WBC8強でもメディアが来ない “マイナー”な豪州野球の現実「高い給料がもらえるわけでも…」秘めた情熱とは
連載「ベースボールの現在地」 豪州野球の普及に務めるカナダ出身広報
「THE ANSWER」では、5日に開幕するワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に合わせて参加各国の野球を紹介する連載「ベースボールの現在地」を展開する。日本代表「侍ジャパン」と同じプールCのオーストラリア代表は前回大会で8強入り。五輪で銀メダルを獲得した実績もあるが、野球人気は高くない。さらなる野球普及を願って奮闘するカナダ出身の広報に、豪州野球の魅力を聞いた。(取材・文=THE ANSWER編集部・鉾久 真大)
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2月24日、東京・府中市民球場の記者席。豪州代表と警視庁野球部の練習試合を取材するために、日本の報道陣が少しずつ集まりつつあった。
「もう日本の記者が2人も。すでに豪州のどの球場よりも記者が多いですよ」
豪州代表の広報を務めるエリック・バルナー氏がふと呟いた。「残念ながら豪州メディアに野球担当の記者はいません。私が書いた記事を各社に提供しているんです」。12球団それぞれに各紙の番記者が配置される日本とは大きく違う。「豪州もクリケットならメディアで溢れかえるんですけどね」。国内リーグの記者席はいつもバルナー氏1人。野球はいわゆる“マイナースポーツ”だ。
メルボルンのあるビクトリア州ではオーストラリアンフットボール、シドニーやブリスベンではラグビーの熱が特に高く、地域を問わず幅広く愛されているのがクリケットだという。サッカーやバスケットボールなどが続き、野球はその下。WBCのような国際大会は、普段野球を見ない層にもアピールできる絶好の機会だ。
「メインメディアに取り上げられる数少ない機会の1つなので、この大会はとても重要なんです」
バルナー氏によると、初の8強入りを果たした3年前のWBC後、豪州の野球人口は2万9000人から3万4000人に増えた。「次のWBCの時には4万人に突入できれば嬉しいです」。日本は野球人口の減少が叫ばれているが、笹川スポーツ財団のデータでは20歳以上で297万人(2024年)、10代は174万人(2023年)が野球をプレーしている。豪州の約138倍だ。
豪州には毎年日本のプロ野球選手も派遣される冬季リーグABLがある。2024年のMLBドラフトで全体1位指名を受けたトラビス・バザーナ内野手、ホワイトソックスに所属するカーティス・ミード内野手など、米大リーグや傘下マイナーリーグでプレーする選手もいる。一方、他の仕事と兼業している選手も少なくない。
「トッド・バン・スティーンセルとサム・ホランドは野球のコーチ。ティム・ケネリーとローガン・ウェイドは消防士で、ロビー・パーキンスはデロイトでコンサルタントをしています。あのデロイトですよ? キーレン・ホールは電気技師。クーパー・モーガンは貿易の仕事をしています。フルタイムで働き、練習する。そして前回大会ではあの韓国に勝ったんです。アメージングでしょう?」
豪州野球の魅力「富や名声のためにプレーしてるんじゃない」
豪州野球の発展のために尽力するバルナー氏は実はカナダ出身。トロント近郊で生まれ育った大のブルージェイズファンだ。2014年、当時の彼女に付き添い豪州へ移住。「女の子のために来て、野球のために残っているんです」。アデレード・ジャイアンツの球団職員となり、中継の実況やライター業、運営からGM業まで幅広い仕事をこなしてきた。いまや豪州の国籍も取得している。
3年前のWBCから代表チームにも携わり、初来日を果たした。そこで日本の野球ファンの熱量に感銘を受け、翻訳機を使って日本語でも積極的に発信するように。着実に豪州野球のファンを増やしてきた。一人何役もこなす情熱の源泉は――。
「世界にもっと豪州野球を知らしめたい。豪州のメディアや国民に、もっと我々にワクワクしてもらいたいんです。なぜなら、豪州の選手たちは世界でも最高級のアスリートだから。彼らは富や名声のためじゃなく、野球が大好きだからプレーしているんです。ABLの観客は800人。5万人の前でやることはありませんし、高い給料がもらえるわけでもありません。
それでも、もともとただの芝生の広場だった野球場に朝早くから来て、汗を流すんです。東京ドームで韓国のような強豪チームに勝てるレベルでいるために、彼らは本当に懸命な努力を重ねています。それができるのは、彼らがこの競技を心から愛しているからに他なりません。私の目標は、彼らがとてつもないアスリートであることを豪州のメディアにも認識してもらうことです」
2004年のアテネ五輪では、予選と準決勝で日本を2度破り、銀メダルを獲得した。「五輪は豪州で最も人気のある大会です。競技者が多くない冬季五輪でも、数多くの人が視聴します。主流のメディアが取り扱い、簡単に目に留まる重要な大会。だから我々は2032年ブリスベン五輪で野球とソフトボールを採用してもらえるよう、懸命に努力しています」。愛する野球への情熱は尽きない。
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3月5日に第6回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が開幕する。2006年に第1回が行われてから20年、過去3回優勝した日本の強さが世界に認められる一方、国際大会を通じて世界の野球の距離は着実に縮まってきている。「THE ANSWER」では大会期間中「ベースボールの現在地」と題し、選手やスタッフが“国際野球”に挑む思いを伝える。他の種目と競技人口を比較すればマイナーと言われることもある野球。ただ世界中に、このゲームを愛する人がいる。注目される数年に一度の機会だからこそ、世界の野球の今を知り、ともに未来を考えるきっかけを作る。
(THE ANSWER編集部・鉾久 真大 / Masahiro Muku)
