【イトマン事件に酷似】KBS京都が抱えていた146億円の借金問題…「親会社のオーナー」一族は悠々自適で「責任逃れ」

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1991年にKBSの経営会議で、146億円の借金問題が浮上。債務処理のためにゴルフ場開発計画が持ち上がっていた。名門放送局はなぜ崩壊へ歩み始めたのか。問題の中心にいたのは社長ではなく、「戦後最大級の金融事件」の主役の一人だった。

【短期集中連載「京都の女帝」第3回後編】

【前編を読む】『「KBS京都146億円巨額債務」問題…借金解消のための「奇天烈な返済プラン」の中身』

イトマン事件とまるで同じ構図

社長の福本邦雄は、副社長の内田和隆に怒りをぶつけるのだった。

「郵政省でも誰でも聞いてごらんなさい。ともかく放送会社がゴルフ場(開発)の為に建物、土地、放送機材まで根抵当に入れるという事は、狂人でなけりゃ考えられないと言うんだ」

許永中が描いたのは、KBSにノンバンクのダイエーファイナンスから146億円を借り入れさせ、その資金でゴルフ場開発を進めるという構想だった。

後に明らかになるが、その構図はイトマン事件そのものだった。

バブル絶頂期、イトマンは、不動産やゴルフ場、絵画など、価格が青天井で高騰する投機市場へ巨額資金を流し込んでいた。

その背後には、「住銀の天皇」と呼ばれた住友銀行会長・磯田一郎率いる住友銀行の巨額融資があった。

そこへ深く食い込んだのが、許と、不動産のプロとしてイトマン常務に抜擢された伊藤寿永光だった。彼らはイトマンに実勢価格を大きく超える金額で資産を買わせ、その差額を吸い上げる。さらに返済不能な企業へ融資を重ねさせ、損失を先送りする。カネは、ブローカーや闇社会へと流れていった。

そして、この住友・イトマン金融のスキームは、すでにKBSの簿外債務処理にも流れ込んでいた。伊藤は、イトマン常務の職に就き、同時にKBSの取締役でもあった。

議事録には、許のこんな説明が残されている。

「ダイエーファイナンスが出したお金は、住友銀行からの迂回融資だ」

しかも、会議室の誰もが「ゴルフ場開発資金」だと考えていた146億円は、すでに別の借金返済に流用されていたことも明らかになる。

監査役の吉永は、146億円もの担保を差し出した内田に、苛立ちを隠さず迫った。

「通帳を出してくださいよ。新聞記事によると、大阪府民信用組合から借りた100億円を、146億円の中から返しておるんでしょ」

役員たちはこの時初めて、100億円が別の借金返済に消えていたことを知った。

福本は、もはやため息をつくしかなかった。

「また大阪信用っていう、全然知らない話が出てくる訳だ」

大阪府民信用組合は許永中が実質的オーナーと言われた金融機関である。KBSが借りたカネは、許側の資金処理に組み込まれた。

イトマン事件や石橋産業事件でも、許は会社の混乱に付け込んで介入し、巨額の資金を流出させたと見られる。

そのカネの大半が、闇へと消えた。名門・京都新聞もKBSもバブルの泡に飲み込まれようとしていた―。

しかしこの時、故・白石英司の妻・浩子はKBSの会長をすでに辞任し、泥船から降りていた。

京都新聞の経営陣からの依頼を受けてKBS問題の解決に奔走してきた京都の地元大物フィクサー・山段芳春は、浩子への怒りを隠さなかった。

「今、一番はっきりしておきたいのは、京都新聞は何も怪我をしてないという事だ」

これに、副社長の内田も同調する。

「白石社主体制を崩す訳にはいかんという前提がございましたから、白石浩子さんと共同責任でやれると思っていた。ところが白石浩子さんが辞任され、ものすごいショックを受けた」

イトマン事件とまるで同じ構図

KBS本社5階の会議室には重苦しい空気が流れていた。そこにいた誰もが、親会社・京都新聞とそのオーナーの白石家が、KBSを切り離し、責任から逃れようとしていると感じていた。

山段は、怒気をにじませながらこう言い放った。

「私も一生懸命やってるのに白石浩子から恨まれる結果になる」

この会議が開かれた'91年2月、すでに大阪地検特捜部によるイトマン事件の捜査は大詰めに入っていた。

前年11月には、事件の中心人物だった伊藤がイトマン常務を辞任。12月にはイトマン専務が自殺し、年が明けた1月には社長・河村良彦が電撃辞任していた。

バブル経済を象徴した巨大金融事件は、いよいよ全容をあらわにしつつあった。

KBSでの混乱に満ちた会議の2ヵ月後、大阪地検特捜部は強制捜査に着手する。

5月30日、福本は逃げるように社長辞任を表明。6月4日には、KBS本社にも家宅捜索が入った。許永中関連企業への捜索の一環だった。

翌日には、山段が会長を務めるキョート・ファイナンスも家宅捜索を受ける。許と伊藤が、イトマン元社長・河村とともに逮捕されたのは、7月23日のことだった。

白石英司が遺した巨額債務によって揺れたKBSの自力再建は、事実上破綻し、古住ら労働組合主導の会社更生法申請へと向かっていく。

山段は、議事録の中で吐き捨てるようにこう語っている。

「はっきりさせておかないといけないのは、80億、90億が白石英司の借財であり、一番悠悠自適の生活をしてるのは京都新聞であり、白石浩子なんですよ」

山段の怒りは、浩子の実弟で当時京都新聞の取締役だった増田正蔵や、いとこの寺井謙一ら、白石家の外戚へ流れる資金にも向けられていた。

「増田にしても寺井にしても、白石一族の給料を計算したら膨大なもんですよ。こういう悠悠自適の生活をしておるにもかかわらず、こういった問題が全部、善意の人間に悪い方向で押しつけられている訳ですわ」

山段の言葉が示していたのは、社主家を守るため、白石英司が遺した負債がKBS側へ押し込められていく構図だった。

京都新聞は、英司の遺した負債とKBSをここで切り離そうとしていたのだ。

この混乱の果てに、京都新聞における白石家支配はむしろ強化されていく。

しかし、この時点ではまだ、許と山段の側にも、切り札が残されていた。

それは、英司がかつて理事長を務めていた日本文化財団が保有していた京都新聞300万株の行方である。

次なる攻防は、そこから始まろうとしていた。

「週刊現代」2026年6月8日号より

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