『風、薫る』見上愛の演技は“強さと迷い”を両立させる 一ノ瀬りん役はキャリアの象徴に
3月30日にNHK連続テレビ小説『風、薫る』の放送がスタートした。本作は医療の世界に新たな風を吹かすトレインドナース(正規に訓練された看護師)として、“看護師”という職業の確立に大きく貢献した大関和と鈴木雅をモチーフにした女性バディの物語。前作の『ばけばけ』と同じく、文明開花が急速に進む明治の時代が舞台となっているが、映し出される絵はガラッと変わるだろう。
参考:『風、薫る』第2話、りん(見上愛)や虎太郎(小林虎之介)の暮らす村で異変が起きる
W主演を務めるのは、映画『国宝』(2025年)で第49回日本アカデミー賞の新人俳優賞を受賞した見上愛と、日曜劇場『御上先生』(2025年/TBS系)や夜ドラ『いつか、無重力の宙で』(2025年/NHK総合)の好演が記憶に新しい上坂樹里。見上は若くしてシングルマザーとなる元家老の娘・一ノ瀬りんを、上坂は孤児として教会で育った大家直美を演じる。2人ともに朝ドラ初出演でW主演を飾る、フレッシュなキャスティングとなっている。
特に見上は製作陣からのオファーで主演に抜てき。本作の制作統括を務める松園武大は「大河ドラマ『光る君へ』で藤原道長の娘・彰子を演じていただき、その表現力と存在感、そしてチャーミングな人柄に惹かれて、今回オファーしました」(※1)とコメントしているように、NHKドラマでの印象的な活躍が、本作への出演へと繋がった。
実際、ミステリアスな女性から等身大の恋心を秘めたキャラクターなど、多様な役柄を務めてきた見上にとって、藤原道長(柄本佑)の長女・彰子を演じた大河ドラマ『光る君へ』は、彼女の新境地を拓いたメモリアルな作品といえるだろう。初登場時は感情を表に出せない内気な少女だったのが、宮中に呼び寄せたまひろ(吉高由里子)との出会いがきっかけとなり、物憂げな表情に潜ませる凛とした強さを手に入れていく。第35回で一条天皇(塩野瑛久)に向かって涙ながらに自らの思いを伝えるシーンは、見上が彰子という人物像をじっくりと積み上げてきたからこそ、観ている人の胸を打つ感慨深い一幕となった。
近年は謎めいた魅力や凛とした強さだけでなく、内に秘めた迷いを感じさせる芝居も印象的だ。ドラマ『マイダイアリー』(2024年/ABCテレビ・テレビ朝日系)で演じた長谷川愛莉は恋愛感情がわからず「好きってなんなんだろう?」と思い悩むキャラクターであり、1月3日に正月SPが放送された『119エマージェンシーコール』(2025年/フジテレビ系)で演じた新島紗良も、恋人や同僚との適切な距離感を掴めない不器用な部分を持っていた。一見、何があろうと自分の意見を曲げない強気な人物に見えるが、その実、心の内に脆さを隠している役柄を絶妙な塩梅で演じられるのも見上の強みだ。
彼女は自身が『風、薫る』で演じるりんのことを「すごくまっすぐで優しく、それでいて少しうかつなところもある、とても愛らしい女性です」(※2)と答えている。見上の言葉通り、第1話の放送で登場したりんは、のほほんとした語り口のなかでも、素直な疑問を見て見ぬふりしない静かな意思の強さを感じさせた。
家老の家柄を重んじる母親の美津(水野美紀)から「すごろくなど何の役にも立たぬではありませんか」告げられたときは、薙刀の稽古に打ち込んでいる最中でも「母上、薙刀も今はもう役に立たんのではありませんか」と率直な疑問をぶつける。さらに、父親の信右衛門(北村一輝)に仕えていた元陪臣の中村(小林隆)にも直接、なぜ父が武士を辞めて農家になったのかを問いかけていた。所々でおっちょこちょいな一面は垣間見えるものの、彼女のまっすぐな思いが一連のシーンからはほのかに感じられる。
また、見上はクランクインするまでに8カ月の期間で所作や、薙刀・書道の稽古に励んだという。父親とともに畑を耕す姿はすっかり農家の娘に見えるが、一つひとつの所作にはどこか武士の娘としての気品を感じさせる。相反するイメージを役柄に取り込み、表現するバランス感覚が長けているのだろう。
栃木の那須で穏やかな生活を送っていたりん。しかし、第1話のラストで幼なじみの虎太郎(小林虎之介)から、村で「コロリ(伝染病のコレラ)が出たって」と告げられる。これからりんに待ち受ける困難を暗示するかのように、頬をなでるような爽やかな風のそよぎは、最後に不穏な木々のざわめきへと音を変えた。それでも、彼女は初回でりんとは対照的に描かれた直美と出会い、2人ともに看護の世界へと足を踏み入れることになる。激動の時代を生きる女性バディの歩みと成長を、これから緩やかに見守っていきたい。
参照※1. https://www.nhk.jp/g/ts/XWRG4KR6Z2/blog/bl/pzA9jOD69z/bp/p7K64V394G/※2. https://realsound.jp/movie/2026/03/post-2348983.html(文=ばやし)
