「体液が床にひろがっていて、遺体に異常な数の蠅が…」引き取り手のない<無縁遺体>は全国で10万体以上…すぐそこにある孤独死の恐怖
警察庁が公表した「令和7年中における死体取扱状況(警察取扱死体のうち、自宅において死亡した一人暮らしの者)について」によると、2025年中における警察取扱死体20万4,562体のうち、自宅で死亡した一人暮らしの者は7万6,941体で37.6%だったそうです。そんな中「老後ひとりの『最期の居場所』をみつけるのは難しい」と語るのは、住生活問題を専門とする追手門学院大学地域創造学部教授・葛西リサさんです。今回は葛西さんの著書『単身高齢者のリアル ――老後ひとりの住宅問題』より一部を抜粋し、単身高齢者の実態をお届けします。
【書影】こんなに難しい「最期の居場所」単身高齢者の住まいを保障する社会の仕組みを考える。葛西リサ『単身高齢者のリアル ――老後ひとりの住宅問題』
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「変な匂いがする」
「体液が床にひろがっていて。遺体に異常な数の蠅がたかっているのと、鼻をつく強烈な匂い。あの惨状はいまでも鮮明に覚えています」
単身高齢者の見守り活動に従事するその支援者は、大家からの電話で現場にかけつけたという。近隣住民から「変な匂いがする」との苦情で発覚した死だった。
通常は、定期的な見守りを行うのだが、70代のその人は1カ月以上前から入院していることになっていた。その準備や手続きもこの支援者が手伝ったため安心しきっていたと悔しがる。「てっきり入院しているとばかり。気を遣ったのか誰にも退院の報告をしていなくて」といった事情が遺体の発見を大幅に遅らせた。
すぐに警察が介入して捜査がなされた。すでに、死後数週間が経過していた。多くを語らず、天涯孤独とうそぶいていたその人には、実は親族がいた。渋々とはいえ遺骨の引き受け手があったこと、なにより、生前に支援団体とつながっていたというだけでもその人の死はまだ「まし」だったと言えるのかもしれない。
引き取り手のない「無縁遺体」
2023年、総務省は引き取り手のない、いわゆる「無縁遺体」が全国で10万体以上あると公表した。無縁遺体は行旅病人及行旅死亡人取扱法や墓地、埋葬等に関する法律に基づき、死亡地の市町村(長)が火葬や埋葬を行うこととされている。
原則、その費用は死亡者の遺留金品から支払われるが、捻出が難しい場合には公金で充当する。このほか、葬祭を行う第三者がいるという場合には、生活保護法に基づく葬祭扶助が適用される。
いずれにしても、その対応の過程では、親族探しや遺体の引き取り交渉、遺留品の調査など、行政にとって負担の重い業務が待ち受けている。ようやく親族にたどり着いても、その引き取りを拒否されるケースは後をたたず、遺体の処理が滞るという事案が各地で確認されている。
例えば、読売新聞の調査では、主要自治体74市区中16市区が「無縁遺体を1カ月以上保管したことがある」と回答している(読売新聞2024年6月3日)。これら引き取り手のない遺骨は自治体が保管したのち無縁納骨堂に納められる。2018年、無縁遺骨を引き受けた自治体のなかでその数が最も多かったのが大阪市である。その数なんと2366柱、これは市内全死亡者の8.3%に相当する。同市では、無縁遺骨の数が25年間でおおよそ7倍に増えているという(小谷 2019)。
すぐそこにある孤独死
1970年代にはすでに高齢者の孤独死問題に関する記録が残されている(全国市社会福祉協議会、全国民生児童委員協議会「孤独死老人追跡調査報告書」1974年)。その背景には、戦後の急速な都市化にともなう世帯規模の縮小と血縁・地縁による互助機能の衰退があった。ただし、当時の高齢化率は1割に満たず、単独世帯の多くが若年層であり、ゆえにその現象は特定の階層の特殊な事情として扱われるにとどまった。
そこから四半世紀、阪神淡路大震災後の仮設住宅や復興公営住宅で孤独死が多発したことを受け、日本社会は改めて「独りで死ぬ」ことの恐怖と対峙することとなる。仮設住宅での孤独死は233人、復興公営住宅でのそれを合わせると、確認されているだけでも1000人をゆうに超える。

(写真提供:Photo AC)
コミュニティを軽視した復興政策のあり方が災害弱者の社会的孤立を助長し、そして死に追いやる。この一連の事象は、住宅や街の復興だけでは人間の心は回復せず、つながりやケアを併せて手当てすることの重要性を裏づける大きな契機となった。
医師として被災者の孤独死と対峙した額田勲は、孤独死という用語の流布を「震災直後、肉親、住居などなにもかも喪失して、厳しい逆境を強いられた被災者が“孤立”の果てに死んでいくことへの追悼の言葉として、孤独死は言い切れぬ適切な響きを持ったといえよう。そのためなんら定義もなされぬまま“孤独死”という情緒的な言葉が独り歩きしていった」と説明している(額田 1999)。
孤独死は平時にも起こりうるもの
2000年代に入ると、孤独死は決して災害などの特殊環境下でのみ発生するものではなく、平時にも起こりうるものという認知が広まっていく。2001年には千葉県にある常盤平団地(総戸数4839戸)で、死後3年が経過した白骨遺体が発見される。1960年代の団地開きから40年が経過し、住民の高齢化、単身化が進行、団地内のコミュニティは著しく衰退していた。
亡くなった69歳の男性は、離婚後、一人暮らしをしており、親やきょうだいとは疎遠になっていたという。遺体は、家賃の取り立てに訪れた団地の管理業者が発見している。賃料3万3580円と水道光熱費は口座から自動的に引き落とされており、残高が底をつくまで誰もその死に気づくことはできなかった。国勢調査のために訪問した人は、昼夜問わず電気がついており、電気メーターが回っていたことを確認している。しかし、本人が出てこないために困り果て、「調査不可」と処理していた(中沢 2008)。
この死に類する事例は、それ以降、同時多発的に全国各地で確認されるようになる。
「看取る人もなく一人きりで死ぬこと」 ――「孤独死」という項目が広辞苑に追加されたのは2008年のことである。2010年にはNHKスペシャルが「無縁社会 ――“無縁死”3万2千人の衝撃」と題し、血縁、地縁関係の希薄化、社会構造の変化による就労不安や貧困の蔓延、社会的に孤立した状態で迎える「新たな死」の実相など、それまで忌避されてきたテーマをセンセーショナルに報じた。
3万2000人とは、全国の市区町村が公費で遺体の火葬、埋葬を行った件数をNHKが独自集計したものである。未婚化や単身化が急速に進行する社会では、誰もが無縁社会の当事者たりえる。それゆえ、同番組は視聴者の関心を強く引き寄せることとなった。
※本稿は、『単身高齢者のリアル ――老後ひとりの住宅問題』(筑摩書房)の一部を再編集したものです。
