巨人入団会見時の田中将大(C)共同通信社

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山崎武司 これが俺の生きる道】

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 2007年に楽天に入団した甲子園のスーパースター、田中将大(現巨人)もはや37歳。今年で巨人移籍2年目を迎えた。21年にメジャーから楽天に復帰。23年10月に右肘をクリーニング手術した影響もあってか、24年シーズンは一軍で1試合しか登板できなかった。

 プロ18年目にして初の勝ち星ゼロ。同年オフに楽天を出る決断をした。超高校級右腕として鳴り物入りで入団してきた頃から知っている身とすれば、退団してから移籍先が見つからなかった3週間は、将大にとって初めての大きな挫折だったかもしれない。

 当時35歳。ベテランになるにつれて力は落ちていく。プロは力なき者は去る厳しい世界とはいえ、将大は創成期の楽天を支えたエースで看板選手。最大の功労者のひとりと言ってもいい。そんな将大に対して球団は最大限に気遣うのが筋だと思う。俺もベテランになった途端に球団からむげに扱われた経験をしてきたから、将大の気持ちは痛いほど分かった(当時、田中は「球団との交渉は実質1回15分くらいだった」とコメント)。

 将大とは、楽天退団から巨人移籍までの3週間で3度電話で話した。最初に電話が鳴ったのは、楽天を出ると決意したときだった。

 自分の経験から察して根掘り葉掘り聞くことはしなかったが、プロの原点である楽天を去る寂しさや悔しさが電話口から伝わってきた。

 将大が言っていたのは、「年俸が下がるのは当然で、金額で選んでいるわけじゃない」ということ。そして、「もう楽天に自分の居場所はない」ということだった。

 将大はこのとき、日米通算197勝。200勝まであと「3」に迫っていた。

「200勝に興味はあるのか?」とたずねると、「全然興味ないです」と即答した。最後の最後まで意地を見せて、選手としてやりきりたい、ということだった。正直、お金は散々稼いできた。あそこまで来たら、もうお金じゃないだろう。

「必要とされる球団でやりたい」

 それが将大の本心だったと思う。

 2度目の電話は巨人獲得の一報が出る前日。このときは「まだ何も決まっていないんです」と話していた。そして12月24日、「巨人に決まりました」と報告を受けた。「ちなみに、この前電話したときはもう決まっていたのか?」と聞くと、「あのときは本当に何も決まっていなくて」と言っていた。

 ここ数年、楽天は功労者の流出が止まらない。19年オフには嶋基宏が退団(自由契約からヤクルトへ入団)。引退後も楽天へ戻ることなくヤクルトでコーチを続け、今年から中日のヘッドコーチに就任した。

 昨オフは則本昂大が出ていった(海外FA権を行使して巨人へ移籍)。辰己涼介はポスティングが球団に認められず、国内FA権を行使してでも移籍しようとしていた(オファーがなく宣言残留)。

 来年は(4年契約が切れる)浅村栄斗がどうなるか……。楽天OBのひとりとして、「チームの顔」が次々と球団を去っていることが心配でならない。
山崎武司/元プロ野球選手)