ラモス瑠偉さん(C)日刊ゲンダイ

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【注目の人 直撃インタビュー】

サッカー元代表DF秋田豊さん「ヘディングではほとんど勝てた」 3試合フル出場98年フランスW杯を振り返る

 ラモス瑠偉(元日本代表MF)

  ◇  ◇  ◇

 北中米W杯で優勝を目指す森保ジャパンの船出が近づいた。開幕4日目の日本時間15日に強豪オランダと対戦(午前5時キックオフ)。21日にチュニジア、26日にスウェーデンと対戦する。大言壮語するタイプではない森保一監督だが、2度目のW杯となる今回は「優勝を狙う」と高らかに公言。大きな注目を浴びている。現役時代から一緒に日の丸をつけてプレーし、引退後も親交のある元日本代表の伝説の司令塔が「選手・森保」「人間・森保」について語った──。 (取材協力:KAKU SPORTS OFFICE)

■ファミリーとしての一体感

 ──日本代表のチームメートとして1992年アジアカップ優勝の喜びを分かち合い、94年W杯アメリカ大会最終予選「ドーハの悲劇」で涙した日本代表の森保一監督が、北中米W杯に乗り込んでいく。

 期待しかないね。日本は、本当に選手層が厚くなった。自分たちの時代には、ひとりもいなかった欧州組がずらり揃っている。しかも半数以上が所属先の主力として活躍しているからね。確かに三笘(薫=英プレミア・ブライトン)のケガは残念でたまらないけど、フランスで大活躍している中村(敬斗=スタッド・ランス)がいる。自信を持って戦えば大丈夫!

 ──初戦の相手オランダは難敵で優勝候補のひとつ。

 強豪だけど勝てない相手じゃない。日本の選手が力を発揮したら勝ち点3はいける。2戦目のチュニジアは堅守自慢のチームだけど勝てる。3戦目のスウェーデンはなかなか手ごわいから……引き分けかな(笑)。ベスト32、ベスト16と勝ち上がってベスト4に進める力はある。もうそこまで行ったら、あとは勢いでファイナリスト。わたしはそう信じているよ。

 ──森保監督も選手たちも「目標はW杯制覇」と口をそろえる。

 今まで目標設定が低すぎたよ。ベスト8を目標にするから、その手前のベスト16で踏みとどまってしまう。もちろんW杯優勝が本当に難しいことを承知した上でもう一回言わせてもらう。森保ジャパンは、優勝を狙えるだけの強さを持っている。

 ──強さの秘訣のひとつに「一体感」がある。

 そう! わたしもそこを強調しておきたい。選手たちの実力はまったく問題ない。それぞれ経験値も高い。そして何よりもチーム全体の一体感が素晴らしい! 3月の英遠征でイングランド代表と聖地ウェンブリーで対戦した。1-0の勝利も良かったけど、とても印象的なシーンが目に入った。ケガで離脱中だったMF遠藤航、FW南野拓実は試合をスタンドで観戦していたが、試合後にピッチに下りて監督、スタッフ、選手たちの円陣に加わって一緒に歴史的勝利を喜んでいた。あぁ〜今の森保ジャパンってファミリーとして結束してるんだなぁ〜ってうれしくなった。でも少し足りない部分がある。これは、わたしが77年に来日して読売クラブ(現東京ヴェルディ)に入った時から言い続けている。

 ──物足りない部分?

 昔話になってしまうけど、日本に来てびっくりしたことがある。サッカーはうまいし、フィジカルやスタミナも十分なのに強い相手と対戦すると<隠れてしまう選手>が本当に多かった。どうせ勝てるはずがないと戦う前からビビリまくり、試合中はミスを恐れて<俺にパスしないで>と言わんばかりにわたしの視界から外れて<隠れて>しまう。今の代表には、戦う前から戦意喪失みたいな選手はいないと信じているけど、もっともっと自信を持って戦ってほしい。リラックスしながら自信を持って楽しんでプレーした方が、絶対に力を存分に発揮できる。

■読売クラブの理念は日本代表に重なる

 ──来年で「来日して半世紀」。入団した読売クラブの基本理念が今の日本代表の在り方に重なって見える。

 企業所属のサッカー部ではなかった読売クラブは、さまざまな暮らし方をする人が練習場に集まって真剣に練習し、試合日になると会場に集合してチームの勝利のために全力を尽くし熱戦を繰り広げた後、それぞれが暮らしている場所に帰っていく。今の日本代表は大多数の選手が欧州に散らばり、代表ウイークになると日本や対戦相手国に集まり、数日で連係を整えて試合に臨む。当時日本では異端であった読売クラブの文化が、当たり前になっていることは胸に響くものがあります。

 ──以前から海外に挑戦することの大事さを訴えていた。海外で得たものを日本代表に還元することが、そのまま日本サッカーのレベルアップにつながるとも話していた。

 オフに六本木などで楽しい時間を過ごしていると「ラモスがハメを外して遊んでいる」と言われたものだが、わたしは日本の文化、日本人のメンタリティー、目上の人との付き合い方……といったことを実体験として学ぶことが自分自身のレベルアップにつながり、ひいては読売クラブ、日本サッカーのためになると信じていた。欧州でプレーしている代表の後輩たちに「住んでいる国を愛し、人々と関わり、独自の文化などに触れることでひと回り大きな選手になり、日本サッカーに還元してください」とお願いしたいですね。

■怒鳴ってもパスを出さない信念の男

 ──森保監督というのはどのようなタイプの選手だったのでしょうか? いつか監督として活躍する予感はありましたか?

 アプローチが速いマツダ(現広島)の選手というイメージがあったような……。でも代表に入ってくるまでよく知らない選手だった。それが一緒にプレーして驚いた。中盤の広いエリアをカバーしながら相手の攻撃の芽をつぶし、マイボールにすると左右両サイドにボールを的確に散らしていく。ポジショニングも良かったし、とにかくチームのために献身的にプレーできる男だった。森保は、オフト監督の「(ボランチの位置で)ボールを奪われるな。そこからカウンターを仕掛けられる」という指示に忠実だった。いくら「パスを出せ!」と大声で叫んでも聞こえないふりをしていた。でも、いつもいつもパスを要求していたわけじゃない。「今、ボールが足元に入ったらシュートまでいける」と先の先までプレーの映像が脳裏に浮かぶことがある。見えているものが違うからね。その時にボールを寄こさないと「なぜ出さない!」と大声を出してしまう。でも、森保は大したものだった。どんなに怒鳴られても平気な顔をしてプレーしていたからね。森保は、W杯に行けなかったドーハ組全員の無念も忘れないでいてくれる。思いやりがあって優しい男だからね。

 ──日本のサッカーファンにひと言。

 とにかく森保ジャパンを「応援しましょう」ということ。92年に広島で開催されたアジアカップは、勝ち進むことでお客さんが増えて、そして決勝のサウジアラビア戦は6万人もの大観衆で埋まった。もの凄い応援に背中を押されて優勝できた。森保も「体が勝手に動いた」「もう一歩足が出て走れた」と大会を振り返りながら感謝していた。大きな声で森保ジャパン! 頑張れ! って応援しよう。森保が<共闘をお願いします>といつも言っている。共に闘う! 本当にいい言葉だと思うよ。森保は、自分自身の信じた道をまっすぐに歩けばいい。大きな覚悟でW杯に臨んでくれる。絶対ぶれないから問題ない! だってわたしに何度も何度も怒鳴られながら、それでも信念を貫いてパスを出さなかった男だからね(笑)。 (聞き手=絹見誠司)

▽ラモス瑠偉(らもす・るい) 1957年生まれ。ブラジルのリオデジャネイロ出身。77年に来日して読売クラブ(現東京ヴェルディ)でプレー。89年に日本国籍を取得して90年9月のアジア大会で日本代表デビュー。92年アジアカップ初優勝の原動力となった。引退後はJリーグの東京Vや岐阜、ビーチサッカー日本代表で監督を歴任。2018年に日本サッカー殿堂入り。