82歳現役内科医「還暦は<再スタート>を切るのにふさわしい年齢。60代の生き方で将来が変わり…」
内閣府が2025年に公表した「令和7年版 高齢社会白書」によると、今後、男女とも平均寿命は延びて、令和52年には、男性85.89年、女性91.94年となると見込まれているそうです。「人生100年時代」と言われますが、未来への不安を感じているという方も少なくないのではないでしょうか。そこで今回は、82歳にして現役内科医の菅沼安嬉子先生の著書『80歳、これからが人生本番 現役内科医の一生輝く生き方のコツ』から一部を抜粋し、菅沼先生が実践してきたいつまでも輝くための知恵をお届けします。
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“60代の生き方で将来が変わります”
60歳を「還暦」と呼ぶのは、みなさんもよくご存じだと思います。還暦とは、昔の暦である十干十二支が60年で一巡するので、「元の暦に返る」ことを意味する言葉。まさに再スタートを切るのにふさわしい年齢といえるでしょう。
私自身は、60ちょっと前から慶應義塾大学看護医療学部の講師を始めました。自分が医学を学んだ母校で後進の育成に携わることになり、まさに一巡した気分。ワクワクしながら取り組んだものです。
最近の60代は、見た目もマインドも若々しく、昔の60代とはかなり違います。一方で、この年代から、パッと見た時、若々しく見える人と老けている人の差が大きくなっていきます。表情が暗かったり、不平不満をためてへの字口になっていると、ほうれい線も目立つし老けて見えます。逆にいつも笑顔でハツラツとしていると、口角も上がり、若々しく見えます。加えて身だしなみも大事です。いくらブランドの服を着ていても、髪がぼさぼさだったりすると台無しです。
若い人のファッションの真似をしても浮いてしまうし、かといって昔買った服をそのまま着たのでは流行遅れをいなめません。私は電車の中で若い人をこっそり観察したり、美容院で雑誌を見てトレンドを把握したうえで、若い人のマネをするのではなく、自分らしく流行を取り入れるようにしています。
TPOを考えてコーディネートをするのも大事。“大人”の常識を忘れず、かといってコンサバティブになりすぎないよう、多少はモードを取り入れて。コーディネートを考えるのは頭の体操にもなりますし、100歳までオシャレを忘れないと自分に誓いましょう。
忘れてはいけないのが、この先、70代、80代と健康に過ごすための体のケアと、心を豊かにする生きがい探しです。自分が心から楽しめることや打ち込めるものを見つけ、60代をハツラツと過ごすと、70代以降が輝きます。今から少しずつ山を登って、100歳で頂上にたどり着くイメージを頭に描いて、日々イキイキと過ごしましょう。
“70代は「第二の成熟期」”
私は、今の時代、70代は人生における第二の成熟期だと捉えています。50代で折り返し地点を迎え、60代で第二の人生の方向性が決まり、いよいよ自分のやりたかったこと、目標としていることを深める時間の始まりです。
いかに充実した70代を過ごすかが、その後の人生を大きく左右します。ですからこの時期、健康管理をしつつ、好きなことを見つけて思いきり何かに熱中したほうがいいと思います。

『80歳、これからが人生本番 現役内科医の一生輝く生き方のコツ』(著:菅沼安嬉子/世界文化社)
私は77歳の時に塾員41万人の慶應連合三田会の会長になり、3年半、会長職を務めました。塾員有志が自発的に集う三田会を包括している組織ですから、規模も大きいし、責任も重大。やるべきこともたくさんあります。でも、大変ではありましたが、人様のお役に立っていると思えると張り合いが出ましたし、夫亡きあとの喪失感を埋めてくれ、「まだまだ、これから」と活力の源となりました。
私はなにも、名誉が欲しくて会長になったわけではありません。今まで女性が誰も会長になっていないので、引き受けることで後輩の女性たちへの道が開けるのではないか、という思いもあったのです。卒業生には、会社の経営者や社会でリーダー的な役割を果たしている男性が少なくありません。そういう方たちにも女性の底力を実感していただきたかったし、ここで私ががんばらなくては、後に続く女性の道が閉ざされる。大袈裟にいうと、使命感かもしれません。
会長を退いてからつくづく感じたのは、使命感はエネルギーの元になる、ということです。そういえば100歳を超えても精力的に活動をされて、105歳で亡くなられた医師の日野原重明先生は、100歳の時のインタビューで「元気の源は有用感。つまり、自分の存在が誰かの役に立っているという実感です」とおっしゃっていました。
ボランティア活動でも、シルバー人材センターに登録して何かしら人様の役に立つことをするなど、なんでもかまいません。まずは自分の好きなことをやるのが一番ですが、さらに「誰かの役に立つこと」をひとつ生活に加えてみませんか。
“80代は人生の本番”
私は2026年6月で83歳になるので、まさにこの章の主人公です。そこで、この先80代を迎える人や、今80代真っただ中の人の参考になるかと思い、私自身のこれまでと“現在地”について少々書きたいと思います。
子どもの頃の私は体が弱く、病気ばかりしていました。肺炎で小児科の先生が毎日往診してくださり、お尻にペニシリンの注射をされたり――。扁桃腺もよく腫らして高熱が出ていましたし、腎炎を患い、幼稚園にも行かれませんでした。
家は田町でしたので、父は病弱な子だから家のそばの学校に通わせたほうがいいと考えたようで、慶應幼稚舎を受けさせてくれました。私はやがて医師になり、診察をしながらさまざまな役職を引き受け、今やまわりの人からは「なぜそんなにお元気なんですか?」と驚かれるくらい活動的に日々を過ごしています。
2020年に10代目の慶應連合三田会の会長に就任した私は、80歳の定年制をつくりました。そして80歳を迎え、最後の挨拶で、こう宣言したのです。
「これから、私は地球の病気を治します」
「さぁ、これからがいよいよ人生の本番」
今、地球環境は悪化の一途をたどっています。でも、多くの日本人は環境問題にそれほど関心がないようです。政治家も目の前のことしかいいませんが、環境をコントロールできなければ、人類はこの先、熱波、食糧危機、科学物質による被害、ナノプラスチックの害で絶滅するかもしれません。私は医師なので、化学物質やナノプラスチックの人体への影響が心配でなりません。
そこでナノプラスチックの問題に携わることを、80代の大目標に定めました。未来の子どもたちのために、残りの人生は社会貢献に費やそうと決めたのです。
人は、やるべきこと、やりたいことがあると、エネルギーがわいてきます。私が今なお元気でいられるのは、「やらねばならない」と心に決めている目標があるからです。
今まで生きてきた中で蓄積された知識や知恵、人脈、経験すべてを、この目標のために使うつもりです。いわば私の人生の総決算。「さぁ、これからがいよいよ人生の本番」。そんな気持ちで張り切っています。
※本稿は、『80歳、これからが人生本番 現役内科医の一生輝く生き方のコツ』(世界文化社)の一部を再編集したものです。
