原油輸送の要衝・ホルムズ海峡の事実上の封鎖が長引く中、代替ルートの模索が進められている。コンテナ海運に詳しい神奈川大学教授の松田琢磨氏は「紅海ルートにも、喜望峰への迂回ルートにもリスクが存在する」という――。(第1回)

※本稿は、松田琢磨『コンテナ海運が世界を動かす』(角川新書)の一部を再編集したものです。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gorSPb

■紅海ルートで起きた商船への攻撃

局面が変わったのは2023年11月に入ってからのことでした。

10月中旬にイスラエルがパレスチナ自治区ガザ地区のイスラム組織ハマスに対する軍事行動を開始すると、11月にはイエメンの親イラン武装組織フーシ派が、イエメン沖を通航する商船に対して攻撃を開始しました。

日本郵船が運航する自動車専用船「ギャラクシー・リーダー」が拿捕(だほ)されたのもこの時期であり、主要海運会社は12月以降、紅海(こうかい)の通航を回避し、喜望峰経由への航路変更を余儀なくされました。

世界各国も米国を中心に「繁栄の守護者作戦」を展開し、航行の安全を守る対抗措置は取ったものの、フーシ派による商船への攻撃は止まりませんでした。

紅海情勢を受けたスエズ運河の通航回避は、船腹不足という供給要因による運賃上昇をもたらしました。

これは同じ量の貨物を運ぶために運航しなければならない距離が増えることによるものです。

たとえば、従来であればアジア・欧州間のコンテナ航路ではおおよそ12週間をかけて往復し、毎週同じ曜日に同じ港に寄港するために12隻の船を使用していました。

■喜望峰経由の難しさ

しかし、喜望峰経由へ回避すると往復で約1万3000キロメートルの航海距離が追加的に必要となり、12週では回り切れなくなってしまいます。その分だけ船舶が必要ということになりますが、コンテナ船では17%程度が必要になるとの試算もありました。

さらに、喜望峰付近は年間を通じて強風が吹き、高波や天候不良が発生しやすい航海の難所としても知られています。2024年に流失したコンテナのうち約200本が喜望峰周辺で発生したくらいです。

定時到着率は2023年11月に61.7%であったものが、2024年1月には51.4%に低下しました。

スエズ運河を通航しなくなったことによって、コンテナ港湾の混雑も激しくなり、とくに欧州の港湾で混雑レベルが悪化しました。

地中海に面した南欧や北アフリカの国々に貨物を運ぶためにスペインやモロッコの港で積み替えが多く発生し、バルセロナやバレンシア港の沖では入港待ちの船が並びました。

輸送の不安定化に対応するため、対応策がとられることとなりました。欧米の輸入業者は2024年4月以降、新学期やクリスマスなど販売のピークシーズンに向けた在庫確保を前倒しで開始しました。

■船腹量増加でも輸送サービスは供給不足

この影響で2024年のコンテナ荷動きは例年より早い7月から8月にかけてピークを迎えることとなったのです。

荷動きが増えたのはアジアから欧米へ向かう航路だけではなく、途中の工程における半製品や部品を輸送するアジア域内航路もでした。

コンテナ貨物輸送量はコロナ禍の巣ごもり需要期さなかの2021年を上回り、前年比6.6%増の1842万TEUと過去最高を記録しました。

航路迂回(うかい)に伴う船舶の追加や、航路調整および船舶移動に要する時間が増えたことによって世界のコンテナ船舶への需要は前年比で18.8%の増加にのぼりました。

船腹量の増加が前年比9.4%増にのぼったにもかかわらず、コンテナ輸送サービスの供給は不足状態が続きました。

2024年頭に一度ピークを迎えたコンテナ運賃は、前倒し需要を受けて需給がタイト化したことにより、4月から7月までふたたび上昇を続けました。

新造船の竣工と航路の調整が進んだ7月以降は下落に転じたものの、2024年の運賃水準は高い水準で推移することとなったのです。

■世界各地で頻発する「港湾スト」

加えて北米地域では複数の労働問題が発生しました。2024年9月に北米東岸で港湾労使協約の更新期限を迎え、10月にはストライキも起こっています。

カナダでも西岸港や鉄道会社で、欧州港湾においてもフランスやドイツ、イタリアなどでストライキが発生し輸送の不安定化に拍車をかけました。

2025年に入ってからしばらく、コンテナ輸送は堅調な状況が続きました。全世界のコンテナ貨物輸送量はコロナ禍期の2021年や2022年を上回ったのです。

米国でトランプ新大統領が就任し、各国に対する追加関税の動向が大きな注目点となりました。

輸送量増加の背景には、サプライチェーンの混乱を見据えた荷主が前倒し出荷を進めたことが挙げられます。

しかし、4月以降は追加関税の発動により、中国からの輸出が大きく減少し、北米往航における中国積みのシェアは2024年の55.2%から9月には48.1%まで縮小しました。

写真=iStock.com/Roger de la Harpe
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Roger de la Harpe

■関税政策の影響で代替市場となる欧州

一方、欧州往航の9月までの累計輸送量は前年同期比で10%近い増加となっています。

先述した通り、欧州往航の荷動きは2023年以降増加が続いており、その傾向に変化はみられません。

また、米国の関税政策の影響を受けて、中国で生産した製品の代替市場として欧州へ輸出する動きがみられており、輸送量を押し上げる要因となったのです。

輸送量が増加したのはアジア域内航路も同様で、この航路は前年同期比でみると世界で一番輸送量が大きくなった航路でした。

輸送量増加の背景には、北米航路や欧州航路で運ばれる製品を作るための部品や材料について輸送が活発であったことに加え、中国で生産された製品が東南アジア向けに多く輸出されたことが挙げられます。

同様の動きはアフリカ向けや中南米向けでもありました。荷動きの増加が船舶への需要も増やしました。

供給側の船舶はどうだったでしょうか。世界で就航するコンテナ船は2024年に一度ピークを迎えたものの、2025年に入ってからも船腹供給は続いています。

用船市場も活発な取引が続き、中古船取引もコロナ前に比べると増加しています。

■サービス維持に向けた船舶確保の舞台裏

コロナ禍に入ってから解撤(スクラップ)や不稼働は高くない水準で推移しており、総じて2025年後半に入っても2024年と変わらず船舶供給が活発な時期が続いたと言えるでしょう。

松田琢磨『コンテナ海運が世界を動かす』(角川新書)

これは貨物量の増加に加え、喜望峰迂回の定着で船腹に対する需要が増えるなか、各コンテナ船社がサービスを維持するために努力していることを反映しています。

2025年上半期は新アライアンス体制のスタート時期でもあり、海運会社にとっては航路網やスケジュールを変更したばかりの時期でした。

発表したスケジュールを維持し、運航を安定化させるためにも船舶を十分確保して稼働させる必要があったのです。

たとえば、この時期、ジェミニコーポレーションに属する2社はアジア域内航路で運航する船腹量を大きく増やしました。

喜望峰への迂回に加え、このような事情も船腹への需要を高める要因となりました。

しかし、コンテナ運賃は2024年7月以降は基本的に下落傾向が続いています。

その後、2025年3月から5月初めにかけて安定し、さらに上昇に転じたものの、6月上旬以降はふたたび下落傾向に戻っています。

■過剰な供給が招いた運賃の下落局面

2025年に入ってから、コンテナ運賃は半額近くまで下がりました。

運賃下落の背景には船腹量の増加率が輸送量の増加率を上回り、需給が緩んでいることが挙げられます。

5月の運賃上昇は2025年5月12日の米中関税合意ののち、追加関税の影響で停滞していた米国向け貨物輸送の予約(ブッキング)が急増したことが理由でした。

輸送需要の増加に対応するため、欧州航路などほかの航路へ使っていた船が北米航路へ転配された結果、北米航路以外の運賃上昇にもつながりました。

しかし米国向け貨物輸送量は想定より伸びず、さらに急速な船腹増加を受けて運賃はふたたび下落に転じたのです。

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松田 琢磨(まつだ・たくま)
神奈川大学経済学部教授
筑波大学第三学群社会工学類卒業、東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(学術)(東京工業大学)。(公財)日本海事センター主任研究員、拓殖大学商学部教授を経て、2025年4月より現職。専門分野は海運経済学、物流(国際・国内)。コンテナ輸送市場と業界の動向に関して調査・研究を進めている。共著書として『新国際物流論 基礎からDXまで』(平田燕奈・渡部大輔との共著、晃洋書房)、『日の丸コンテナ会社ONEはなぜ成功したのか?』(幡野武彦との共著、日経BP)がある。
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(神奈川大学経済学部教授 松田 琢磨)