「母は聖なるものだから」産後の妻は手も握らせない…45歳夫の情欲が向かった先は 今では「冷えた夫婦仲でいい」と割り切るまでに
【前後編の後編/前編を読む】結婚式の当日に「正社員だから選んだ」と知らされモヤモヤ… 美人妻へのときめきも半年で冷めた45歳夫の“女運”
藤倉寛太さん(45歳・仮名=以下同)は、5歳年下の梨惠さんとの結婚式で、自分が「正社員」だから妻に選ばれたと知る。寛太さんも梨惠さんが美人だったことに惹かれた経緯はあるものの、新婚ムードは早々に失せ、妻への敬意を抱けないことに悩むようになる。寛太さんの両親は彼が高校生の時に離婚。ひきこもりの兄をめぐる父と母の対応の違いが別れの理由だと後に知るが、人との距離感のおかしい母に違和感を覚えていたという。母、過去の交際相手を通じた「女はわからない」という思いを、妻に対しても抱いたのかもしれない。それでも結婚1年後に生まれた息子は可愛く、この子のために家庭を守ろうと考え直した。

***
【写真を見る】「夫が19歳女子大生と外泊報道」で離婚した女優、離婚の際「僕の財産は全部捧げる」と財産贈与した歌手など【「熟年離婚」した芸能人11人】
ところが寛太さんのそんな思いとは裏腹に、梨惠さんは息子を連れて毎日のように実家に入り浸っていた。帰宅しても妻子はおらず、義父が車で送ってくることもしばしばだった。
「カップラーメンをすすっている僕を見て、『なんだ、寛太くん。うちに来て食べればよかったのに』と義父が言う。次からは惣菜を梨惠に持たせるようになりましたが、僕が望んでいるのはそういうことではない。親子3人で自立して生活しようと梨惠に何度も言ったけど、彼女は『だって実家なら食費が助かるもん』と気にもしていない」
あげくの果てには「何を怒ってるのかわからない」とまで言われて、寛太さんは脱力したという。
「しかも……妊娠してから、梨惠は僕にいっさい触れなくなった。僕が手を握ろうとしたらはねのけられたこともあります。母というのは聖なるものだというようなことも言われた。息子が産まれて半年ほどたったころ、誘ってみたら汚らわしいものを見るような目で見られました。でも、そういうことをしたんだから息子が産まれたのにとつぶやいたら、『あなたって最低』って。愛情表現じゃないのかよとぶつぶつつぶやくしかなかった」
妻のアイデンティティは「聖なる母」なのだろうが、現実的には「決していい母親には見えなかった。むしろ子育てを祖父母に丸投げしている母だった」と寛太さんは言う。自立していない妻を持ったときの夫の嘆きは留まるところを知らない。
「妻は息子を幼稚園に入れる気もなかったみたいなんですよ。さすがに義父母も、それはまずいと思ったのか、彼らが動いて幼稚園に入園させました」
グチばかりの妻
息子が小学校に入ったころ、義父が脳梗塞で倒れた。幸い、重篤ではなかったが、リハビリ病院に転院しても麻痺が残った。義母は夫の介護が主となり、梨惠さんは以前のように両親の援助が受けられなくなった。
「それどころか、ときには義母から『夕飯作りに来て』と言われることもあったようで、文句ばかり言っていましたね。それが自立のチャンスだったんですが、梨惠は手伝おうとはしなかったようです」
ため息ばかりつく梨惠さんを励まし、彼は作り置きの惣菜を準備したり、週末には息子と一緒に餃子を作ったりした。梨惠さんも渋々、一緒にやっていたが、「私、料理って向いてないのよね」と後ろ向きな発言ばかりする。息子が楽しそうだからいいじゃないかと言ってみたが、梨惠さんにはあまり効果はなかったようだ。
「我ながらがんばったと思いますよ、あの時期は。それもこれも息子のためですけど。息子を見ていると、僕は自分が子どもの頃にしてもらいたかったこと、親にかけてもらいたかった言葉が浮かんでくるんです。だから息子には少しでも楽しい思いをしてもらいたかった」
それでも妻に同情をおぼえて
梨惠さんの言動はほとんど変わらなかった。義両親も落ち着いた生活を送るようになったが、義父は要介護となり、義実家にはヘルパーさんたちが出入りすることになった。梨惠さんは「こんなはずじゃなかった。両親とうちとで旅行したりしたかったのに」と泣いたこともある。
「梨惠にはそういう思いがあったんだなとわかって、少し同情しました。人はそれぞれの親子関係で、何を理想とするのかが異なってくるんでしょうね。僕は何の理想ももてなかったけど、親にべったりだった梨惠は、年に何度か我が子と両親との旅行をするつもりだった。息子が小さいころはごく稀に一泊旅行をするくらいだったので、小学校に上がったらもっと長い旅行や海外を考えていたようです」
義父が亡くなった先の妻の発言に「ぞわぞわと怖かった」
理想と現実はなかなか一致しないものだ。同情はしたものの、梨惠さんに共感はできなかった。長い間、ただひたすら息子のためにがんばってきた寛太さんの気持ちがふっと途切れたのは、2年前、義父が亡くなったときだ。
「梨惠は当然、悲しんではいましたが、ふと『これでおかあさんを取り戻せる』と言ったんですよ。なんだかわからないけど、ぞわぞわと怖かった。義母も義母で、『これからはまたあなたとの時間が増えそう』とうれしそうに梨惠に言っていたんですよね」
見て見ぬふりはしてきたが、そのべったりした親子関係に寛太さんはうんざりした思いになった。心の持って行き場がなく、たまには自分の母親の顔でも見るかと実家に戻ると、そこにはなんと父がいた。いつしかふたりはヨリが戻りつつあったらしい。喜ばしいような裏切られたような複雑な思いが去来した。
「自分以外の人間が何を考えているのかなんて、まったくわからないものなんだと痛感しました」
息抜きは風俗…
相変わらず妻は彼と男女の関係をもとうとはしない。ときどき風俗で息抜きをしていた寛太さんだが、それも次第に虚しくなっていた。
「その日も、何度か会っている子をホテルに呼ぼうかなと思って近くまで行ったんですが、なんだかその気がなくなってコーヒー専門店にふらっと入ったんです。そうしたらなんと、その子がいた。あら、とあちらも言ってよかったらと相席を勧められたんです。いいのかなと思いつつ座って、世間話をしていたんですが……」
源氏名はエミさんだが、本名は佐保であること、妹とふたりで暮らしていたがその妹が病気になったため彼女が必死で稼いでいることなどを聞いた。よくある作り話かとも思ったが、彼女のごく自然な会話に引き込まれた。
「フリーでデザイン関係の仕事をしながら、風俗でも働いているんだそうです。自分のためじゃないからがんばれるとも言っていました。僕、その言葉に感動してしまったんです」
別れ際、彼女は「またここで会えませんか?」と言った。「友だちとして」と。彼女もまた心に虚しいものを抱えていると寛太さんにはわかった。
「それ以来、週に1度くらい彼女とコーヒー店で会うようになった。彼女はコーヒーが大好きでお酒は飲めないという。僕もコーヒーが好きだから、話が合って。そのまま食事に行くことも増えました」
「体の相性がいいってこういうことか」
寛太さんは仕事として彼女を呼ぶのはやめた。代わりに食事をごちそうすると、彼女はとても喜んでくれた。佐保さんの誕生日、彼女は店を休み、彼は人気のレストランを予約した。
「帰りに彼女が『うちに来る?』と。一瞬、驚くと『あ、冗談。寛太さん、家庭もちだものね』って。『いいの? 行っても』と声が震えているのが自分でもわかりました。僕はいつの間にか、彼女に本気になっていたんです」
プライベートで会うようになってから、「体の相性がいいってこういうことか」と彼は実感した。彼女は性的に非常に感度が高く、いつも彼を喜ばせた。彼に独特の技があるわけではないから、これが相性というものなのだろうと思ったそうだ。ただ、彼女は「自分の快感」にも「寛太さんの快感」にも敏感だった。そして飽くなき追求を続けた。女性が快感を求める姿も表情も、これほど美しいのかといつも感じたという。
「腰がふらふらするほど要求されて、心から幸せだと思った。男冥利に尽きるってこういうことか……と。肉体の快感の一致が、心の一致にもつながるんです。僕らはずっとつながっていられると心底思った。彼女は『私はあなたとはいっさい、仕事モードにはならないから』と断言していました。こういう仕事をしているのがつらいと今初めて思ったとも言っていた。でも僕は気にしていなかった。彼女がそういう仕事でなければ出会えなかったし、職業で差別する気もなかったし。彼女は人間的にもすばらしい人。僕より10歳年下だけど、精神年齢は僕よりずっと上だと思う。世の中のこともよく知っているし、自分の意見もしっかり持ってる」
彼がたまたま仕事関係で、デザインの知識が必要な件があったとき彼女は懇切丁寧にアドバイスをしてくれた。これならあなたに仕事を頼んだほうがよかったと言うと、「それは公私混同というものよ」とたしなめられた。そこに彼女の誠実さを見たと彼はまじめな顔で言った。
愛するがゆえに縛れない…「客の誰かを好きになったらつらい」
「息子は今、11歳です。妻の梨惠は、息子に私立中学を受験させようと必死になってる。でも息子は『嫌だよ』と言い続けている。もういいかげんにしなさい、今からじゃ間に合わないだろうし、なにより本人の意志を尊重したほうがいいと僕も息子の味方をしている。そのせいか、少し梨惠の情緒が不安定なんですよね。そういうことも佐保には話しています。息子が成人するまで待ってほしいとは言えない、僕は佐保の人生を縛れない。僕から裏切ることは絶対にないと伝えることしかできません」
佐保さんを愛するがゆえに縛れない。人を好きになることがこれほどまでに苦しいとは想像もしなかったと寛太さんは涙目になった。
「彼女が仕事で風俗をしている分には問題ないけど、客の誰かを好きになったらつらいだろうなとは思います。僕のような立場の人間が他にも出てきたら……。その客が独身なら、僕は黙って身を退くしかない。そう決めてはいるけど、そういう日が来るかもしれないと考えただけで涙が出てくるんです」
すっかり恋という沼に全身浸かってしまった寛太さんだが、そんな今を幸せだとも思うと言った。妻に知られてもかまわないと思うこともあるが、息子に知られたくはないのが本音のようだ。
「人生の後半になったら、少しでもわかり合える人と生活をともにしたい。そんなふうに思います。佐保を縛りたくないと口では言ってるけど、本当は佐保に捨てられたらもう生きていけないと思うこともある。自分でもわからなかったけど、僕は孤独に弱いんですよ……。孤独に強かったらとっくに離婚していると思う」
「妻との関係はもういい」
梨惠さんとは口をきかないわけではない。息子の手前、ごく普通にふるまってはいるが、関係が悪くなったというわけではなく関係が冷え切っているのだと寛太さんは言う。妻が実家に入りびたっているのを強く咎めることができなかったのは自分だし、もっと妻の気持ちを自分に向かせる努力をしたほうがよかったのかもしれない。だが相手は大人である。子どものように言い聞かせるわけにも、無理矢理言うことをきかせることもできはしない。妻の意志を尊重した結果が今なのだ。
「だから妻との関係はもうこのまま膠着状態でいいんです。佐保との関係だけを見て、考えていきたい。フラれることも想定内です。今年に入ってから、もう一度気合いを入れて、仕事も私生活もがんばろうと思っているところです」
最後は空元気にも見えたが、45歳にして恋を知った男の顔は、どこか純粋だった。佐保さんの心が離れていかないように、彼はオトコを磨くつもりだと自分に言い聞かせるように言った。
***
妻の梨惠さんにとっては、ある意味で残酷なほどの“本音”を、彼は抱えている。それほどまでに関係をこじらせてしまった背景には、梨惠さんとの馴れ初めや彼の生い立ちに、見過ごせない事情があるのかもしれない。【記事前編】で紹介している。
亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。
デイリー新潮編集部
