「小5で一人暮らし」「21歳でがん宣告」…過酷な人生を歩んだ34歳女性が、“生きる場所”を見つけるまで
――お母様との信頼関係も、あまり構築できなかったと伺いました。
小夏つむぎ:私が16歳のとき、父が病死しました。その少し前、公衆電話からかけてきた母に「お父さんを延命させるか、させないか、あなたに決めてほしい」と言われたんです。けれども、当時の私はその意味が深く理解できません。私は「延命しない」と言いました。ほどなくして父は亡くなりましたが、その後、精神的に不安定になった母から、「お前は人殺しだ」と言われたのを今でも覚えています。「私が殺したんだ」という罪悪感が、いまだに消えることはありません。
――その後も小夏さんは直腸がんになるなど、さまざまなつらい体験をしますよね。
小夏つむぎ:一般にがんは大病であり、たいへんなことだと思います。けれども、家族で暮らしているあいだ、ずっと辛くて、ずっと消えたいと思っていた私にとっては、それだけが特別なイベントではないというのが正直なところです。
がんのことを伝えたときも、母は「あぁ、そうなんだ」という薄い反応でした。昔から、私が体調不良を訴えても、「お母さんも体調悪くて」と自分の話にすり替えてしまう人です。また、高1のときに私がいっぱいいっぱいになって、母に兄からの性被害を打ち明けたときも、「そんなの知ってたわよ。私にどうしろっていうの」と突き放されています。こうした体験から、周囲を味方と思えなくなってしまいました。
兄からの性被害も、がんという大病も、もちろんつらかったですが、「それを言うなら人生全体がつらかったな」と率直に感じますね。
◆舞台が教えてくれた「生きる意味」
――その後、ご家族との関係はいかがですか。
小夏つむぎ:母は再婚し、再婚相手と兄と一緒に暮らしているらしいことは知っていますが、どこで何をしているのか、具体的なことは何もわかりません。兄からは21歳のときにお金を貸すように頼まれて貸しましたが、その後、一切の連絡手段をブロックされてしまいました。
――現在、小夏さんは舞台での芝居を通じてさまざまなファンから愛されていますよね。過去と現在を比べて、どのように感じますか。
小夏つむぎ:私はこれまで、自分の感情を抑圧して生きてきました。プライベートでは、怒ることすらできない人間です。極力、他人を不快にさせないように生きてきました。けれども、舞台上だけは、感情が動くんです。そして、舞台をご覧になったファンの方々が感想をくれると、「やっぱり生きていて良かった」と思えます。ずっと自分を必要のない人間だと思ってきた私にとって、舞台は居場所であり、生きる意味なのだと思います。
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芸能という華やかにみえる世界にいながら、小夏さんは家族という牢獄のなかでもがいた。自らを抑圧し、感情を壊死させることで、何とか生命を繋ぎ止めたのだろう。だが舞台で自由を体現する小夏さんは、あらゆるしがらみから解き放たれる。それは、長く抑え込まれてきた生命の躍動。あえて世界に期待せず、死んだように生きた彼女の魂の地鳴りが、見る者を魅了する。
<取材・文/黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki

