習近平・国家主席

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 昨年11月7日の高市早苗首相の台湾有事をめぐる国会答弁から半年。日中関係が悪化するなか、日本企業の中国投資縮小・撤退の動きが一段と加速していることが明らかになった。中国の李強首相は外国企業が中国から撤退することで、中国のサプライチェーン(供給網)に支障が生じる恐れが出たためか、外国企業の幹部らの出国禁止などを可能にする「中国国務院(政府)規則」を4月7日付で施行した。日本政府もこれを警戒し、高市首相は11日に来日したベッセント米財務相と会談するとともに、トランプ米大統領に対し、13日からの中国訪問に先立つ「日本立ち寄り」を打診するなど、日米連携による対中圧力を強める構えだ。

【相馬勝/ジャーナリスト】

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ほぼ断絶状態

「日中関係は最悪の状態だ。中国企業の幹部とのアポイントが入らなくなり、ビジネスどころか人間関係も壊れ始めている。日本にとって中国リスクはますます高まっており、日系企業のなかには、中国撤退を本気で考えているところも多いようだ」

習近平・国家主席

 こう語るのは、北京に駐在する日系大手メーカー幹部だ。

 高市早苗首相の台湾有事に関わる発言に中国が激しく反発し、日中関係が悪化して半年が経ったいまも、中国政府の対日圧力は弱まらない。政府や民間レベルでの交流はほぼ断絶状態といってもよく、両国を結ぶ航空便の削減や日本関連イベントの中止が相次いだのは周知の通りだ。

 東京商工リサーチは高市首相の国会答弁後の昨年12月1〜8日に日本企業に対し「拠点開発」に関するインターネット調査を実施。有効回答のあった6135社の調査結果をまとめた。拠点の開設予定場所として、海外では「中国を除くアジア」が4.1%と最も多く、中国はわずか0.4%にとどまっている。

冷めていた“中国熱”

 一方、中国進出日系企業を中心とした組織「中国日本商会」も今年2月、同会の1427社を対象とした「会員企業景気・事業環境調査記録アンケート」の結果を公表した。調査は今年1月に行われているが、中国の景況について「改善した」と答えたのは回答者のわずか1%に留まり、ほぼ半数が「悪化している、または悪化し続ける」と認識していることが明らかになった。

 そもそも、高市発言の以前から、日本企業の“中国熱”は冷めていた。

 前々回分の上記調査によれば、2025年時点での「前年と比較した投資額」についても、中国への投資を増やす計画を立てている企業は16%に留まる一方、「投資を減らす」が22%、さらに「投資はしない」が22%となるなど、投資に後ろ向きな企業が全体の44%に上った。これらの企業が“中国撤退予備軍”といってもよいだろう。

 ジェトロが行った2024年度「海外進出日系企業実態調査」のなかの「今後の事業展開」という項目でも、中国進出企業における製造業のうち15.6%は段階的に事業規模を縮小するか、中国市場から撤退する可能性があることを明らかにしている。

 この調査の過去の数字を見ると、中国での事業展開の方向性について、「拡大」と答えた企業は11年には66.8%にも上ったが、2024年には、製造業に特化した数字であるものの、22.6%に落ち込んでいる。また、「事業縮小」と答えた割合については、09年はわずか1.8%だったものが、24年には13.7%(製造業)とこれもまた激増している。

身柄拘束の可能性も

 すなわち、長期的に日本企業の“中国離れ”が進む中、それに拍車をかけたのが、昨年の「台湾有事」発言に伴う日中関係の悪化だったと言えよう。

 このようななか、中国の李強首相は4月7日、「産業チェーン・サプライチェーンの安全に関する国務院(内閣)規則」に署名し、同規則は即日施行された。

 この第15条では、「(政府には)外国の組織・個人が中国企業との正常な取引を中断、差別的措置を講じて中国企業のサプライチェーンに損害を与えた場合に、中国政府当局が当事者への質問、関連文書・資料の閲覧・複写等の調査を行うことができる」と定めている。

 具体的には、以下を企業に課すことが可能だ。(1)中国関連輸出入活動従事の禁止・制限、(2)中国国内投資の禁止・制限、(3)中国国内組織・個人によるこれら関連取引・協力等の禁止・制限、(4)関係人員・交通輸送手段の入国禁止・制限、(5)関係者による中国国内就業・逗留・在留資格の取消・制限。

 さらに、第14条では「わが国の産業チェーン、サプライチェーンの安全を損なう行為を実施または実施に協力した場合、国務院(政府)の関係部門は関連措置または行為に対して、産業チェーン・サプライチェーンの安全調査を実施する権限を持つ」との記述がある。この「国務院の関係部門」のなかには「公安部」や「国家安全部」など警察あるいは諜報機関が含まれていることから、これらの機関が捜査を開始した場合、外国企業の幹部・従業員が身柄を拘束され、取り調べを受ける可能性は否定できず、その結果、懲役刑などの刑罰を受けることも考えられる。

 つまり、中国の司法機関が、経済活動などに不利益を与えたとみなす外国企業の幹部や従業員らに対して、身柄を拘束し、出国を禁止して、取り調べるということも可能になる。

 規則には、具体的な事例が明記されていないので、適用範囲は極めて広範であり、中国側の解釈次第で「規則」が運用され、当事者が身柄を拘束される可能性は低くないとみられる。

日本企業の撤退を妨害

 中国に進出している日本企業は2024年時点で約1万3034社にのぼる。日本企業は広東省や江蘇省、浙江省、山東省、遼寧省などに進出し、工場を建設し、それらで作られた製品は中国国内でも多数流通している。

 それらの日本企業が相次いで中国から撤退すれば、その企業で製造された部品を使って製品を組み立てていた中国企業にとっては大きな痛手であり、それこそ、中国の産業サプライチェーンに打撃を与えかねない。

 この意味からも、李強首相がこのタイミングで、サプライチェーンの安全に関する規則を施行したのは、中国から日本企業を含む外資の撤退を防ぐ、あるいは「妨害する」との意図があるのではないだろうか。

悪化する中国経済

 中国企業の業績は悪化の一途を辿っている。5月7日付日本経済新聞によると、中国の上場企業の2025年12月期の純利益は3年連続で減少しており、これは2000年以降では初めてのことだ。最終赤字だった企業は1458社と、過去最悪だった2024年から100社近く増え、全上場企業におけるその比率は27%と3割に迫っているという。

 このような状況のなか、外国企業が中国から撤退すれば中国経済への打撃が大きくなるのは必至だけに、今回のサプライチェーンに関する規則の施行は外資を何とか引き留めようとする意図が見え隠れしている。

 このため、同規則について、在中国アメリカ商工会議所の会長マイケル・ハート氏は米紙「ニューヨーク・タイムズ」のインタビューに、「中国は外国企業からの調達を減らしてもいかなる処罰もほとんど受けないが、外国企業が中国への依存を減らした場合、中国当局の調査(と処罰)に直面する可能性がある」とその不公正さを主張し、「最新の規則を起草する際に外国企業と協議を行わず、外国企業に法的リスクを加えることは中国当局にとって逆効果になる可能性がある」と指摘している。

 また、在中国欧州連合商工会議所のイェンス・エスケルンド会長も声明を発表し、「明確かつ透明な法的手続きが欠如している」と批判している。

抗議の可能性も

 日本でも、在京の外交筋は同規則に対し、「産業・サプライチェーンの不透明性や経済安全保障を名目とした恣意的な規制拡大、特定企業への巨額支援など、政府による介入が企業の自由な経済活動を妨げる」など述べ、今後、日本企業に被害が及ぶことがあれば、抗議の意を示し、規則の撤回や修正を求めることもありうるとの見方を示している。

 米国のベッセント財務長官が今月11日から日本を訪問し、高市首相や片山さつき財務大臣などと会談する方向で調整が進められており、中国の同規則への対応について話し合われる可能性もある。また、トランプ米大統領は13日〜15日に中国を訪問し、習近平国家主席と会談する予定だが、日本政府はそれに先立ち日本への立ち寄りを要請してきたといわれる。いずれにしても、ベッセント財務長官も米中首脳会談に参加することになっており、「サプライチェーン規則」問題が首脳会談の場で話し合われる可能性も捨てきれない。

 中国に進出する日系企業の動向について、今後とも注視することが必要である。

※本記事の政府の抗議に関する記述に一部誤りがございました。事実と異なる部分について削除し、お詫び申し上げます。

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相馬勝(そうま・まさる)
1956年生まれ。東京外国語大学中国語科卒。産経新聞社に入社後は主に外信部で中国報道に携わり、香港支局長も務めた。2010年に退社し、フリーのジャーナリストに。著書に『習近平の「反日」作戦』『中国共産党に消された人々』(第8回小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞)など。

デイリー新潮編集部