がん告知でも、転移でもない…前立腺がんで闘病した医療ジャーナリストが「最も落胆した瞬間」とは?
自身の闘病生活を連載「僕の前立腺がんレポート」に書き続けた医療ジャーナリストの長田昭二さん。今回は連載の第1回において、長田さんががん告知を受けた瞬間の様子をご紹介します。
【画像】長田氏が診療を受けた、神奈川県伊勢原市にある東海大学医学部付属病院
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心配だったグリソンスコア
前立腺の生検は、肛門から器具を挿入し、直腸越しに前立腺に針を刺して組織を採取するのが一般的だ。局所麻酔をするとはいえ、ボールペンの芯ほどの太さの針を十数カ所も刺す検査の身体的負担は小さくない。しかも、刺した針ががん組織を外してしまうと、がんの診断を下すことができない。がんはあるのに無罪放免となってしまい、治療開始が遅れるリスクがあるのだ。

長田昭二氏 ©文藝春秋
そこで東海大学医学部腎泌尿器科准教授・小路直医師が取り組んでいる「ターゲット診断」が浮上する。これはMRIで撮った画像をコンピュータ処理してモニターに映し出し、そのモニターを見ながら、がんが疑われる部位を狙って針を刺すことで、「ハズレ」を防ぐ検査法だ。
従来の検査は横向きで背中を丸めた姿勢で行うが、ターゲット診断は検査台にあおむけに横たわり、両足を大きく広げた状態で行う。お産をするときの妊婦さんのような形で、これはこれで恥ずかしいのだが、僕の場合はその前に受けた膀胱鏡検査で覚悟ができていたので、問題なく受けることができた。
検査は手術室で行われた。
背中に硬膜外麻酔を打っているので下半身に感覚はないが、意識ははっきりしている。小路医師が見つめるモニターを僕も見て、説明を聞きながら検査は進んでいった。そこに恐怖や不安はなく、ジャーナリストとしての興味のほうが勝っていた。
検査は1時間ほどで終了した。
やはり僕の前立腺にはがんがあった。これは想像していたことなので驚きもなかったが、それ以上に僕が気にしていたことがあった。「グリソンスコア」だ。
すでに触れたとおり、前立腺がんは転移さえしなければ比較的おとなしい性格の病気とされるが、転移すると途端に面倒になってくる。そして組織検査をすると、そのがんが転移しやすいタイプか、あるいはおとなしい性格なのかの判定ができるのだ。この判定を「グリソンスコア」と呼び、数値が「10」に近づくほど悪性度は高くなる。
がんの存在は覚悟していた僕も、グリソンスコアは低い値であってほしい、と願っていた。しかし、残念ながら僕の数値は「8」と、極めて高く出た。悪性度が高く、転移しやすいがんだと分かった。今日に至る僕の闘病生活を振り返ると、グリソンスコアを知ったこの瞬間が、最も落胆した時だったと思う。
まだ「オス」でいたい
前立腺にがんが見つかっても、グリソンスコアが低ければ、ホルモン療法で経過を観察することができる。しかし、僕のスコアの値はその猶予を許さなかった。小路医師は前立腺の全摘手術を強く勧めたが、ここでも僕は逡巡する。
前立腺を摘出するということは、高い確率で性機能を失うことを意味する。当時僕は54歳。いまさら子どもをつくるつもりはなかったが、できることならもう一度所帯を持ちたい、という淡い思いは持っていた。もちろん性交渉は無くても結婚はできるが、なるべくなら機能を持ったままで所帯を持ちたい。
そこで小路医師が取り組んでいる「HIFU」でこの場を切り抜けられないか、と考えたのだ。
HIFUとは、高密度焦点式超音波療法のこと。子どもの頃に、虫眼鏡で日光を集めて紙を焼く――という実験をしたことがあると思うが、あれと同じ原理で狙った場所に超音波を集めて照射し、がん組織を焼灼する治療法だ。当時、健康保険では認められていなかったが、将来の保険収載に向けて「特定臨床研究」という枠組みの中で行われている治療(現在は先進医療)だった。そして小路医師は、国内で前立腺がんに対するHIFU治療の牽引役として、最も多い症例を持っていたのだ。HIFUを受けたいと言えば喜んで対応してくれると思っていたのだが、返事は慎重なものだった。
「状況から見て、手術で切除するのが最も安全です」
自身の研究対象である最新治療をあえて避けてでも手術を勧める、という小路医師の姿勢に、僕のがんが最早のっぴきならない状況であることが見て取れる。しかし、それでも僕は性機能温存にこだわった。
HIFUは体の表面にキズがつかないだけでなく、手術ではどうしても損傷してしまう勃起神経を温存できる。その治療技術の存在を知らなければ手術を受け入れることも容易だが、知ってしまった以上、その恩恵に浴したい。
しかし、小路医師はこの治療の第一人者であるだけに限界も知っている。僕のがんの状況は、HIFUで治療できる範囲の限界よりやや外側にある。確実性の高い手術を勧めるのは医師として当然のことだ。
それでも僕は、まだ“オス”でいたかった。最後は渋る小路医師を説き伏せるようにして、HIFUでの治療を認めてもらったのだった。
2020年8月、僕は東海大学病院でHIFU焼灼術を受けた。治療は今回も手術室が使われ、全身麻酔下で行われた。超音波を発する機械を肛門から挿入し、直腸越しに前立腺に照射する。照射自体は痛みも熱さも感じることはないのだが、直径3センチ以上の機械を肛門に入れるので、麻酔がなければ痛くてたまらないだろう。
治療は1時間ほどで終了し、治療そのものは成功した。狙ったがん組織は焼き尽くすことができ、それまで続いていた血尿もピタリと止まった。ほぼ半年ぶりに見る透明な尿は、健康のありがたさをしみじみと感じさせるものだった。
※長田昭二氏の本記事全文(10000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています。全文では、下記の内容についても触れられています。
・泌尿器科の受診に気が進まず
・すべては僕の責任
(長田 昭二/文藝春秋 2023年7月号)
