開幕から歴史に残るピッチングを披露している大谷翔平 photo by Getty Images

後編:大谷翔平「投手専任」起用の背景

ロサンゼルス・ドジャース大谷翔平は、開幕から先発投手として目覚ましい活躍を見せている。右肘の手術から完全復帰を果たしたうえ、そのすごみを増している理由はどこにあるのか。大谷の投球内容を分析すると同時に、投手をバックアップする内野守備の担当コーチに話を聞いた。

前編〉〉〉「大谷翔平が「二刀流」ではなく「投手専任」で起用された理由」

【好成績の要因となっている球種構成の変化】

 投手としての大谷翔平は、今季ここまで歴史的にも珍しいほど圧倒的な数字を残している。4月28日(日本時間29日)に今季初黒星を喫したとはいえ、その日も6回5安打2失点、9奪三振。防御率は規定投球回数には達していないものの、0.60となった。米データ分析サイト『Opta STATS』によると、大谷は今季開幕から5試合の登板すべてで、6回以上、5安打以下、自責点1以下、被本塁打0という4条件をクリアしている。1913年に自責点が公式記録となって以来、シーズン最初の5登板すべてでこの4条件を満たした史上初の投手だという。

 そんななかで、さらに興味深いのは、単に結果がいいだけではなく、投球の中身にも、これまでとは違う変化が表れていることだ。最もわかりやすいのが、ゴロ率である。MLBのデータサイト『Baseball Savant』によると、今季の大谷のゴロ率は55.4%。メジャー移籍後初めて50%を超え、「打たせて取る」方向に傾いているように見える。2021年から2023年までのゴロ率は、おおむね41〜46%台だった。空振りを奪い、三振で打者をねじ伏せる印象が強かった大谷が、今季はより多くの打球を地面に向かわせている。

 その変化は、球種構成とも関係している。象徴的なのが、フォーシームの使用割合だ。大谷がサイ・ヤング賞投票で4位に入った2022年、フォーシームの割合は27.3%にすぎなかった。それが今季は44.8%まで増えている。そして、その使い方も以前とは違う。かつてのフォーシームは、高めに投げ込み、空振りを奪うための「決め球」としての色合いが強かった。今季はむしろ、早いカウントで打者を差し込ませ、弱いゴロを打たせる球として機能している。速球を軸に、打者のタイミングと打球角度を管理する。そして最後は、スイーパー、カーブ、スプリットなどの変化球で仕留める。三振を奪う能力を保ったまま、より効率的にアウトを重ねる投手へと姿を変えつつある。

 では、なぜ大谷はこうした変化を選んでいるのか。

 三振は最も確実なアウトである一方、球数が増えやすい。早いカウントでゴロを打たせることができれば、少ない球数でアウトを重ね、より長いイニングを投げられる。本格的な二刀流でフルシーズンを戦う今季、周囲が体力面を気にするなか、大谷自身は、それを実現可能にするための投球を考え、マウンド上で実行しているように見える。

【内野守備担当コーチが語る守備位置の考え方

 大谷がゴロを打たせる投球へと幅を広げるなかで、その進化は投手ひとりでは完結しない。ゴロを打たせても、それをアウトに変える守備がなければ意味はない。そこで重要になるのが、ドジャースの内野守備を担当するクリス・ウッドワードコーチの仕事である。今季から新名称を冠した「ユニクロフィールド・アット・ドジャースタジジム」には、試合開始の4、5時間前から若い内野手たちが姿を見せる。キム・ヘソン、アレックス・フリーランドらだ。やがてウッドワードをはじめとするスタッフとの練習が始まる。

 ウッドワードは言う。

「内野守備に関しては、これまで関わってきたなかでもトップクラスによく練習するグループだと思います。毎日早く来て、厳しいルーティンをこなしています。特にキムやアレックスのような若手は、『メジャーレベルの内野守備とは何か』を学んでいる段階です。我々はポジショニングをしっかり行ないますが、彼ら自身もスイングを読み、どちらに打球が来やすいかを予測しなければなりません。最終的には、フィールドで感じ、判断するのは彼らです。彼らはほぼ一球ごとにベンチの私を見て、試合中も私と一緒に考えている。要求は高いですが、本当によくやっています」

 そんなウッドワードコーチに、大谷の変化について聞いた。

 今年は大谷がゴロを打たせる割合が増えているように見える。それによって、守備の考え方に変化はあるのか――。

「特に変わったことはありません。もともと我々は、ゴロの数そのものよりも、『どこに打たれるか』を重視しています。ゴロが多いか少ないかは、それほど重要ではありません。大事なのは打球の方向です。その点では、これまで通りしっかり対応できています。もちろん、データは豊富にあります。たとえば、右打者に対してスライダーを投げたとき、直球のとき、スプリットのとき、あるいは左打者に対してどうか、といった情報です。それに加えて、打者ごとの傾向も考慮します。基本的には、大谷がゴロを打たせやすい位置に野手を配置しています」

【大谷の「二刀流」はチーム全体での共同作業】

 では、大谷と山本由伸では、守備の考え方は変わるのか。そう聞くと、ウッドワードは「大きく変わります」と答えた。

「ふたりのデータはまったく違います。たとえば山本は、引っ張られる打球が多い。カーブは特に強く引っ張られます。スプリットはそこまでではありませんが、それでも引っ張られる傾向があります。そのため内野手には、球種ごとに細かいデータを渡しています。スプリット、スライダー、カーブ、シンカー、直球の内外、高低まで、すべてです。私はそれをリマインドする役割ですね。

 また、チーム守備練習も、その日の相手や先発投手に合わせています。たとえば山本が先発する日は、スプリットやカーブによる弱いゴロを想定し、ノックもあえて弱めに打つ。大谷の場合も、スライダーなら弱いゴロを想定します。一方で、直球主体の配球なら強い打球が来る可能性が高いため、ノックの打球速度も上げる。つまり、『どんな打球が来るか』を想定して練習しているのです」

 キムとフリーランド、若いふたりにとって教本となっているのが、守備の名手であり、37歳のベテランでもあるミゲル・ロハスだ。昨年、ムーキー・ベッツは右翼手から遊撃手へのコンバートに成功した。そのそばにいて、助言を続けたのがロハスだった。今季もまた、若い内野手たちを支える存在になっている。

「彼は技術、ハンドリング、肩、すべてが揃っています。そして何より優れているのは、予測力です。彼は打球が来る前に動き出しています。だからスピードが多少落ちても、多くの打球に追いつける。さらに、スイングを読む能力がある。球種的には引っ張られやすい場面でも、打者のスイングを見て逆方向だと判断すれば、そちらに動ける。経験によって培われた感覚ですね」(ウッドワードコーチ)

 大谷が完全二刀流でフルシーズンを乗りきれるのか、周囲が心配するのは当然のことだろう。だが、その一方で、大谷自身は投球の形を変え、少ない球数でアウトを重ねる方法を探っている。内野手たちは、その打球を確実にアウトに変えるため、試合前から細かい準備を重ねている。担当コーチたちは、投手ごと、球種ごと、打者ごとに来る打球を想定し、日々の練習に落とし込んでいる。

 二刀流を支えているのは、大谷ひとりの才能だけではない。それは、ドジャース全体で進める共同作業なのである。