日本の大手生命保険会社で中国人の営業社員が増えている。中国事情に詳しいジャーナリストの中島恵さんは「東京都内のある営業所では、2025年夏時点で社員の7割が中国人だった」という――。

※本稿は、中島恵『中国人は日本で何をしているのか』(日経BP)の一部を再編集したものです。

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■都内の生保営業所で中国語が飛び交うワケ

生保で働く中国人について私が取材を進めているとき、偶然にも、ある出版社の編集者からこの件に関連するメールが届いた。

「広告で取引のある生保会社の担当者から聞いたのですが、その会社の都内某営業所では、中国人社員があまりにも多くて、所内で中国語が飛び交っていたため、中国語での会話が禁止になったそうなんです。中島さんは、こんな話、聞いたことありますか?」

びっくりして紹介を頼むと、先方の日本人担当者は匿名を条件に取材に応じてくれた。生保会社は主に本社などに勤務する内勤職と、保険商品を販売する営業職に分かれる。営業職の多くは女性で以前は「生保レディ」と呼ばれた。

取材をした担当者は本社勤務の内勤職だ。2010年代に数年間だけ都内の営業所に配属された。そのときの様子を次のように語る。

「当時、在籍していた営業部は全部で40数人。そのうち中国人は1〜2割でした。私がいた10年くらい前から中国人が増え始めたという印象です。現在その営業部の規模は拡大しており、中国人も以前より多いと聞いています。

中国人同士が母国語で話すのは自然なことですが、日本人からすれば何を話しているのか不安になることもあって禁止になったようです。ただし中国人社員に悪い印象があるわけではなく、日本企業なので、社内では日本語で話しましょう、ということです」

■日本人社員との「決定的な違い」

この担当者がいた営業所の中国人は仕事熱心で、営業職の採用活動にも積極的だった。

「中国人がいる営業所は、その人が声を掛けて勧誘するので、自然と中国人が増えていきます。逆に、中国人が一人もいない営業所に、中国人が突然入社してくることはあまりありません。そういうわけで、私がいた営業所は中国人の人数が多いほうでした。

日本人の営業社員には、最低限の仕事だけこなして、なんとなく会社に居座る人がいます。でも、『なんとなくいる』という中国人はあまり見かけません。ハングリー精神が旺盛で、アグレッシブ。私が知る範囲では、30〜40代(の女性)が中心で、日本人男性と結婚している人が多かった。子育てが一段落したので働きたい、という人もいました」

その営業所では、中国人が全体の職場の雰囲気を盛り上げているということだった。

■当初はイジメられたこともあったが…

私は別の生保の営業所に勤務する日本人にも話を聞くことができた。

「中国人が増えて営業成績がアップすると、日本人の部長は『自分の給料も上がった』と喜んでいました。気をよくした部長は積極的に中国人社員の席を回って声を掛けていましたね。

彼女たちのためにパソコンの翻訳機能を使って、保険商品の資料を中国語で作成してあげていたほどです。営業所には、中国人が多すぎることを快く思わない日本人もいることはいます。ですが、業界全体が人手不足なので、全体としては、中国人の営業社員が増えることについてウェルカムな雰囲気だと思います」

大手生保に勤務する黄さんも「私が勤め始めた当初は日本人の事務員にいじめられたこともありましたが、中国人が増えて実績を出すにしたがって、自然となくなりました。今では皆、仲良しです」という。さらに、こんなエピソードもうれしそうに披露してくれた。

「中国人が多いので、忘年会は中華料理店でやりましょうという話になり、私がお店を選びました。会の翌日、これまで一度も話したことがなかった日本人の同僚から『黄さん、昨日のお店、私がこれまで食べた中華料理の中で一番おいしかった。いいお店を紹介してくれてありがとう』と喜ばれて、私もうれしかったし、営業所の雰囲気がとてもよくなりました」

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このように話を聞いていくと、私を含め、業界と関係ない日本人が知らないうちに、生保業界で中国人の存在感は高まっているようだ。

■なぜ働き先として「生保業界」が選ばれるのか

なぜ、生保業界で中国人が増えているのか。(営業職の)彼女たちに聞くと、最大の理由は学歴不問、経験不問で、入社のハードルが非常に低いことにあり、「日本人と同じく、面接や簡単な試験のみで採用される」からだそうだ。外国人でも日本語力はそれほど問われない。ある人によれば「日常会話ができればOK」だという。

一方、別のある中国人は「会社によって日本語能力試験(JLPT)のN1(幅広い場面で使われる日本語を理解できるレベル)を求められるなど選考基準が厳しくなっています。

数年前は日本語があまり堪能でなくても入社できた人もいましたが、最近は変わってきました」と語る。

次に、基本給の保障があることだ。会社によって制度は異なるが、入社後の1〜2年間は保障される。研修期間中も支払われるため、「アルバイトよりも割がいい」「保険の勉強が無料でできて、会社を辞めても役に立つ」と考えるという。以前は基本給の保障期間が終わったらすぐに辞めて、他社に移る人が日本人も含めてかなりいたそうだが、現在ではルールが厳しくなり、同業他社への転職は難しくなっている。

■成績トップなら年収2億円を稼ぐ人も

さらに、働き方が比較的自由で、自分の裁量で仕事を進められる点も大きい。李さんの会社では月に18日出勤すれば、それ以外はどこにいても自由で、顧客との面会や労働時間も自分で決められる。一定の業務さえ行っていれば、直行直帰も問題ない。

中島恵『中国人は日本で何をしているのか』(日経BP)

中国の家族が病気になった黄さんは、この数年間、1カ月以上の帰省が何度もあったが、一部をリモートワークにすれば問題はなく、上司から文句をいわれることもなかった。

「中国人は束縛されるのが好きではないから、働き方に融通が利く点がこの業界の大きな魅力です。中国人に合っている仕事だと思います」と黄さんはいう。

さらに収入が歩合制であることが最大の魅力だ。一般の会社員と違い、保険営業では契約件数などによって収入にかなり大きな差が出る。先に紹介した日本人担当者によると、営業所で成績がトップクラスなら年収2000万円前後、全国上位の成績優秀者になると、年収1億〜2億円という人もいるそうだ。

そうした点に魅力を感じて、彼女たちは生保営業の仕事に就いた。日本人担当者がいうように、中国人が日本の生保に入社し始めたのは10年代半ば頃。ちょうど「爆買い」ブームの時期と合致する。さらに私が取材した範囲だが、20年からのコロナ禍をきっかけに、生保の仕事を始めた人が多い。前述の張さん、李さんもそうだ。

■きっかけは「コロナ禍」だった

張さんは10年代に留学のため来日。都内にある2〜3社の中国系企業で働いたが、日本企業で働いた経験はなかった。コロナ禍で中国系企業の業績が悪化し、退社して家事や子育てをしていたところ、友人に誘われて入社した。

「せっかく日本に住んでいるのだから、一度は日本企業で働いてみたい、その中をのぞいてみたい、というのが入社の動機でした。一緒に入社した中国人は次々と辞めていきましたが、私にはこの仕事が性に合っていたのか、最初から営業成績がよかった。生保の仕事自体が面白いので続けています」と語る。

『中国人は日本で何をしているのか』(日経BP)の取材で出会った中国人の多くは、コロナ禍で中国との往来が途絶えたことが、仕事人生に大きく影響したと証言する。コロナ禍で仕事や生活、人生について、深く考えるようになった人が多いのは日本人も同じだ。

コロナ禍でインバウンド関連のビジネス機会が激減、転職を余儀なくされた中国人も目立つ。そこで、ハードルが高いと思われていた日本の大手企業の仕事、日本国内でも中国人相手に働ける仕事に就いた人が多い。その仕事のひとつが生保業界だったのだろう。

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中島 恵(なかじま・けい)
フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。新著に『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)、『いま中国人は中国をこう見る』『中国人が日本を買う理由』『日本のなかの中国』(日経プレミアシリーズ)などがある。
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(フリージャーナリスト 中島 恵)