かつて、“可愛すぎるオネエタレント”としてテレビに引っ張りだこだった、ゆしん。華やかな笑顔と軽快なトークで人気を博した一方、その裏では想像を超える苦悩と葛藤を抱えていた。テレビの第一線から少し距離を置いた今、これまでの壮絶な半生について、率直な言葉で語ってもらった。(全4回の1回目)

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ゆしんさん ©釜谷洋史/文藝春秋

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「仕事がなくてもどうにか」…でも「オファーお待ちしています」

――ゆしんさんと言えば、明るいオネエキャラでお茶の間の人気者でした。テレビの世界から離れ、現在はどのような活動をされていらっしゃるのでしょうか。

ゆしんさん(以下、ゆしん) 今は歌やイベント、YouTubeなどを中心に活動しています。もともと歌手を志して芸能界に入りました。今年の秋ごろには新曲のリリースに向けて動いていて、今回は作曲にも挑戦していきたいと思っています。

――今は、歌手活動に力を入れてらっしゃるんですね。テレビに多く出演されていた頃と比べて、現在の活動スタイルの違いについて、どのように感じていますか。

ゆしん 今は、すごく自分らしくいられていると感じています。以前は、とにかく仕事がたくさんあることが嬉しくて、それがそのまま幸せでしたし、バラエティーも本当に楽しかったです。でも今は、この年齢になって「仕事がなくてもどうにかできる」と思えるようになりました。

「仕事はなくなったら取りにいけばいい」そんな感覚ですね。この時代、やりたいことは他人任せにするのではなく、自分で言葉にして発信して動くことが大事だと思っています。「これをやりたいです」と言い続けることで、実現につながることもあると感じています。

 もちろん、テレビという媒体は今でも大好きなので、また「ゆしんおもろいやん」と思っていただけたら、ぜひ呼んでいただけたら嬉しいです。業界のみなさま、いつでもオファーお待ちしています(笑)。

“可愛すぎるオネエタレント”としてブレイクしたあの頃

――テレビ番組への意欲もおありなんですね。タレントとしてデビューされた当時は、ご自身が思い描いていた芸能界と、実際に感じたギャップはありましたか。

ゆしん ギャップはあったと思います。先ほどもお話ししましたが、もともと歌をやりたくて上京し、エイベックスに出会い、バラエティー番組にも出演させていただきました。昼はテレビの仕事、夜はタレントと会食、当時はいわゆるザ・芸能界って感じで毎日がエンターテイメント。

 タレントを売り込むための会食では、女性がずらっと並ぶ場に同席することもありました。そこで最後に「オカマですーっ!」と明かし、「なんじゃそらー!」と笑いを取りにいったりしていました。

――“可愛すぎるオネエタレント”としてブレイクされた当時には、どのような思いがありますか。

ゆしん 今になって、少し大人になれたのかなと思います。振り返ると、無理をしていたと感じます。当時はバラエティーが楽しくて、お茶の間の方に笑っていただけることが生きがいでした。

 でもその一方で、普段の自分とのギャップはずっと感じていました。家で一人でいるときに、よく落ち込んでいた気がします。「今日、全然爪痕を残せなかったな」とか「うまく喋れなかったな」とか、自分の中で反省することが多くて。

 また、自分の勘違いからスタッフの方に偉そうな態度をとってしまったこともあって。それは後になって、すごく後悔しました。

「私は“ハッピーなネクラ”」というゆしんさんの辛かった思い出

――明るいゆしんさんにも、そのような思いがあったのですね。テレビの中で求められるキャラクターと、本来の自分とのズレに悩まれていたのでしょうか。

ゆしん 悩みましたね。私は基本的に“ハッピーなネクラ”なんです。家で本を読んだり、何かを書いたり、一人で作業する時間がとても好きなんです。でも、テレビでは明るくて強いキャラクターを求められることが多くて、そのギャップはずっと感じていました。

 あとは、女性タレントの方に対して強い言葉を求められることもありました。「ブス!」とか「アンタ、肌汚いわ〜!」といった発言ですね。オネエタレントが言うと、他のタレントさんとは違って角が立ちにくいという理由もあったのかもしれませんが、私は普段そういうことを言うタイプではなかったので、それもつらかったです。

秋田のおばあちゃんが「なんだてめー! この爪は!」って

――そうだったのですね。悩まれた時、どのように気持ちをリセットされていましたか。

ゆしん 秋田のおばあちゃんの家に行ってご飯を食べたりして、リラックスしていましたね。テレビに出始めた頃、私のネイルを見て「なんだてめー! この爪は!」と言われたことがあったんです。

 でも、おばあちゃんは方言で口が強く聞こえるだけで、そのあとに「めんこいなあ」とネイルを褒めてくれて。私にとっておばあちゃんに会う時間は1番大切な癒しです。最近は少し物忘れも増えてきているみたいなので、近いうちに会いに行こうと思っています。

――おちゃめなおばあさまですね! ゆしんさんのテレビでの活躍も、喜んでくれていたのでは?

ゆしん 最初はどう受け止められているのか分かりませんでしたが、番組を見て喜んでくれて、少しずつ受け入れてくれていたのかなと思います。

 ただ、自分では「ブレイクしている」と思ったことは一度もありません。テレビをよく見ている方には「ゆしん? 名前は聞いたことある」と言われることはありましたが、番組を見ていない方からすると「誰?」という存在だったと思います。

 バラエティーには多く出演させていただいていましたが、移動中にしか寝られないほど忙しいとか、そういうわけでもなかったので「売れた」っていう実感はありませんでした。

意外にも庶民派だったゆしんさんが「嬉しかったこと」

――では、ご自身で「売れたな」と思った瞬間はありましたか?

ゆしん 大きい美容の広告が決まった時は「自分売れたんちゃう?」って思いました(笑)。脱毛器の広告でしたね。

――そうなると、ギャラも相当な金額だったのでは…?

ゆしん 数百万円ほどだったと思います。収入をあまり気にしたことはなくて、気づいたら口座に入っている、という感覚でした。

 食事に行けば誰かが出してくださることも多く、番組に出演するとお弁当も用意されていて、自分のお金を使う機会はあまりありませんでした。いわゆる「芸能人みたい」と感じるような生活ではありましたね。

 もともと物欲があまりなくて、ハイブランドを買うこともなかったですし。関西人なので「いかに安くていいものを買うか」って感じで、1000円でいい服を買えた時は嬉しかったですね。

「あなたと娘の歳近いのよ」って、お米を差し入れてくださる方も

――意外にも、庶民派だったんですね! では、“可愛すぎるオネエ”というキャッチコピーについてはどう受け止めていましたか。

ゆしん 正直、「もっといいのなかったの?」と思っていました(笑)。「可愛すぎる以上ないんですか?」って。だって、可愛いのは当たり前やん、みたいな。

 当時はいろんなキャラクターの方がいらっしゃって、それぞれに違う立ち位置があったと思うんですけど、その中で、自分としては“可愛すぎる”よりも“美しすぎる”の方がしっくりくるなと思っていました。冗談ですけど(笑)。

――確かに、今のゆしんさんの姿を見ると「美しすぎる」というのも納得です。では、当時のファン層はどのような方が多かったのですか?

ゆしん DMで「会いたいです」みたいな冷やかしはあったんですけど、意外にもガチ恋の男性ファンはいないんですよね(笑)。

 子どものように思ってくださるお母さん世代のファンの方が多くて、「あなたと娘の歳が近いのよ、ちゃんとご飯食べてる?」と、何キロものお米やレトルトカレー、カップラーメンを差し入れてくださる方もいました。中には、おさがりのお洋服を持ってきてくださる方もいたり(笑)。当時は、その優しさがとてもありがたかったです。

中学時代は不良の番長→鑑別所に入っている間に恋人が妊娠して女性不信→東京に出て“オネエタレント”に…『This is I』にも出演のゆしんが語る“壮絶すぎる半生”〉へ続く

(佐藤 ちひろ)