この記事をまとめると

■ベトナムは2045年までに先進国になることを目指している

■2018年に誕生した自動車メーカー「ビンファスト」が注目されている

■スピード感のある動きにより急成長している注目のメーカーだ

ベトナムという新興国で誕生したビンファストとは

 ついに人生初のベトナムの自動車産業を取材した。アセアン地区で急成長しているのがベトナムだ。アジアでも比較的「若い国」が、これからは間違いなく「面白い国」になりそうだ。ベトナム政府は2045年に建国100周年を迎えるが、それまでに「先進国の仲間入りを目指す」という国家ビジョンを打ち立てている。

 それまでのベトナムのイメージといえば、南北を二分したベトナム戦争のことが頭をよぎる。現実はアメリカと戦った北ベトナムが勝利したという歴史認識しかない筆者であったが、電動化時代にベトナムが急成長していると聞いて、現地取材を実行した。

 ハノイの街に立った瞬間、まず圧倒されるのは音と流れだ。信号の少ない交差点に、無数のオートバイが雪崩れ込む。それなのに、不思議とぶつからない。誰かが止まり、誰かが流れを読む。まるで群れで飛ぶミツバチのような秩序が、そこにはある。クラクションが鳴り響くインドとは違い、混沌のなかに独特のルールがある。

 その流れのなかを、ビンファストのEVタクシーが静かに滑り込んでくる。青いボディはもう「特別な存在」ではない。街の日常に溶け込み、電動スクーターとともに、この国の移動を支えている。公共交通がまだ発展途上だからこそ、クルマの役割は大きい。数年後、この街をロボタクシーが走っていても、誰も驚かないだろう。そう思わせるスピード感が、ベトナムにはある。ベトナム政府は近いうちにオートバイの規制を計画しており、電動バイク以外は走れなくなるという。社会主義なので、国家の意思はすぐに実行される。現在はホンダのバイクがシェアナンバーワンであるが、電動化の規制が施行されるとホンダの地位も危うい。

 今回の取材の主役はビンファスト(VinFast)というベトナムの自動車メーカーである。同社のテストコースでは5つのモデルに試乗した。最上位モデルは「VF9」で、3列シートの大型EVであるが、ドイツのサプライヤー製のエアサスペンションが備わる。乗り心地は穏やかだが、アクセルを踏み込むと、EVらしいトルクが一気に立ち上がり、背中を押される。気がつけばメーターの数字は150km/hを超えていく。隣の担当者が何かいっていたが、ベトナム語はわからないので、そのままアクセルを踏み続けた。

 VF9に続いて「VF8、VF7、VF6、VF3」と立て続けに乗り換える。どれも個性は違うが、共通して感じるのは「急ごしらえではない」という点だ。とくに印象に残ったのはVF7。派手さはないが、足まわりのまとめ方がうまい。ハンドリングは素直で、少しペースを上げても破綻しない。このあたり、日本車をよく研究しているな、という印象を受けた。

 2024年のCESで見たばかりのVF3にも乗れたのは意外だった。コンパクトな3ドアのEVで、モーターのスペックは控えめだが、街なかでは十分に走れる。後輪駆動のしっとりした動きは好印象で、単なる安価なEVではなさそうだ。

周囲を圧倒するスピード感に期待大

 ふと考える。そもそもこのビンファストという自動車メーカーはどこから来たのか。ビンファストは2017年、ベトナム最大のコングロマリットであるVINグループを母体に誕生した、世界でもっとも新しい自動車メーカーのひとつだった。

 私が初めてその名前を強く意識したのは、2018年のパリ・モーターショーだった。欧州の名門メーカーが並ぶなか、突然現れた新顔。しかもゲストはデビッド・ベッカム。ずいぶん派手なデビューだな、というのが率直な感想だった。当時展示されていたのはセダンとSUVの2台。BMWの5シリーズとX5をベースにし、スタイリングはピニンファリーナ。技術的にも構成的にも、かなり堅い。エンジン車主体だった時代を考えれば、まずはドイツの技術を土台にする──これは現実的な選択だったといえる。

 2019年には北部ハイフォンに本格的な工場を建設し、欧米の技術者やサプライヤーを積極的に取り込む。そして世界がEVへ大きく舵を切ると、ビンファストも迷わずエンジン車からEVへ全面転換した。この決断の速さは、日本メーカーと比べても正直驚かされる。2023年には国際モーターショーで最新EV群を発表し、2024年にはCESで新型モデルを次々と披露。設立からわずか7年で、ここまで一気に世界市場に打って出る例は、そう多くない。

 自動車産業を立ち上げるというのは、設計やデザインだけの話ではない。鋼板を供給する製鉄、ゴムや樹脂を生む化学、高精度な工作機械、アルミ鋳造、電子・電気、ガラス──これらが揃って初めて、量産車は成立する。優秀な設計者が何人いても、産業の裾野がなければクルマは作れない。いまのところ自前で作る部品はおよそ60%(点数ベース)といわれており、海外のサプライヤーも使っている。しかし、これからは産業基盤を構築するために、日本メーカーのようなサプライチェーンに注力するそうだ。

 ベトナムは社会主義体制をベースにしながら、市場経済のスピード感を併せもつ国だ。意思決定から実行までがとにかく速い。エリート教育では英語とITが徹底され、産業を一気に押し上げる推進力がある。2045年、建国100年を迎えるベトナムは先進国入りを目指しているが、その成長モデルが自動車産業であることは間違いない。