本田技研工業の三部敏宏社長とP2

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ホンダの二足歩行ロボット「P2」がIEEEマイルストーンに認定

 2026年4月28日、埼玉県和光市の本田技研工業埼玉地区事業所にて、人間型自立二足歩行ロボット「P2」の「IEEEマイルストーン」認定記念式典が開催されました。

 ホンダにとっては2017年のカーナビゲーションシステムに続く2度目の快挙となります。

【画像】これがアシモの前身!? 「P2」です。(6枚)

 自動車メーカーであるホンダがなぜロボット開発に挑み、どのような功績を残したのか、そして今後のロボティクス事業の展開を解説していきます。

 4月28日に開催された式典では、贈呈式や関連機関への感謝プレート授与、そして開発関係者による講演会が行われました。

 IEEE(アイ・トリプル・イー)は、米国に本部を置く電気・電子・情報・通信分野における世界最大の学会です。

 190カ国以上に53万人を超える会員を有しています。

 IEEEマイルストーンは、開発から25年以上が経過し、地域社会や産業の発展に貢献した歴史的な業績を認定する制度として1983年に制定されました。

 ホンダがこの認定を受けるのは、1981年に発表された地図型自動車用ナビゲーションシステム「ホンダ・エレクトロ・ジャイロケータ」が2017年に認定されて以来、2度目となります。

P2と今回の認定理由

「IEEEマイルストーン」認定のプレート

 今回認定を受けた「P2(ピーツー)」は、ホンダが人間の移動に関わるモビリティの原点として1986年から研究を進めてきた人間型自立二足歩行ロボットで、身長182cm、体重210kgの体格を持ち、1996年に一般公開されました。

 開発を担当した竹中透氏によると、開発当時の二足歩行ロボットは静歩行が一般的でしたが、P2は床反力制御や目標ZMP制御、着地位置制御といった独自の歩行制御アルゴリズムを採用しました。

 これにより、倒れそうになる状態を足首の踏ん張りや歩幅の修正で保つ「ダイナミック・バランス制御」を確立し、段差や傾斜地、階段の昇降を含む自然な歩行動作を実現。

 今回のIEEEによる認定理由では、P2が安定した二足歩行に不可欠なリアルタイム制御を実現し、スムーズな歩行の可能性を実証したことが挙げられています。

 さらに、産業用途に限定せず、パーソナルアシスタントといった社会的・支援的な役割を担うロボットという新たな概念を生み出し、今日のヒューマノイドロボット研究を促進させた点が評価されました。

ホンダロボットの未来

 P2で培われた技術は、その後の「ASIMO」の開発へと引き継がれました。

  本田技術研究所 エグゼクティブチーフエンジニア 吉池孝英氏によれば、ASIMOは時速9キロでの走行や凸凹面の踏破、自律回避などの移動技術に加え、手話やボトルの蓋開けといった作業機能を獲得してきました。

 現在、ホンダのロボティクス開発はさらに進展しています。

 特に多指ハンドの技術では、前腕にモーターを配置するワイヤー駆動を採用することで、手先の小型軽量化を図りながら力強さを確保しました。

 最新の多指ハンドは、小さなねじを回すような繊細な動作を行いながら、一般男性を上回る最大12kgfの指先力を発揮し、数十万回規模の実用耐久性を備えています。

ホンダは今後の展開として、「4Dモビリティ」というコンセプトを掲げている

 またホンダは今後の展開として、「4Dモビリティ」というコンセプトを掲げています。

 これは二輪車や四輪車による平面の移動、eVTOLなどの航空機による空間の移動に加え、時間と空間を超越する移動手段としてアバターロボット(分身)を活用するものです。

 遠隔操作によるアバターロボットと、多指ハンドやAI技術を組み合わせることで、人間がその場にいなくても物理的なタスクを実行できる環境の構築を目指していくとしています

 大規模並列強化学習などの技術も導入し、ホンダのロボティクス分野での研究開発は現在も継続されています。

4月28日に開催された式典では、贈呈式や関連機関への感謝プレート授与、そして開発関係者による講演会が行われた

 今回の認定について、本田技研工業の三部敏宏社長は次のように述べています。

「世界最大の学会であるIEEE様より、ホンダの人間型自立二足歩行ロボット『P2』に対し、栄誉ある『IEEEマイルストーン』の認定を賜りましたこと、ホンダを代表し心より御礼申し上げます。

 私たちにとって、この認定は単なる『過去の成果』への称賛ではありません。

 当時、暗闇の中で松明を掲げた技術者たちの『意志』が、今もなお、そして未来においても、人類に貢献し続ける価値を持っているという力強い証明であると確信しています。

 1986年に着手した最初の実験機は、一歩を踏み出すのに20秒もかかる不器用な機械に過ぎませんでした。しかし技術者たちは諦めず、誰もが不可能だと笑った夢に人生を賭け、挑戦し続けました。

 一つの挑戦が終わり、また次の、より大きな挑戦が始まる。この連鎖こそが、ホンダの存在意義そのものなのです。

 私たちは今、再び『松明を自分の手で』掲げ、霧深い未来を照らそうとしています。未来に生きる人々が、今の私たちの決断を振り返り、『あの時のホンダの苦闘こそが、新たなマイルストーンの始まりだった』と言ってくれるように、これからも困難な技術開発に挑み続けます」