軽度認知障害を公表した山本學89歳「運動、睡眠、食事…診断を受けた日から〈認知症を進行させない〉を常にイメージした生活を実践中」
ドラマ『白い巨塔』や舞台『放浪記』など、数々の名作に出演してきた俳優の山本學さんは、今年89歳。4年前に軽度認知障害(MCI)と診断されてから、生活習慣の改善や運動療法に取り組んできたといいます。18年前に妻を亡くして以来、一人暮らし。生活には、どのような変化があったのでしょうか。(構成:菊池亜希子 撮影:宮崎貢司)
【写真】いつも「脳に繋がれ」と心の中でつぶやきながら運動しているという山本さん
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<前編よりつづく>
眠たくなる瞬間を逃さない工夫
クリニックの座学で、十分な睡眠が認知症対策になることを知りました。アルツハイマー型認知症は「アミロイドβ」というたんぱく質が脳内に溜まって神経細胞を死滅させ、脳が萎縮することで引き起こされるのだとか。
このアミロイドβは加齢とともに蓄積されるものの、睡眠時に脳脊髄液の流れに乗って脳の外に排出されるそうで、熟睡が大事なんですね。ところが年をとると、なかなか寝つけなくなるし、細切れに起きてしまうようになる。
僕自身、夜中に目が覚めて、そこから眠れないのが悩みです。かつ、前立腺がんの影響もあり、数時間おきにトイレに起きる。かといって睡眠薬に頼ると、日中にボーッとしてしまい、セリフ覚えが悪くなるので使いたくない。
試行錯誤していますが、今は早めに布団に入ることで落ち着いています。夕飯を夕方6時までに済ませ、本を読んだりテレビを観たりしていると軽い睡魔に襲われる。そのままソファでウトウトすると夜に眠れなくなるので、すかさず歯磨きだけして、サッと布団に入って眠ってしまうのです。
ただ、夜中の1〜2時には必ずトイレで目が覚めて、そこから眠れなくなる。それなら起きてしまおう! と、読書や執筆の時間にあてています。
すると明け方には疲れてきて眠くなるので、1時間ほど仮眠してから1日が始まるのです。一応、トータルで6〜7時間は眠れています。
食生活は、70歳までは三食が肉食でした。朝は馬刺し、昼は鹿の生肉かソテー。夜は牛肉のほかに野菜、根菜、豆腐、納豆。週一日は魚づくしと、たんぱく質中心の贅沢な食事でした。俳優は肉体労働者なのです。
80歳で胃がんを発症してからは、野菜を中心に、魚介類、鶏、卵の食生活へ転換したところ体重が急激に12kg減少し、骨、皮、筋右衛門の老人に変化。
朝食はオートミール、くるみ粉の牛乳仕立て。生野菜、3分のゆで卵、ゆでブロッコリーの大根おろし乗せは、オリーブオイルと醤油で味つけしています。そしてヨーグルトです。
やもめ暮らしには、朝を定食に決めると炊事、買い物の労力が半減することを知り、定番になりました。

「認知症対策はいろいろ提唱されていますが、大事なのは、数ある対策の中から自分に合う方法を見つけて、ゆっくりでいいからそれに専心することです」
部屋の様子がバロメーター
診断を受けた日から、僕は「認知症を進行させない」「認知機能への下り坂を緩やかにする」を常にイメージしながら過ごしています。
認知症対策はいろいろ提唱されていますが、大事なのは、数ある対策の中から自分に合う方法を見つけて、ゆっくりでいいからそれに専心することです。
89歳の今は以前のようにキビキビとは動けなくて、すべてがゆっくり。でもね、そんな日々の中でこそ思うのです。何をするにせよ、漫然とではなく、やり始めたら最後まできちんとやり通すことが大切なのだと。
たとえば料理も、若いころは3品同時進行で作ったりしていましたが、今そんなことをしたら、鍋焦がしの連続になります。今は、一品を丁寧に作って、その後、もう一品、作るんです。
体操も同じで、一つひとつを突き詰めて、じっくり向き合い、時間をかけて最後までやり通す。それが老人生活の極意です。
僕の場合、部屋の散らかり具合がある種のバロメーターになっています。仕事が続くと掃除に手が回らず部屋が散らかる。そんなとき、クリニックの体操の回数を増やすと、いつの間にか、乱雑な部屋を片づけているのです。偶然に気づいた現象なので、目下、体操と掃除の関係を考察しています。
高齢期に差しかかると、固有名詞が咄嗟に出なかったり、話の途中で言い淀んだりすることが増えてくる。これらは誰にでも訪れる「老化現象」。
老化と認知症の境はわからないけれど、たとえば物忘れで失敗する回数や、何かおかしいと感じる頻度が顕著に増えていると思ったら、一度、認知症の検査を受診することをおすすめします。
まずはかかりつけ医でかまわない。軽度認知障害の場合、対策を早く始めることが大切です。
思えば、近年僕は、照ノ富士、武豊、大谷翔平に憧れていました。彼らの活躍のもとは、想像を超えたトレーニングにより積み重ねられた、膨大な時間にあります。彼らは生活の半分以上の時間を練習にあてている。いってみれば寸分の遊びのない生活をしています。その過酷さに尊敬の念が生まれるのです。
記憶には2系統あると言われています。1つは、脳細胞が海馬を経由して、知識・出来事を記憶するもの。もう1つは大脳基底核とよばれる細胞を経由して、1万時間の繰り返しにより習得する筋肉の記憶。これはたとえば歩き方や箸の持ち方など、行為に必要な運動のスキルに関係する、乱暴な言い方をすれば運動による条件反射の習得です。
認知症患者は、筋肉の記憶によって毎日の動作をスムーズに行うことが重要視されている。僕の経験が将来の治療薬の出現に少しでも役立てば幸いです。
僕は舞台出身の俳優。一幕目が開き、二幕目に長い休憩があり、三幕目に終幕を迎えます。どんな芝居でも、終幕の塩梅(あんばい)がその芝居の価値を決めるものです。この稿の塩梅がどうか案じながら終わります。
