「私たちが刈り取った男たち」 [著]ジェスミン・ウォード

 本書を読んでいる間中、深みのある歌声が流れているような気がしていた。それを聴きながら、車の後部座席に座って町を移動しているような。蛇行する川、松林と湿地。うだるような暑さとなまぬるい風。
 アメリカ南部、ミシシッピ州にある著者の故郷。本書で語られるのは、この町をめぐる喪失の記憶だ。二〇〇〇年以降の五年間に、著者は弟と四人の友人を立て続けに亡くした。彼らはみな、同世代の若者たちだった。この地での半生を辿(たど)る著者の語りの中に、彼ら一人一人の人生が、短篇(たんぺん)のように挟(さしはさ)まれる。
 ミミという愛称で呼ばれる著者の、幼い頃の日々。父の出奔と母の苦悩。学校でのいじめと人種差別(レイシズム)。幼馴染(おさななじみ)の少年たちは、成長するにつれて居場所を失(な)くし、ドラッグの売買に手を染めていく。そして唐突に、彼らはこの世を去る。あたかも間引かれるように。
 それは偶然ではない。彼らが転落し、死に追いやられていくのは。それぞれの人生を描きつつ、著者は根底にある問題を浮かび上がらせる。南部に蔓延(まんえん)する貧困と人種差別、不公正と疎外。彼らの窮状を社会は無視し、破滅が運命であるかのように、執拗(しつよう)に宣言する。お前に価値はないと。
 露(あら)わになるのは、この国に満ちあふれる差別と暴力の「腐った物語」だ。だが同時に語られるのは、間引かれた者たちと故郷への愛でもある。狂おしいほどに痛ましく、それでも愛さずにはいられない。この土地の負ってきた重荷と傷、そのすべてが自分たちの遺産(レガシー)であり、強さでもあるのだから。押しつけられたものとは別の物語を編み、伝えるために、私たちは生きながらえる――そう著者は言う。
 やがて歌声が止(や)み、車が停止した時、私は理解する。誰とともにいたのかを。助手席にいたのはミミ、かわるがわる運転席にいたのは彼女の愛する者たち。いまはもういない、でもずっと傍(そば)にいる、彼らだったのだ。
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Jesmyn Ward 米ミシシッピ州在住の作家。『骨を引き上げろ』『歌え、葬られぬ者たちよ、歌え』で全米図書賞。
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石川由美子訳