(※写真はイメージです/PIXTA)

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移住するほどではない。でも、都会を離れた場所でゆっくり過ごす時間が欲しかった--。そんな思いから65歳で二拠点生活を始めた夫婦。自然の中での時間は豊かでした。しかし年齢を重ねるにつれ、移動・寒暖差・維持管理の負担が重くなっていきます。老後の“夢の別荘”に待ち受けていた現実とは? FPの三原由紀氏が解説します。

「老後は自然の中で暮らしたい」…65歳で“夢の別荘”を購入した夫婦

「会社を辞めたら、夏は涼しい場所でゆっくり暮らしたいんだよな」

都内の大手メーカーに勤めていた田中隆司さん(仮名・69歳)は、50代の頃からそんな話を口にしていました。

現役時代は仕事一筋。定年まで働き上げ、65歳で完全退職。退職金は約3,500万円。企業年金と夫婦の公的年金を合わせると年間約470万円あり、自宅マンションの住宅ローンも完済済みです。

退職金を含めた金融資産は約8,500万円。「老後資金としては十分だろう」。そう考えた田中さんは、長野県・八ヶ岳西麓エリアの中古リゾートマンションを約1,500万円で購入しました。

夏でも冷房がいらないほど涼しく、窓を開ければ鳥の声が聞こえる。テラスでコーヒーを飲みながら過ごす朝は、会社員時代には想像もできなかった時間でした。

妻の洋子さん(仮名・67歳)も、当初は楽しんでいました。

「夫の長年の夢だったし、私も最初はワクワクしていたんです」

月に1回、10日ほど滞在する生活。東京を離れ、自然の中で過ごす時間は、まさに“第二の人生”の始まりのように思えました。

しかし、数年が経つ頃から、少しずつ変化が起き始めました。

あんなにワクワクしたのに…3年後「私だけ先に帰らせてもらうね」

最初に洋子さんの口をついて出たのは、「疲れた」という言葉でした。八ヶ岳西麓の標高が高いエリアは、日中こそ快適ですが、朝晩の冷え込みは想像以上でした。洋子さんには、その寒暖差が身体にこたえるように。

田中さん自身も、スーパーへ行くにもコンビニへ行くにも車が必要な生活で、長距離移動や夜間運転を、以前より負担に感じるようになっていきました。

さらに、滞在のたびに、湿気対策や片付け、冷蔵庫整理など細かな作業が発生します。「旅行」と違い、“もうひとつの生活”を維持する感覚に近かったといいます。

一方、東京には、洋子さんが長年かけて築いてきた日常がありました。月1回の美容院。隔週の整体。友人とのランチ。ジム。かかりつけ医。東京へ戻ると、「いつもの生活」に自然と気持ちが落ち着くようになっていったのです。

そして、購入してから3年たった夏。滞在3日目の夜、洋子さんはこう言いました。

「私、先に東京へ帰らせてもらうね」

別荘の購入を反対することもなく、むしろ洋子さんは夫の夢を応援していた側でした。それでも、年齢を重ねるにつれ、思い描いていた二拠点生活は、少しずつ身体への負担へ変わっていったのでしょう。

洋子さんが東京へ戻り、突然ひとりになった別荘で、田中さんは“夢の別荘暮らし”の理想と現実、自分たちの変化について、あらためて考えたといいます。

“ほどよい距離感”のはずが…老後の二拠点生活に潜む盲点

定年後に「自然の中で過ごす時間を持ちたい」と考え、二拠点生活を始めるシニア世代は少なくありません。都会の便利さは手放したくない。でも、せっかく時間ができた老後だからこそ、自然の中で過ごす時間も持ちたい――。その気持ちは自然なものです。

ただ、実際には「家を2つ持つ」ということは、「生活を2つ維持する」ということでもあります。

田中さん夫婦のケースでも、別荘の年間固定費は約60万円。管理費、修繕積立金、固定資産税、光熱費の基本料金などがかかります。さらに、月1回の滞在でも、交通費や滞在中の光熱費などで年間30万円以上。つまり、“使っていなくてもお金がかかる”状態が続くのです。

また、リゾート物件には特有の難しさもあります。古い別荘地では断熱性能が低く、湿気によるカビ、配管凍結、老朽化などに悩まされるケースも。マンションタイプは管理が楽な反面、管理費や修繕積立金の負担が重くなりやすい。また、需要が都市部に比べて限られるため、将来的に売却が難しくなるケースもあります。

そして何より、高齢期は「移動」そのものが負担になっていきます。若い頃は気にならなかった長距離移動や環境の変化も、年齢を重ねるにつれ、疲労として身体に残りやすくなるからです。

厚生労働省によれば、日本人男性の健康寿命(日常生活に制限なく過ごせる期間)は72.57歳(2022年)。65歳から始まる老後は長いようでいて、「自由に動ける時間」は決して無限ではありません。

だからこそ、老後の二拠点生活では「お金が足りるか」だけでなく、「何歳までその暮らしを続けられるか」も同時に考える必要があるのです。

「高かったけど、後悔はしていない」…老後の“夢”との付き合い方、FPが伝えたいこと

現在も、田中さんは月に1度ほど別荘へ通っています。洋子さんの同行頻度は減りましたが、田中さんは「結論として、後悔はしていない」と話します。

「維持費もかかるし、今では行かない月もある。でも、65歳からの数年間、あそこで過ごした時間は本当に良かった」

老後のお金は、単に「増やすため」だけのものではありません。自分が人生でやりたかったことに使うためのお金でもあります。田中さんの判断は、その意味では間違っていなかったとも言えます。

一方で、田中さんは最近こう話しているそうです。

「次は、もっとアクセスのいい場所にするかな。熱海あたりとか」

これについて、FPの立場から一点だけ補足しておきたいことがあります。

“夢を持ち続けること”は悪いことではありません。しかし、老後における不動産の購入は、「買う瞬間」だけでなく「いつまで使えるか」「どう手放すか」まで含めて考える必要があります。とりわけリゾート物件は流動性が低く、売りたいときに売れないケースも少なくないのです。

もし新たな二拠点生活を考えるなら、今の別荘を今後どうしていくのかも含め、あらかじめ整理しておきたいところです。

夢を見ることは大切です。ただ、“老後の夢”だからこそ、始める前に「終わり方」まで描いておく。田中さんの「熱海あたりとか」という言葉を聞きながら、そのことをもう一度、穏やかに伝えたいと思います。

三原 由紀
プレ定年専門FP®