「人生のターニングポイント」は日本の小学校生活 掃除、給食、運動会・・・映画監督となったポルトガルの少年 38年ぶりの母校で何を思う
マリオ少年、監督になる
アジア最大級の映画祭「第38回東京国際映画祭」コンペティション部門に、ポルトガル映画「マリア・ヴィトリア」が出品されました。プロサッカー選手を目指すヒロインが、家族との関係に葛藤しながらも自身で未来を切り開いていく物語です。
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脚本から手がけたマリオ・パトロシニオ監督(47)が記者会見で語ったのは、“日本への思い”でした。
マリオ・パトロシニオ監督「帰ってきて一瞬で“ふるさと”のように感じました」
40年ぶりの“ふるさと”
マリオさん、意外な経歴を持っています。少年時代に約2年間、熊本で暮らしていたのです。
1987年に放送したドキュメンタリー番組で、9歳のマリオ少年が密着取材を受けていました。
(当時のナレーション)『熊本市立黒髪小学校。3年2組のアンカーはマリオ・ガルシアくん。去年11月、熊本大学医学部に入学中のお父さんのもとに、お母さんと弟のペドロくんの3人でやってきました』
(1987年11月22日放送「『窓をあけて九州』~マリオ君のくまもと日記~」より)
1980年代、熊本で暮らす外国人はとても珍しく、マリオ少年がどんな日常を送っているのか、インタビューをした場面も残っています。
インタビュアー「日本とポルトガルの学校、どっちが宿題が多い?」
マリオさん(当時9歳)「うーん・・・日本の学校」
インタビュアー「日本の学校どうですか?」
マリオさん(当時9歳)「とってもおもしろい!」
マリオさんは番組の放送から1か月後に帰国しました。
そして・・・ポルトガルで活躍する映画監督になって、再び日本へやって来ました。
38年ぶりのインタビュー
東京国際映画祭のあと、38年ぶりに熊本へやってきたマリオさん。9歳当時のインタビュアー、福島絵美さん(RKK熊本放送の元アナウンサー)が待ち受けました。
あの日以来の再会です。
福島絵美さん「熊本におかえりなさい」
マリオさん「本当にありがとうございます。熊本に戻ってこられて嬉しいです」
福島さん「まだ私のことを覚えていますか?」
マリオさん「100%とは言えませんが覚えています」
この熊本再訪には、父と弟、そして、帰国してから生まれた妹も一緒です。
映画「マリア・ヴィトリア」のタイトルに込めた思い
マリオさん「映画のタイトル“マリア・ヴィトリア”は母の名前を付けています。それで、このプレミア上映で日本に戻れることが、家族との最高の記念になると思いました。母はもうこの世にいませんから、熊本に来て、あの頃、知り合った人たちに会えればいいなと思っています」
そんなマリオ監督に、1987年の映像を見てもらいました。番組を全編見るのは、これが初めてだといいます。9歳の自分を見たマリオさんは・・・?
マリオさん「Oh my god・・・Wow」
マリオさん「マリオって書かれているのは分かるよ」
当時、熱心に集めていた「めんこ用の牛乳フタ」について説明する場面では…?
マリオさん「完璧に日本語を話しているよ。何を言っているかわからないけど、“完璧”と言っても、それが分からないけどさ」
福島さん「映画監督になろうと決めたのはいつ?」
マリオさん「熊本を離れた時だったと思います、9歳くらい」
インタビューの後、マリオさんが「人生のターニングポイント」と話す黒髪小学校へと向かいました。
教室で学んだ「大切なこと」
教頭の案内で黒髪小学校をめぐるマリオさん。運動場も校舎も、当時のままです。
「僕の教室は上だったな…」記憶をたどりながら38年ぶりに教室へと足を踏み入れたマリオさんは、深いため息をつきながら、室内をじっくりと見渡しました。
マリオさん「僕たちの頃も、こうして壁に飾ってありました。これは、何と言うっけ…?」
福島さん「シュウジ(習字)ですね」
マリオさん「たくさん書いて、これも覚えています」
黒髪小学校の一法師教頭によりますと、現在は外国籍の児童は10人ほど通っているということです。
マリオさん「学校で唯一の外国人でした。掃除や給食の配膳からも、社会の一員としてやるべきこと、助け合うことにつながって、それが今の自分の“協力しあって生きる”という私のビジョンに影響を与えている。こういうことはヨーロッパではない。特にポルトガルはね」
1時間ほどの母校訪問を経て、マリオ監督は“新たな夢”を教えてくれました。
マリオさん「この学校での経験がとても大切だったことを改めて感じました。だから、熊本には本当に感謝しています。私のように、日本で学校に通う唯一の子どもの映画を撮りたくなりました」
マリオさん「必ず戻ってきます」
