「おトクなきっぷ」がどんどん減ってゆく… “青春18きっぷ改悪”から始まった鉄道旅クライシス
2026年3月14日、JR東日本はダイヤ改正を実施した。鉄道のダイヤ改正は毎月のように実施されているが、主に3月と9月は大幅に行われる。そのため、鉄道関係者や旅行・観光産業に従事する人たち、そのほか鉄道ファンの関心を強く集めてきた。
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春と秋のダイヤ改正は風物詩のような恒例行事だが、今春のダイヤ改正はいつもとは様相が異なる。なぜなら、今春のダイヤ改正でJR東日本は約40年ぶりに運賃を改定するからだ。
1987年に国鉄が分割民営化し、JR各社が発足。当時は鉄道需要が堅調だったことから運賃の値上げをする必要がなかった。その後、バブルが崩壊し、デフレが蔓延。こうした経済状況から、消費税率変更と2023年のバリアフリー料金導入を除いて、JR各社は運賃の値上げに踏み切ることができなかった。

しかし、昨今の資源価格や人件費の高騰などによって、運賃の値上げをせざるを得ない状況になっていた。こうした背景から、JR東日本は運賃の改定を断行した。
今回の運賃改定は、単なる値上げという話にとどまらない。これまで優遇されてきた山手線などの利用区間の特例を廃止する内容も盛り込まれている。
JR東日本が定める電車特定区間・山手線内の運賃は、旧国鉄時代の運行形態や競合する鉄道事業者と勘案して割安な運賃が設定されていた。こうした電車特定区間・山手線内の特例は廃止。これにより、同区間の運賃が大きく値上がりする。
それでも通勤・通学や買い物などの外出で鉄道を利用することが生活に組み込まれている大都市部では運賃値上げに起因する利用者の減少は小さいと目されている。
値上げ以上よりも心配なのは…“おトクなきっぷ”を取り巻く変化
こうした運賃の値上げ以上に利用者離れを起こしている要因とされているのは、JR各社が発売してきた“おトクなきっぷ”と称される特別企画乗車券を取り巻く環境の変化だ。
JR各社が発売する特別企画乗車券は多々あるが、その象徴的なアイテムとされる青春18きっぷ(18きっぷ)は、少子高齢化によって利用者が年を経るごとに減少してきた。
同きっぷは、「期間中の任意5日間、全国のJR全線で普通列車が乗り放題になる」という乗り鉄には欠かせないアイテムとして知られていた。もともと18きっぷは学生が長期休暇に売上を維持するための対策として考案・発売された経緯がある。その使い勝手のよさや安価な点から魔法のきっぷとも称され、実際に長期休暇を利用して旅に出る学生たちに重宝されてきた。
それでも18きっぷは年齢制限がないので、社会人でも鉄道をのんびり楽しむ18きっぷユーザーは珍しくなかった。団塊の世代が定年退職した昨今は、時間に余裕があるリタイヤした高齢者ユーザーが増えていた。
18きっぷの旅は鉄道旅の新しい魅力を再発見することにもつながる。それは新幹線が停車しない小さな都市が埋もれていた観光地としての魅力を発信して来街者を誘客する手段に活用されてきた。
時代とともに使いづらく
地方都市には福音をもたらしてきた18きっぷだったが、少しずつ売上は低迷していく。18きっぷが売上を減らしている理由をひとつに絞ることは難しいが、売上減の大きな要因として考えられるのは、時代とともに使いづらくなっていることだろう。
18きっぷは、1982年に“青春18のびのびきっぷ”として発売をスタート。当時は国鉄分割民営化前で、全国各地に線路が延びていた。そのため、18きっぷ一枚で移動できる範囲は広かった。
しかし、国鉄が分割民営化すると一部の路線や区間が第3セクターに移管されて18きっぷが使用できなくなる。
例えば、2002年には東北新幹線が岩手県の盛岡駅から青森県の八戸駅まで延伸。重複する東北本線の盛岡駅―八戸駅間は第3セクターのIGRいわて銀河鉄道や青い森鉄道の路線となった。同区間はJR線ではなくなったことで、18きっぷを使って乗車することが不可能になった。
そうしたJR線を取り巻く環境の変化もさることながら、18きっぷのルール変更も売上の減少に拍車をかけている。
それまで18きっぷは5枚綴りになっていたため、1人で5日間の鉄道を楽しむことができた。その一方で1枚ずつ切り離して、5人で別々の行程で鉄道旅行を楽しむこともできた。また、家族や職場の仲間で分けるといった活用もあった。こうした使い方は、主にライトユーザーに多かった。
1996年春から18きっぷは1枚の券になり、使用日ごとにスタンプを押してもらう方式へと改められた。同方式に切り替わっても5人で共同使用することはできたが、きっぷを所持していないと改札を出ることはできないので、5人が別行動する鉄道旅行はできなくなる。家族などで共有して使用することはできても、別々のルートで鉄道旅行を楽しんだり、それぞれが別の日に出かけるという利用が不可能になった。
それでも多くの18きっぷユーザーは一人で5日間を使い倒すので、あまり問題視されなかった。ところが2024年冬から大幅に使用ルールが変更され、これが18きっぷユーザーの不満を爆発させることになる。
“連続”の縛り
それまでの18きっぷは、使用期間のうち“任意の5日間”で使用できるというルールだった。これがルール変更によって、使用開始日から“連続した5日間”という厳しい制約がつけられた。
昨今、長期休暇中の学生でも5日間連続で鉄道旅行に出られる時間的な余裕はない。まして、5日間連続で休暇を取得できる社会人は限られる。リタイヤした高齢者でも5日間も家を留守にできないだろう。
新たに5日間連続という縛りを設けたことによって、弾き出される旅行者が出てしまうことは明らかだった。そうした18きっぷユーザーの救済措置として、新たに3日間用の18きっぷが発売される。同券も同じく3日間連続使用という縛りがあるため、使い勝手がいいとはいえない。
2024年冬からのルール変更は18きっぷユーザーだけではなく、在来線しか停車しない地方都市の観光関係者にも影響を及ぼすことになり、各方面から改悪と酷評された。
18きっぷよりコスパよし?の特別企画乗車券
18きっぷだけではなく、JR各社は自社管内で利用できる特別企画乗車券を多種類発売している。
JR北海道とJR東日本は2002年から特別企画乗車券「北海道&東日本パス」を発売してきた。同券はJR北海道とJR東日本、またJR東日本から第3セクターに移管された青い森鉄道・IGRいわて銀河鉄道および北越急行の範囲内の普通列車・快速列車が利用できる。
その一方、北海道新幹線の開業によって第3セクターに移管された道南いさりび鉄道は利用できない。18きっぷと比較してみると利用範囲は大幅に狭いが、「北海道&東日本パス」の使用期限は7日間もある。こちらも18きっぷと同様に7日間連続という制約があるものの、仮に7日間のうち2日間を放棄して列車に乗らずに現地を旅しても18きっぷよりコスパはいい。
筆者は2025年春に18きっぷを利用して西日本へ、2025年夏に北海道&東日本パスを使って青森県・岩手県・宮城県・福島県を旅して回った。東北各県は自動車を前提とした都市構造になっているので、東京の鉄道に慣れていると運転本数が極端に少なく、旅程を組むことに難儀する。
それでも東北本線や常磐線といった運転本数の多い幹線を中心に旅程を組めば、運転本数が少ないことはあまり気にならない。北海道&東日本パスと18きっぷを使い勝手や価格で判断すると、前者に軍配が上がるだろう。
鉄道旅行のクライシスが静かに進行
時代とともに18きっぷは縮んで使い勝手は悪くなっている。そのため、鉄道旅行を楽しみたい乗り鉄は、ほかの特別企画乗車券を駆使するといった代替手段を取らざるを得ない。
しかし、縮んでいるのは18きっぷばかりではない。ほかの特別企画乗車券に関しても、大々的に告知されていないだけで少しずつ廃止もしくはサービスを縮小させている。
2026年2月28日にはJR線とレンタカーを組み合わせて使用できる「レール&レンタカー」が終了した。同きっぷは1978年に販売を開始した「レール&ドライブ」から続くロングセラーの特別企画乗車券で、鉄道では行くことが難しかった秘境や秘湯に足を運ぶためのツールとして用いられていた。
このようにJRの特別企画乗車券は全体的に縮小する流れになっている。これは鉄道旅行や乗り鉄のクライシスが静かに進行していることを物語っている。
その影響は前述したように、鉄道事業者や利用者だけの話にとどまらない。観光客や来街者といった沿線外需要で維持してきたローカル線の経営をじわじわと蝕んでいく。鉄道旅行客という需要が消失すれば、地方都市の観光業と観光関連産業、ひいては地域経済に大きな打撃を与えることになる。
小川裕夫/フリーランスライター
デイリー新潮編集部
