『ばけばけ』写真提供=NHK

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 3月27日に本編最終回を迎えた連続テレビ小説『ばけばけ』(NHK総合)は、3月30日から4夜連続・2作品が放送されたスピンオフドラマをもって、すべての物語が完結した。

参考:『ばけばけ』スピンオフが映し出した“もうひとつの人生” サワとウメが補完したトキの物語

 本作は小泉セツと、その夫で作家の小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)をモデルとしているが、「偉人とそれを支えた妻」という夫婦の成功譚ではなかった。あくまでもトキ(髙石あかり)とヘブン(トミー・バストウ)の「他愛もない、スバラシな毎日」が主軸であり、それが第1回から最終回まで首尾一貫していた。

 また、トキとヘブンを取り囲む混迷の明治時代に生きた市井の人々の日常を、令和のドラマとして可能な限り、ありのまま描いていた。

 朝ドラ史65年・全114作の中で、江戸時代末期に生まれ明治前半に娘時代を過ごした女性をヒロインに据えた作品は少ない。『ばけばけ』以前の朝ドラでは『ハイカラさん』(1982年度前期)と『あさが来た』(2015年度後期)がそれに当たるが、いずれも裕福な家に生まれたヒロインが実業家として成功する話。御一新の世をうまく乗りこなした側のサクセスストーリーだ。

 『ばけばけ』は、「じゃないほう」の物語だ。「時代に取り残された側」にスポットを当て、そこに立ち尽くしたままの人たちの、とまどいとやるせなさが物語の出発点だった。放送前に流れた予告映像で、トキの幼なじみ・サワ(円井わん)が言う「嫌になるがねえ。ここからの眺め」という台詞。これが物語前半を覆う「うらめしさ」を見事に言い表していた。

 ヒロインが「時代や社会にあらがわず、流れに身をまかせて生きてきたら、ここにたどり着いた」という帰結も、近年の朝ドラでは珍しかった。だが実際、明治の時代に「戦える術」を持った女性などほんの一握りであり、トキのような女性が大多数だったのだ。

 今の世の中とは比べ物にならないほど制約が多く、選択肢も少なかった時代。『ばけばけ』には、さまざまな階層と背景の女性たちの「こう生きるしかなかった」姿、しかしそんな中でもできうる限りの選択をしながら、ひたむきに生きた女性たちの姿が刻まれていた。

 スピンオフドラマの1本目「オサワ、スイーッチョン。」の主人公となったサワ。彼女の造形について制作統括の橋爪國臣氏はこう語っていた(※)。

「サワはきっと、『もう一人のトキ』なのだと思います。サワにも、トキと同じような道のりがあったかもしれないし、トキにも、サワのような人生があり得た」

 トキと同じく没落士族の家の娘で、「橋の北側」から「橋の南側」の同じ長屋に移り住んだサワは、トキの「if」として描かれた。「なんとしても自分の力でこの長屋を出てやる」。その一心で生きてきたサワは、正規教員資格試験のため猛勉強中に庄田(濱正悟)からプロポーズされたが、断った。そしてサワは「うちはトキにはなれん。シンデレラにはなれん」と、トキの胸で泣くのだった。

 その後サワは晴れて正規教員試験に合格。長屋から出て「橋の北側」に移り住んでから、再び庄田のプロポーズを受けて結婚した。男性に依存することなく自らの手で道を切り拓き、結婚相手を「共に人生を歩むパートナー」として捉えるサワは、トキよりも「朝ドラヒロイン」っぽいと言えるのかもしれない。

「おなごが生きていくには、身を売るか、男と一緒になるしかないんだけんね」

 長屋のすぐ隣の遊郭で働くなみ(さとうほなみ)が、トキとサワに向けて言ったこの台詞が、当時の女性の苦難と選択肢の少なさを痛いほどに象徴している。

 幼き日のトキ(幼少期:福地美晴)の前を追手から逃げる少女が通り過ぎ、やがて取り押さえられ、「橋の向こう側」に連れられていった。貧村から遊郭に売られてきたばかりのなみだった。第3回のこのシーンは、『ばけばけ』が描かんとする「明治の世の光と闇」と、その間のグラデーションを予感させた。

 父・司之介(岡部たかし)が商いの失敗から多額の借金を抱え、物心ついたときから働き詰めだったトキ。銀二郎(寛一郎)を婿に迎えるも、あまりの貧窮から結婚生活は破綻。その後、実母・タエ(北川景子)が物乞いをするまでに零落してしまったと知り、トキはラシャメンになる覚悟でヘブンの女中になることを決めた。

 物語序盤で、トキは不幸のどん底にいるかのように見えた。しかし長屋のすぐそばの遊郭で働くなみは、もっと絶望的な立場だったのだ。このドラマは「苦しい立場にいるように見える人よりも、もっと苦しい人がいる」「一見幸せそうに見える人でも、表からは見えない苦しみを人知れず抱えている」という真理を常に描き続けてきた。

 松野家に比べれば借金の額は少なく、長屋住まいにはなったもののサワを学校に通わせるお金はあった野津家。サワは、代用教員ではあるが、念願だった小学校の教師の職に就くこともできた。それでも、トキがヘブンと結婚して「シンデレラ」となれば、嫉妬の感情を抑えることができない。

 武士の名家に生まれ、御一新の世でも商いで成功し「勝ち組」となる傳(堤真一)に嫁いだタエ。自らの手で襖すら開けたことがなかった彼女は、その「お姫様体質」ゆえに、零落後は物乞いになるよりほか生きていく術がなかった。

 かつてヘブンに想いを寄せていたリヨ(北香那)は都知事の娘として何不自由なく育ち、留学まで経験し、自由奔放に生きて何の悩みもないかのように見えた。けれど、喉から手が出るほどに欲しいと願った「ヘブンの心」は手に入らなかった。

 ヘブンの同僚・ロバート(ジョー・トレメイン)の妻・ラン(蓮佛美沙子)は英語が堪能で西洋の作法も完璧に会得し、夫と対等に議論ができる自立した女性。トキは彼女に羨望の眼差しを向けていた。しかしランの本音に耳を傾けてみれば、ロバートと生涯を添い遂げられる保証はなく、ランの運命はすべて夫の動向しだいという、寄る辺なき身の上であることがわかる。

 トキの母・フミ(池脇千鶴)は、出雲大社の上官の家の出だが、松野家に嫁いでからは苦労が絶えなかった。司之介との間に子を授かることができず、雨清水家からトキを養子にもらった。「なんとしても松野家を存続させねばならない」という勘右衛門(小日向文世)の「家制度」への執着に苦しめられたのは、実はトキよりも司之介よりも、フミだったように思う。

 トキの産みの母ではないという負い目。実母であるタエに時おり抱く対抗心と嫉妬心が入り混じった感情。トキを育てたのは自分であるという、譲れない意地。それらを台詞以外の芝居で、池脇千鶴が見事に表現していた。しかし、さまざまな家族の紆余曲折を経て、ゆっくりと時間をかけて、フミは「家」の呪縛から少しずつ解き放たれていく。

 物語終盤で、トキとヘブンと息子の勘太は共に雨清水の籍に入ることになる。その背中を押したのがフミであった。トキの口から「松野だろうが雨清水だろうが、父上が父上で、母上が母上なのは、変わらん」という言葉が放たれたとき、長年フミの中にあった「うらめしさ」がやっと昇華された。

 『ばけばけ』の物語の中で明治の世を生きた女性たちは、それぞれが七転び八起きしながら、少しずつ自分で選択をして、ゆっくりと「ばけ」ていった。

 サワは、互いに自立したパートナーという、理想の結婚にたどり着いた。なみは、自分を身請けしてくれて、心から愛してくれる夫にめぐり合った。

 スピンオフの2本目「オウメサン、オカミ、シマス。」で主人公となったウメ(野内まる)にとって、花田旅館の仲居として働き続けることが、彼女が決めた生き甲斐であり「幸せのかたち」だった。序盤で錦織(吉沢亮)からヘブンの女中にならないかと打診されたときも、即答で断っていたウメ。きっとその頃から彼女の軸はブレていないのだろう。

 「その後」が描かれなかったリヨやランも、自分で選択をして、自分だけの「他愛もない、スバラシな毎日」を見つけて幸せになっていることを願わずにはいられない。

参照※ https://www.lmaga.jp/news/2026/01/1017817/(文=佐野華英)