岡田以蔵(おかだいぞう)。「人斬り以蔵」とも呼ばれる彼は、幕末四大人斬りの一人です。土佐藩の武市瑞山(たけち・ずいさん。通称は武市半平太(たけち・はんぺいた))率いる土佐勤王党の走狗となり、文久二年頃から「天誅」と称して安政の大獄に関与した人物等を次々と襲い、京の町に血の雨を降らせました。その所業は、仲間たちからも「天誅の名人」と恐れられたほどです。暗殺が横行した江戸時代の幕末に「尊王攘夷派の四大