輪島塗の技法のイヤリングを着けて大阪・関西万博の会場を訪ねられた佳子さま(昨年8月、大阪市此花区で)

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 能登半島地震の被災者が手掛けたアクセサリー、沖縄発祥の「かりゆしウェア」――。

 皇室の方々が身に着けた手頃な値段の服や小物が注目を集めている。制作者らは、被災地や伝統工芸への関心が高まるきっかけになることを願っている。(戸田貴也、坂場香織)

手頃な値段

 秋篠宮家の次女佳子さまの耳元に、輪島塗の技法を生かした赤色の丸いイヤリングが輝いていた。昨年8月、大阪・関西万博の会場で青森県の津軽塗の技法を体験された時のことだ。

 イヤリングを制作したのは、石川県輪島市の輪島塗職人・升井克宗さん(67)と妻の佳美さん(66)。2024年1月の能登半島地震では自宅兼作業場の天井が落ち、こたつにもぐり込んで九死に一生を得た。

 佳子さまが着けられていたのは、夫妻が地震の前から作ってきた自信作だった。堅く光沢がある銘木の黒檀(こくたん)に漆を塗って磨き上げる手間をかけながら、「多くの人に手に取ってほしい」と5500円で販売してきた。

 昨年8月以降、SNSで話題になり、昨年1年間の注文は3000個以上と例年の10倍になった。佳子さまに感謝の手紙を出すと、側近を通じてお礼の連絡があった。升井さん夫妻は「『被災地を忘れない』という思いを感じた」と話す。

 佳子さまが昨年9月、鳥取県の訪問先で着けられた七宝焼(しっぽうやき)のイヤリングは、同県境港市の障害者就労支援施設「はまゆう」の手作り商品だった。価格は2200円。以後、施設には約700個の注文が舞い込み、若原紀子代表(55)は「みなのやる気につながっている」と喜ぶ。

問い合わせ殺到

 皇室の方々は時に、装いに自らの思いを込められる。上皇后さまは沖縄県訪問の際、県民から贈られた地元伝統の織物「芭蕉布(ばしょうふ)」を服装に取り入れられた。

 戦後80年だった昨年の夏、天皇ご一家は那須御用邸(栃木県)で静養中、激戦地・沖縄ゆかりのかりゆしウェア姿で散策された。宮内庁が公式ユーチューブで散策の動画を公開すると、涼しげな装いが注目を浴び、約72万回再生された。

 沖縄県内のメーカーには問い合わせの電話が殺到。1日約100件に上る日もあり、対応に追われた。天皇、皇后両陛下と同じ柄のシャツはしばらく品薄状態が続いたという。

 同県によると、かりゆしウェアの製造数は直近の24年が34万枚と、ピークだった14年の49万枚の7割にとどまる。メーカーの大坪晃輔さん(44)は「魅力が県内外に伝わった」と歓迎する。

流行を発信

 皇室の装いは、100年以上前の明治時代から大衆の注目を集めてきた。

 1900年代には皇室専門の写真誌「皇族画報」が発行された。皇族の服飾文化に詳しい霞会館記念学習院ミュージアム(東京)の長佐古美奈子学芸員は「洋装を着こなす皇族は当時、ファッションリーダーのような存在だった」と語る。

 戦後、上皇ご夫妻の結婚に伴う「ミッチーブーム」では、上皇后さまが着用されたヘアバンドや毛皮の肩掛けが脚光を浴びた。

 長佐古さんは、皇室の方が身に着けた商品を買い求める動きの広がりについて、「一般の人にも身近な物を着ける姿が、親しみを持って受け入れられているからではないか」と話した。