「愛着障害は親のせい」とは限りません! 第一人者が明らかにした「診断基準」「通説」のとんでもない間違い
「暴言、暴力をくりかえす」「構うと要求がエスカレート」「注意すると逆ギレ」「褒めたのに怒る」そんな手ごわい“不適切行動”をする子が激増している。その原因が「愛着障害」にあることをいち早く指摘したのが、米澤好史氏だった。わかりにくい「愛着」の概念から、独自の愛着障害論、そして効果的な支援の方法まで、渾身の力で書き切った新刊『愛着障害スペクトラム こどもの気持ち&支援スキル大全』より見どころを抜粋して紹介する。
精神医学界などにおける愛着障害の捉え方の問題点
精神医学界における愛着障害の捉え方には多くの問題点を指摘できます。
本文で述べたとおり、『DSM-5-TR』では脱抑制型対人交流症(DSED)と反応性アタッチメント症(RAD)の2つが「心的外傷およびストレス因関連症群」の診断として位置づけられており、世界保健機構の「ICD-11」も同様の分類を採用しています。
この分類の仕方には2つの問題点があります。
ひとつは、愛着障害を心的外傷、すなわちトラウマの下位分類にしてしまったことです。愛着障害はあまりにも狭く捉えられていると私は思いますが、それが克服されていないところが難点です。トラウマの捉え方は拡大される傾向にあります。ICD-11で診断基準に加わった複雑性PTSDような「複雑性トラウマ障害」や、「発達性トラウマ障害」のような新しい考え方が取り入れられるようになってきました。また、近年は表面化しにくい心理的虐待が増えていますが、日々小さなこころの傷を積み重ねてしまった場合も、大きなトラウマにつながることが知られるようになってきています。
以上のように、トラウマの概念が拡張されているわりに、虐待などによるトラウマが生じていないケースは「愛着障害」の診断がなかなか出ないため、相変わらず適切な支援に至る道は妨げられています。
もうひとつの問題点は日本語版における呼称です。「障害」ではなく「症」としたこの訳語は、『DSM-5-TR』の日本語版を制作する過程で日本精神神経学会が決めたものですが、アタッチメント理論寄りの不適切な訳語を使ったことが気にかかります。
以前は、反応性愛着障害には「脱抑制型愛着障害」と「抑制型愛着障害」があるという捉え方でした。外にあらわれる特徴は正反対でも、同じひとつの愛着障害という範疇に入ることは意識されていたのです。それら2つが、なぜ、別々の疾患であるかのように分類されてしまったのか。脱抑制タイプは抑制タイプとは正反対に見える特徴を持つため、愛着障害として意識できない専門家が多くなってしまったからでしょう。愛着障害を限定的に捉えようとする偏見が、いまだに根強く残っていると言わざるを得ません。
最近では適切な支援を行うのが難しい脱抑制タイプを、先天的な障害として位置づけようとする考え方まで出てきています。実際のところは的を射た支援ができない専門家が多く、そのせいで支援がことさら困難に見えているだけにすぎないのですが、愛着障害がさらに曲解されていくのではないかとの危惧を禁じ得ません。
DSED =Disinhibited Social Engagement Disorder
RAD = Reactive Attachment Disorder
愛着と愛着障害をめぐる「よくある10の誤解」
ここで愛着と、愛着障害についてよくある誤解を整理し、その誤りを解説します。
「愛着障害は親のせいである」などの誤解が専門家の間にも根強く残っているため、私は講演や執筆原稿(書籍を含む)では、まずその誤解を解くところから始めることにしています。またコンサルティングに入った支援の現場においても、こどもが愛着障害であるか否かはいったん伏せて支援を始めます。「親のせいだから治らない」といった、誤解に基づいた判断を現場の方々にしてほしくないからです。
■愛着をめぐる誤解
・生まれつき愛着障害のこどもは、どんなかかわりをしても治せない。
・乳幼児期までに愛着形成していないと、大きくなってからでは愛着形成や愛着修復することはできない。
愛着障害は他者との関係のなかで起こる後天的な問題であり、「生まれつき愛着障害のこども」はいません。
後者の、「大きくなってからでは愛着形成や愛着修復できない」というのは、「愛着形成には臨界期・敏感期がある」とする考え方からきています。動物行動学における愛着形成には臨界期があるのは事実(インプリンティング)ですが、それを直接人のこころにあてはめることはできません。
人のこころは柔軟で、常に変化する可能性を秘めています。適切な支援さえ行えば、こどものみならず大人も愛着障害から回復できることを私は数々のケースで証明し、書名にまで掲げて主張しました(『愛着障害は何歳からでも必ず修復できる』合同出版)。
適切な支援方法を確立できていなかったために、支援を受ける側が年齢を重ねるなかで何度も負の感情体験をくり返し、結果、支援を受け付けない「こころの壁」をつくってしまった、という背景もあると思われます。
「こころの壁」に直面した支援者が、方法に不備があるだけではなく、〈大きくなる(つまり成長する)ほどかかわるのが難しくなる〉と感じてしまい、そこから「愛着修復することはできない」という誤解が生まれたのです。
■愛着形成をめぐる誤解
・愛着形成できるのは親子の間でだけであり、それ以外の人が愛着形成すると親子関係に悪影響を与えるので、愛着障害が判明したら親が頑張るしかない。
・親以外の人が愛着形成するとその人がいないと何もできないこどもになるので、集団のなかで自然といろいろなこどもや人とかかわる機会を持たせればいい。
愛着の絆は、まず「特定のひとり」と結ばれる必要があり、いったん結ばれるとあとは他の人へも広がっていきます。最初のひとりには誰がなってもよく、親だけが抱え込む必要はありません。
愛着障害のこどもを集団にいきなり入れても、多くの人とその場限りのかかわりが生じるだけです。感情の発達が未熟なので、本人は自分の感情やそのコントロールについてほとんど学べず、よい人間関係を構築する力も身につきません。人間関係をつくる基盤である愛着の絆ができていませんから、むしろ人間関係のトラブルが多発するだけになるのです。
家庭環境が子どものこころに影響するとは限らない
■愛着障害をめぐる誤解
・愛着障害は、親の養育を受けられず施設で育つこどもや、虐待など不適切なかかわりをされた特別な場合でだけ起こる障害である。
・親は自分が自分の親に育てられたようにしかこどもを育てられないため、虐待や愛着障害の世代間伝達が必ず起こる。
・母親が就労していたり、両親がそろっていなかったり、家庭が貧困であると愛着障害になりやすい。
何らかの理由で親など養育者のかかわりがなくなってしまった状態を「母性剝奪」と呼びます。かかわりがまったくない状態だと、愛着は形成されません。しかし、たとえ親が愛情をもって接しても、それがこどもにうまく届かず、愛着の問題が起こることがあります。
ひとり親であることや貧困などの環境は確かにこどもの生活に何らかの影響を与えるかもしれませんが、こどものこころにダイレクトに影響するわけではありません。
ひとり親家庭で、貧困家庭で、あるいは里子として、幸せに、あるいは健全に育ったこどももたくさんいますので、そのような常識的感覚に照らすだけでも、これらはすべて誤りであるとわかるでしょう。
福祉施設などで育ったこどもについても、同じことが言えます。かつては病院や児童養護施設などでの生活が続くと、それが原因で愛着形成が阻害され、発達に遅れが出やすくなると考えられていましたが(これが「ホスピタリズムhospitalism =施設病」です)、これは偏見に満ちた誤りです。
■愛着障害の支援をめぐる誤解
・こどもの気持ちをいつも問い、話をしっかり聴けば愛着障害を治せる。
・こどもが不適切な行動をしたときはしっかり注意、叱ればよい。
・こどもの探索心を育み、発達を促すには、こどもを取り巻く環境を豊かにする環境支援をすればよい。
感情の発達が未熟な愛着障害のこどもに感情を問うたり叱ったりしても反省にはつながらず、こどもの内面にネガティブな感情を引き起こすだけとなってしまうため、問題はかえって深刻化します。また、環境を豊かにするだけではだめで、絆を結ぶ最初のひとり、すなわち愛着対象となるキーパーソンの役割を担う人物が必要です。
