背番号「4」といえば、この5人!

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サッカー選手の中には、背番号にこだわりを持つ選手も少なくない。

「背番号○○といえば」というこのシリーズでは、毎回ある特定の背番号を指定し、その番号を長く背負ったことですっかりイメージのついた選手や、その番号に特に縁のある選手を編集部Sの独断で5人選ぶ。

なお、選出は現役の選手に限定する。

今回取り上げるのは、「4」だ。

セスク・ファブレガス(チェルシー)

背番号の変遷

【アーセナル】
#57:2003 - 2004年
#15:2004 - 2006年
#4 :2006 - 2011年

【バルセロナ】
#4 :2011 - 2014年

【チェルシー】
#4 :2014年 -

アーセナル、バルセロナ、チェルシーという3つのメガクラブで「4」を背負ったセスク。アーセナル在籍時の2006年には、弱冠19歳にしてパトリック・ヴィエラがつけていた4番を託された。なお、あまりイメージはないがアーセナルでのデビュー当時の背番号は「57」。代表チームではあまり4番を選ぶことはなく、ユーロ2008、2010年ワールドカップ、ユーロ2012、2014年ワールドカップの全てで10番をつけている。

セルヒオ・ラモス(レアル・マドリー)

背番号の変遷

【セビージャ】
#35:2003 - 2004年
#32:2004 - 2005年
#5 :2005 - 2006年

【レアル・マドリー】
#4 :2005年 -

フェルナンド・イエロが背負ったマドリーの4番を受け継いだスペインの新たなDFリーダー。マドリーの1年目からこの番号をつけており、今季はもう11シーズン目にあたる。代表チームでは「15」を好んでおり、セスク同様あまり4番をつけることはない。代表ではハビ・マルティネスやセサル・アスピリクエタ、マルク・バルトラなどの選手がつけている。

ヴァンサン・コンパニ(マンチェスター・シティ)

背番号の変遷

【アンデルレヒト】
#27:2003 - 2006年

【ハンブルガーSV】
#10:2006 - 2008年

【マンチェスター・シティ】
#33:2008 - 2010年
#4 :2010年 -

加入した当時が33番であったというのはやや意外だが、今となってはシティの「4」といえばこの男だろう。シティのキャプテンを務めるコンパニはチームの精神的支柱であり、最終ラインでも欠かすことのできないDFリーダーだ。加入当初はボランチでもプレーしており、ハンブルガーSV時代には10番をつけてプレーしていた。代表チームでも4番を背負いキャプテンマークを巻き続ける。

ネヴェン・スボティッチ(ドルトムント)

背番号の変遷

【マインツ】
#28:2006 - 2008年

【ドルトムント】
#4 :2008年 -

マッツ・フメルスとの鉄壁のセンターバックで、ドルトムントの連覇に大きく貢献したスボティッチ。負傷やコンディションの問題からここ数シーズンは出場機会を減らしているが、ソクラティス・パパスタソプラスの離脱にともない2月のブンデスリーガでは4試合連続で出場を果たしている。なお、スボティッチの前にドルトムントの「4」をつけていたのは、元ドイツ代表DFクリスティアン・ヴェアンス。

田中マルクス闘莉王(無所属)

Posted by 名古屋グランパス / Nagoya Grampus on 2016年1月9日

背番号の変遷

【サンフレッチェ広島】
#23:2001年
#6 :2002年

【水戸ホーリーホック】
#28:2003年

【浦和レッズ】
#4 :2004 - 2009年

【名古屋グランパス】
#4 :2010 - 2015年

空中戦で圧倒的な強さと強烈なキャプテンシーを兼ね備えた闘莉王。中澤佑二とのセンターバックは日本代表の中でも突出した完成度を誇り、2010年ワールドカップでは背番号「4」をつけてチームのベスト16に貢献している。名古屋に長く在籍したが、昨季限りで退団が決定。すでにブラジルへと帰国しており、先日は1部クラブとの契約が直前で破談になったと伝えられている。