可愛がっていた犬が、日本刀で斬り殺された…死を目前にした、人間爆弾「桜花」の特攻隊員が記した日記

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太平洋戦争末期、日本海軍は、1.2トンの爆弾に翼とロケットをつけ、それに操縦席をつけたような形の特攻兵器「桜花」を開発、実戦に投入した。「人間爆弾」とも呼ばれた桜花は、母機の一式陸上攻撃機に懸吊され、敵艦隊の手前で投下されたら滑空で、あるいはロケットを吹かして敵艦に突入する。のべ10回の出撃で、桜花は米駆逐艦1隻を撃沈、6隻に損傷を与えたが、その戦果はとても犠牲に見合うものではなかった。生き残った元桜花搭乗員は戦後も長く結束を保っていたが、今年(2026年)、ついにその最後の一人が亡くなった。

私は2023年6月、『カミカゼの幽霊 人間爆弾をつくった父』(小学館)という本を上梓している。大戦中、桜花を発案し、終戦直後に自決したとされながら、戦後は戸籍も名前も失ったまま半世紀近くを別人として生きた大田正一とその家族の数奇な運命を描いたノンフィクションだ。この作品のなかで大きな役割を占める桜花特攻隊員が、貴重な日記を残していた。「死」を目前にした隊員の目に映っていたものとは――。(第3回後編)

【前編を読む】<かわいがっていた犬に酒を飲ませ、貯水池に投げ込んだ…死を目前にした「人間爆弾」桜花の特攻隊員たちの記録>

「シロ その後」

佐伯の「大空の記」には書かれた日付が書かれていないことが多いが、おそらく数ヵ月後には「シロ その後」と題された一文がある。

〈シロは以前はじゃれて可愛かったが、近頃は大きくなって(目に見えて)それと同時に物凄い凶暴性を帯びてきた。

鼻の頭をパチンと指で弾いたりするとだんだん怒ってくる。そのうち眼をいからし、とびついてくる。ワンワンワン、ときどき血を見るほど噛みつかれることがある。とにかく近頃は一犬前に大きくなって少しも子犬らしいところがない。

大きくなってしまった体をモテあましている様子だ。毛布の中で寝るときもぜいたくな寝方をしていて、両足を人間のように伸ばして、ぜいたくな寝方をしている。

ところで、シロの体に巣食う蚤が発散するので、「自動警鳴器」と共に「自動蚤発散器」の有難くない名をもらった。犬の蚤はかみつくと痛い。ノミトリコをポコンポコンひっかけたら、いっぺんに後を絶った。

烹炊所の横の防空壕に子犬が八匹生まれ、シロに見せたら珍しそうになめまわしていたが、男(オス)だから何も仕切らない。あの子犬が少し大きくなったら桜花隊で飼ってやろう!と話している。〉

日本刀でつつかれていじめられ…

昭和20年4月13日、神雷部隊の第二陣が九州の基地に進出していき、シロをかわいがっていた何人かの隊員も、特攻出撃のため神之池基地を去った。残った隊員のなかでシロの世話をするのは、負傷の後遺症が残る佐伯だけ。だが、まだ19歳の若年搭乗員にできることには限度がある。餌をやるのもままならなく、腹をすかせたシロは、しだいに隊員たちの食料を盗み食いしてはいじめられるようになった。軍隊だから、自分より上級の者がシロをいじめても佐伯には止めることができない。

5月8日の日付が入った手記で、佐伯は、つい先ほどまで兵舎で古参兵に日本刀でつつかれていじめられ、姿が見えなくなったシロの様子を、次のように記している。

〈外へ出てみたらもう夕闇が七割方迫って、ひゅうひゅうと鳴って吹きつける強い風が、暗い空と地上の砂原の上をふきまくっていた。

シロ!呼んだ声は聞こえなかった。わずかに耳元で感ぜられた。おれというものが、どうしたせいか悲しくなった。親が子を探す、そんな気持ちであるかもしれぬ。風がひょうとふく。おれは立ち止った。シロよ、おれはさびしいぞ。ひゅう…ふく風にまじってかすかに甲高い音が流れてくるのがひょいと聞えた。シロ?たしかに鳴き声だ。どこかにいる。立ち止まってあたりを見回す。おれは今来た掘割の方へ向いて立った。と、何か白い細いものがピラピラしたのが目についた。あれほど探し求めたシロが、顔だけこちらへのぞかせたのである。ここに居ります、そう言わんばかりの目つきだ。オオ、ここに居ったか、と走り寄る自分にへ、シロは前足を片足だけかけて、一生懸命に上がろうとしている。右足は斬られているのだ。もっとも血が出ている程度だが…シロ、可哀想にな…よく見ると尻尾に血が三分の一ほどぬったようになって、尻尾も斬られたのだ。どうしてこんなにするのか、シロ、よしよし今上げてやるから…シロは痛いはずの尻尾もピンピン振って喜んでいるじゃないか。おおそんなに嬉しいのか。手をもって上にあげた。しかし次の瞬間、強い風が吹き、さーっと寒さを加えた。シロ、中へ入ろう。また前足をとって中に入れて、おれ自身も掘割の中へ体を入れて、風が当たらぬようにかがんだ。ただなでまわすばかりだ。先方もそれで嬉しいのだ。おれも嬉しさと悲しさで涙が出そうだった。ポケットの中に、たった今、兵舎でもらったばかりのゆで卵が一つあった。カラをむきだした俺の指先へ、シロはたまらなさそうに鼻をすり寄せてくる。

涙のもろいおれはふいと悲しくなった。そして防空壕へ入った。シロも入った。薄暗い中でうずくまった。シロはクン…クン…悲しげに鳴きつつひざにすり寄り、首をひざへ持たせる。〉

シロとの別れ

そして佐伯の気持ちもむなしく、シロとの別れは突然やってきた。5月12日のことである。

〈シロは苦労多き生涯の末、ついに松林の山上にて斬り殺され、哀れなる死を遂げた。

きょうシロはついに、昨日作ったばかりのミカン箱の敷藁の中にうずくまっていたところを引き出され、日本刀の洗礼を受け、悲しくも哀れなる最期を遂げた。

おれは、あれほど可愛がった犬が、たとえ少なからず悪事を働いたとはいえ、自らの手によりて殺す、その心境がわからぬ。もちろん現在のところ、おれは意見を貫く立場を持たず、如何ともなせなかったのであるが、深甚の同情と愛惜を禁じ得ない。

シロに対するおれの愛情は、この最近五日間の種々の現象によって益々高められたのであった。

シロが入っていた箱のところに行ってみた。シロはいない。ただポカンとうつろな敷藁があるのみである。

なぜ殺さねばならなかったのか。おれはこのつまらぬ問題を追究しない。あまりにも馬鹿げたことであるからだ。要するに殺さなくてよいものを無理に殺したのである。敢えて殺す意思ありとせば、おれはその無慈悲に対し糾弾する。

シロよ安らかに眠れ。日本の特攻隊員は神とは言われても、なお一個の人間であった。

おれは長い間、シロとともに遊び、シロもまた、誰よりもおれを深く慕ってくれた。シロ、シロのことは今後悲しき事実として頭に残り、シロの姿は何時迄も眼に映ずるであろう。シロよ、おれはお前を忘れぬぞ。〉

「日本の特攻隊員は神とは言われても、なお一個の人間であった」という一文、愚かな人間に対する静かな怒りが伝わってくる。そしてその怒りは、人と人とが殺しあう戦争そのものにも向けられたものだった。

そしてシロの死からしばらく経って、猫のミーと犬のクロが桜花隊にやってきた。

〈20.5.20 真黒い犬「クロ」桜花隊に来る。「ミー」と少しずつ仲良しになる。〉

佐伯は「大空の記」に、

〈「ミー公」の背を擦りつつ思うかな はるか昔の「トラ」の事ども〉

という短歌を残している。

わずか3ヵ月後に戦争が終わり、部隊も解散になったので、ミーとクロのその後の運命はわからない。

明日の命もわからない特攻隊員。そのなかには、動物に愛情を注ぐ者もいれば、行き場のない気持ちを動物にぶつける者もいた。飼い主ともいえる特攻隊員に斬られて非業の死を遂げた犬のシロの運命は、戦時下の人間の姿を映していたのかもしれない。(第4回に続く)

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