禁輸で生ハム「入手困難」に…? 脚光を浴びる国産生ハム、「美味しくない」という誤解
禁輸で脚光を浴びる「国産生ハム」
アフリカ豚熱の発生によりイタリアの生ハムに続き、スペインの生ハム「ハモン・セラーノ」も禁輸になった。欧州の二大生ハムの輸入が禁止されたことで国産が脚光を浴びている。そのひとつが、中島弘晶さんが群馬県みどり市で作っている生ハムだ。「リストランテアクアパッツア」(港区)など、各地のリストランテやオステリア、バールなどで中島さんの生ハムが贔屓にされている。
なぜ多くのシェフが中島さんの生ハムに魅了されるのか。それは中島さんがイタリアで継承されてきた伝統的な製法を踏襲しているからだ。中島さんの生ハムを紹介する前に、イタリアの生ハムがどのように作られているか説明させていただく。
21年前、イタリアはパルマの「プロシュット」と「クラテッロ」の生産者を取材したことがある。豚もも肉に塩をもみ込み、熟成させたものがプロシュットだ。塩をした豚の尻肉を豚の膀胱に詰めて熟成させたものがクラテッロ。私が取材した前者はサン・ニコラ社、後者は漫画『美味しんぼ』に登場したことでも知られるマッシモ・スピガーリさん。
共にパルマが誇る熟成生ハムだが、おもしろいことに、作られている環境がまったく異なる。サン・ニコラ社は海抜600mの州立公園内にある工場で、山間を吹き抜ける風で生ハムにカビがつかないように乾燥させつつ、熟成させていた。マッシモさんのクラテッロは、パルマ北部を流れるポー川流域の湿った風が流れ込む地下室でカビを利用して熟成させていた。真逆な環境とはいえ、豚肉と塩で作ることだけは共通している。共に時間をかけてゆっくりと熟成させることで、しっとりとした味わいの生ハムに仕上げていた。
群馬県のからっ風から生まれた「生ハム」
中島さんの工房は「上州空風ハム」という。空風と書いて「からっかぜ」と読む。群馬県には、「かかあ天下とからっ風」という言葉がある。冬になると、群馬県のど真ん中に鎮座する赤城山(標高1,827m)から冷たい北風が吹きつける。この山風を群馬県人はむかしからからっ風と呼んできた。中島さんは2021年12月に工房を構えて以来、からっ風が吹きすさぶ11月から2月上旬までの間、ひとりで黙々と生ハムを仕込んでいる。
工房には、豚もも肉を塩漬けにする作業室や熟成室があった。熟成室では約250本の生ハムを乾燥・熟成させているという。その他、出荷直前の生ハムを保管する貯蔵室や、生ハムをスライスしたりパッキングする部屋などもあった。
「豚は、群馬県太田市にある加藤畜産の『くちどけ加藤ポーク(以下、加藤ポーク)』のもも肉を使っています」
加藤ポークは名だたる料理人が使っていることで知られる、群馬のブランド豚だ。パイナップル、パン粉、ビスケットの他、アーモンドなどのナッツ類をブレンドした配合飼料を与えることで甘味を含んだ肉になる。
中島さんが加藤畜産を選んだのは、加藤ポークがブランド豚だったからではない。もちろんおいしいから使っているわけだが、偶然の出会いだった。イタリア料理人だった中島さんが生ハムを作ろうと思ったのもある意味、めぐり逢いだった。
ピエモンテのレストランで覚えた驚き
パルマでプロシュット作りを学んだ人もいるが、中島さんが修業したのはパルマではない。生ハム職人、中島さんのプロフィールを紹介しよう。
料理人だった中島さんは、30歳のときイタリアに渡った。トスカーナ州のレストランの厨房で半年働いた後、ピエモンテ州のレストランに移った。そのレストランでは、冬になると屠殺されたばかりの豚を1頭仕入れた。それをシェフや中島さんのようなコックが切り分けて、1年分のプロシュットやサラミなどを仕込んだ。
イタリア文化研究家の田之倉稔によれば、「イタリアのある地方では、ブタを殺したとき、『ブタができあがった』」というそうだ。「ブタは死して後、存在機能を発揮する」とも田之倉は記している(田之倉稔著『美食の迷宮 イタリア縦断讃味紀行』)。
豚肉を生ハムやサラミなどの保存食に加工する文化は、古代ローマ人が作り出したものだ。中島さんは、イタリアで綿々と受け継がれてきた食文化をピエモンテのレストランで目の当たりにした。
「レストランに届いた豚は、まだ温かくて湯気が立っていました」
8年間イタリア料理を修業してきたが、「命を身近に感じ、食肉加工品作りに興味を覚えた」中島さんは、「食肉加工職人になろう」と思った。ピエモンテのレストランで半年働き帰国。
「豚の飼育現場を見たい」と考え、養豚場で働くことにした。たまたまアルバイトを募集をしていたのが加藤畜産だった。半年間、豚舎の掃除なども経験した上で、塩だけで生ハムを作る神奈川県藤沢の「NORMA」で3年修業。38歳のとき工房を構えた。
仕込みは冬限定、空調は使わない
パルマのプロシュットは、豚の後ろ脚しか使わないという話を聞いたことがある。中島さんも加藤ポークの後ろ脚を使っている。豚もも肉を整形し、余分な骨を取り除いた後、塩漬けにする。塩抜き後、乾燥を防ぐために米粉を混ぜたラードを塗り、熟成室で14か月以上寝かせる。
時間をかけて熟成させた生ハムをスライサーで薄く切ったものをパッキングし、ラベルを貼る。太って健康そうな豚と赤城山が描かれたラベルには、生ハム職人の想いやプライドが込められている。先述したように、仕込みはからっ風が吹く11月から2月上旬まで。なぜ冬限定なのか。「群馬の気候風土で熟成させたい」と思っているからだ。
その証拠に、パッキングを行なう部屋や貯蔵室などには空調があったが、塩漬けを行なう作業室と熟成室には換気扇こそあったものの、空調がなかった。
「空調があれば通年仕込めるかもしれません。でも、それだと味に特徴が出せないし、どこで作っても同じ味になりそうな気がするので空調は付けません」
からっ風が吹く冬の室温は0℃から5℃。取材日(2月下旬)の室温は7℃、空調がある部屋は17℃だった。
「年間を通して群馬の気候風土で熟成させることでおいしい生ハムを手掛けています」
保存料、添加物はいっさいなし
16か月熟成させた生ハムをスライスしてもらった。これまで何度も食べてきたイタリアのプロシュットと同じ芳醇な熟成香がした。塩味だけでなく、甘味もあり、しっとりとしていた。
中島さんは、イタリアで覚えたグアンチャーレやサラミなども加藤ポークで作っている。グアンチャーレは、塩漬けにした豚の頬肉を熟成させたものだ。サラミは加藤ポークの挽き肉を牛腸に詰め、熟成させて仕上げる。
サラミは挽き肉で作ることから雑菌が繁殖しやすいという理由で、イタリアでも保存料などの添加物を使う。ところが、中島さんは保存料などの化学的な添加物はいっさい使わず、塩やハーブ、山椒などだけでサラミを作っている。
「サラミも生ハムも含め、全種類を検査機関に送り、検査してもらっています」
からっ風が吹く工房で熟成させたイタリア仕込みの食肉加工品は、おいしいだけでなく、安心安全も担保しているのである。
「国産ラックスハム」との味わいの違い
上州空風ハムの取材後、地元八千代のスーパーを覗いたらスペイン産生ハム、フランス産生ハム、国産生ハムが並んでいた。原材料を見ると、フランス産は豚もも肉と塩と記載されている。スペイン産は塩の他、発色剤、酸化防止剤、甘味料を使用。国産は塩、還元水あめ、ぶどう糖、調味料(アミノ酸)、酸味料、酸化防止剤、発色剤を使っている。しかも国産は「生ハムロース」という表記の他、「ラックスハム」という記載もある。
塩漬けにした豚肉を熟成させたものが生ハムだと思ってきた。ところが、還元水あめやぶどう糖、アミノ酸も使う生ハムと称する国産生ハムロースは、熟成香もしなければ、塩味も薄い。イタリアやスペインの伝統的な生ハムとはまた別物になっている。
イタリア文化研究家の田之倉は書いている。「歴史的バックグラウンドの欠ける日本が、なぜこれら(筆者注/生ハムやサラミ)を輸入しないで、化学的方法を駆使して模倣しようとしているのか。ヨーロッパの人ならずとも理解に苦しむ」(田之倉稔著『美食の迷宮 イタリア縦断讃味紀行』)。
田之倉が同書(文庫本)を上梓したのは、プロシュットが輸入解禁される前年の1995年。あれから30年以上が経ち、再び生ハムの輸入が危機的な状況に差しかかっている。そんななか上州空風ハムのように、伝統的な製法で時間をかけて熟成させた国産生ハムが登場していることは大きな希望だろう。
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