールデンチケット」を用意していた。さまざまなコーヒーオークションで優勝した希少豆など7種類が飲めるチケットで価格は1万5000円。非常に高額に思えるが、飲むことができる豆の価値からすれば格安で、実際にチケットは開店して間もなく完売した。

もともと太郎さんは、早くから「ゲイシャ」の魅力にとりつかれ、十数年にわたり仕入れてきた。近年はコーヒーオークションで価格がつり上がっているが、それでも落札を続けている。国際審査員としても活躍し、コーヒー豆の国際品評会「ベスト・オブ・パナマ」では、「最も有名な審査員」(業界関係者)と言われる存在だと聞く。

■「1滴なめただけでまるでエキス」のよう

「今日はイベント日を知らなくて来たのですが、珍しいゲイシャも飲めて満足です」

千葉県から来た女性2人組(60代の母親と30歳の娘)は笑顔を浮かべながら語る。「ゲイシャ」についての知見もあり「初めて飲んだのは6年ほど前で、もう1人の娘が『還暦祝い』に送ってくれました」と話す。「コピ・ルアク」(ジャコウネコのふんから取れる希少なコーヒー豆)を飲んだ経験もあるという。

2人が頼んだのは、「エスメラルダ2019」(3000円)と「シャンソン ゲイシャ」(2000円)のゲイシャコーヒーだ。「エスメラルダは、こんなに澄んだ色は自分が淹れても出せないし、少し冷めてもおいしい」(お母さん)、「シャンソンは1滴なめただけで、まるでエキスでした」(娘さん)と、そろってかなりのコーヒー通とお見受けした。

それにしても1杯100円のコーヒーが飲める時代に、高額コーヒーがなぜ売れるのか。

サザコーヒーは、今年1月17日にテレビ東京系の経済情報番組「カンブリア宮殿」に登場し、「パナマゲイシャ」も紹介された。

「放送後、『ゲイシャ専門店』を掲げるKITTE店は一気に行列店となりました。現在、客足はかなり落ち着きましたが、ゲイシャの売れ行きは好調です」

店長の坂本愛さんはこう語る。最近は外国人客も目立つという。

■1杯1万円超でもほぼ毎日売れる

コーヒーはワインの世界に似てきた」と多くの業界関係者が話す。特に「スペシャルティコーヒー」と呼ばれる高級品(総収穫量の3%ともいう)など、希少価値の豆ほどその傾向が強い。

「産地」「栽培方法」「収穫した豆の乾燥法」などに生産者が注力し、微妙な違いを楽しむ消費者も増えた。愛好家は高額コーヒーでも支出をいとわない。太郎さんによれば、「1杯3000円のゲイシャコーヒーは、KITTE店で、毎日5〜10杯は注文がある」。同店には1杯1万円超のゲイシャコーヒーもあるが、こちらも「ほぼ毎日出ている」という。

一方、1杯100円のコンビニコーヒーも人気だ。その品質には専門家から一定の評価があるほど進化している。ワインと同じように、価格帯も広がっているのだ。

■良質なコーヒー豆が取り合いに

一見、活況を呈しているコーヒーだが、気になる点もある。

例えば世界的には、生産量を上回るペースで進む「コーヒー消費量の拡大」だ。経済成長が続くアジアや中国が著しく、これらの国や地域は人口も多い。

「特に東南アジアで消費が伸びています。一方、中国はもともとお茶の文化なので、経済成長とコーヒー消費量拡大の関係は、今後の状況を精査しないと分かりません。ただしスターバックスなど大手コーヒーチェーン店は積極的に出店しています」

ある業界関係者はこう説明する。半世紀前、高度成長が始まった日本ではコーヒー消費量が一気に増えた。「需給バランスが崩れると、コーヒーは取り合いになる」ことを心配する声もある。例えばスターバックスはサスティナビリティ(持続可能性)の視点で、地域とも連携してコーヒー生産への取り組みを進めている。

■「どんどん安く」では生産者に還元されない

中期的にはセルフカフェやコンビニのコーヒー価格が上昇するかもしれない。現在の日本のように「先進国で100円のコーヒーが飲める国はない」と言われるからだ。

日本は「小売業が強い」とも言われる。「メーカー希望小売価格は、あくまでもメーカーの希望する価格。消費者の求める価格ではない」と取材時に話す小売業者もいた。

正論のように思うが、小売りが唱える「いいものをどんどん安く」となるとどうだろう。「どんどん安くはあり得ない」という声も何度か聞いてきた。

サザコーヒーの創業者・鈴木誉志男(よしお)さん(太郎さんの父)は、こう主張する。

「『いいものをどんどん安く』は成り立ちません。例えばサザコーヒーが取引する中南米やアフリカのコーヒー農園は、手間や時間をかけて丁寧に栽培しています。当社がコロンビアで直営するサザ農園も栽培方法にこだわり、病虫害による3度の全滅も乗り越え改良を重ねてきました。良質のコーヒー豆は簡単にはできないのです」

真摯な取り組みの結果、高価格でコーヒーを売ることができれば、生産者に還元することもできる。「どんどん安く」では生産者に報いることは難しい。

■史上最高値での落札にも「売れないから買って」

一方で、パナマゲイシャのような希少な豆では、“マネーゲーム”の様相にもなっている。近年のコーヒーオークションでは、パナマゲイシャを「史上最高値」で落札するケースが増えているのだ。太郎さんはこんな裏話を明かす。

「毎年、サザコーヒーは最高級の『パナマゲイシャ』をオークションで落札していますが、2017年度はわれわれの想定をはるかに超える1ポンド=601ドル(約6万5000円)で他社に落札されました。でも落札した中国人からは、『落札したけど、こんなに高い豆は売れない。鈴木さん買ってくれませんか』と泣きつかれました。豆の価値を正しく判断できない人も、オークションに参加するようになっているのです」

この件は、サザコーヒーが100ポンドのうち45ポンドを買い取るというかたちで解決したそうだ。

サザコーヒーがパナマゲイシャを淹れる際は、世界トップレベルのバリスタが腕を振るう。先日のイベントでは、同社社員の飯高亘さん(2018年ジャパンバリスタチャンピオンシップ5位)、元川千鶴さん(2010年ワールドサイフォニストチャンピオン)、太郎さんと親交のある岩瀬由和さん(2016年ワールド・バリスタ・チャンピオンシップ2位)たちが集まった。

6月15日に開かれたイベント「パナマゲイシャ ヌーボー」でコーヒーを淹れる飯高亘さん

たとえ資本力で落札しても、焙煎・抽出をきちんと行えなければ、おいしい1杯は提供できない。「高い豆のはずなのに、大したことないな」という誤解も生まれかねない。希少な豆の扱いには、本来は豊富な知識と高い技術が伴うのだ。

■週末のカフェ代は2倍近く増えている

最後に少し引いた視点で見てみよう。2017年6月、総務省統計局は「家計ミニトピックス」という解説資料を発表している。

それによれば「1世帯当たりの喫茶店支出額は増加傾向」にあり、「2016年は10年前に比べて17.2%増」になったという。また「週末の喫茶代は平日の1.7倍」だそうだ。

昭和時代に人気だった「ティーサロン」は健在だが、かつてほどの勢いはない。その理由としてフードビジネスコンサルタントの永嶋万州彦さんは「もともと紅茶を好むのは女性が多かったが、働く女性が一般的となり平日の昼間に紅茶でゆったり……という生活習慣も減った」と指摘する。働く女性の増加と比例するように、コーヒー好きの女性も増えた。

ワインに似てはいるが、高級コーヒーの価格や敷居はワインほど高くはない。カフェや喫茶店で高級コーヒーを楽しむ人は、今後もさらに増えそうだ。

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高井 尚之(たかい・なおゆき)
経済ジャーナリスト・経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。

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(経済ジャーナリスト/経営コンサルタント 高井 尚之)