1週間前にすべてのカタがつきました…貯金3,000円・年金12万円の75歳母と、無職の48歳息子。親子共依存15年、初めて息子が家を出るまでの「半年間の記録」
長期化する中高年ひきこもりと、親の高齢化が重なる現実を背景に、年々深刻化する「8050問題」。75歳母と48歳息子の事例を通して、家族だけでは支えきれなくなる「親子共依存のリスク」について考えます。
夫の死が生んだ「孤独」という名の共依存
西日が差し込む静かなリビングで、佳子さん(仮名/75歳)は少しだけ表情を緩め、こう切り出しました。
「1週間前に、ようやくすべてのカタがつきました……」
玄関に並んでいたはずの大きな靴はなく、そこには佳子さん一人のサンダルが置かれているのみ。午後のお茶の時間、自分自身のためだけに淹れたコーヒーの香りが、かつての喧騒を忘れさせるように部屋を満たしていました。
共依存という名の、底なしの地獄
崇さん(仮名/48歳)は、高校までは優しく友達思いの青年でしたが、大学受験に失敗してからというもの、引きこもりがちになっていきました。「大学は出ろ」という頑固な父に逆らえずなんとか滑り止めの大学に進んだものの、ほとんど授業には出ず、いつの間にか退学。その後は日雇いや派遣を転々としていましたが、決定的な出来事が起きたのは、いまから15年前、崇さんが33歳のときのこと。父がガンで突然この世を去ったのです。
自分の価値観のすべてを決めていた「父」という存在を失った崇さんは、ぽっきりと働くことを辞め、風呂にも入らなくなりました。
佳子さんもまた、突然の別れに深い空虚感を抱えていた一人です。広すぎる家で独りきりになる寂しさを、崇さんの存在が埋めてくれました。働かずに家にいる息子は、世間からみれば「問題」であっても、佳子さんにとっては「一緒に食事をし、テレビを見て会話を交わすパートナー」でもあったのです。
月12万円という限られた遺族年金での暮らしは、決して楽なものではありません。それでも佳子さんが自立を促せなかったのは、息子がいなくなることで、自分自身の存在理由や居場所までもが消えてしまうのを恐れたからにほかなりません。二人は互いの孤独を餌に、緩やかな破滅へと向かっていきました。
廊下での転倒と、突きつけられた「3,000円」の現実
バランスが崩れたのは、半年前の午後のことでした。
買い出しの準備をしていた佳子さんは、廊下で激しいめまいに襲われ、そのまま倒れ込んでしまいました。その音に驚いて駆け寄った崇さんは、見たこともない母親の青白い顔に動揺し、震える手で救急車を呼びました。
搬送先の病院で佳子さんに下された診断は、慢性的な栄養失調による低血糖。入院を余儀なくされた佳子さんの不在により、残された崇さんは初めて「一人で生きる」という恐怖に直面します。
台所に、母がいない。崇さんの財布にはお金が入っていません。不安に駆られた崇さんが手当たりしだいに母の引き出しをあさると、母の通帳が出てきました。そこに刻まれていた残高は、わずか3,000円。2ヵ月に一度振り込まれる24万円の年金は、入金されるたびに生活費や自分の食費、嗜好品代に消え、常に底を突く寸前だったのです。崇さんは、自分たちの生活が「母の命を削って成立していた」という事実を、数字を通して突きつけられました。
「家族の秘密」を社会へ差し出した、病院での告白
入院中の佳子さんもまた、静かなベッドの上で決意を固めていました。
病院のソーシャルワーカーから退院後の相談を受けた際、佳子さんは最初、いつものように「息子がいるから大丈夫です」と取り繕おうとしました。しかし、数日間息子と離れて過ごすなかで、いまの生活が自分と息子の両方を殺していることに気づいたのです。
「実は、もうお金も限界なんです。息子を15年も閉じ込めてしまったのは、私の弱さでした」
誰にも言えなかった「家族の秘密」を打ち明けた瞬間、佳子さんの心に、それまでなかった覚悟が芽生えました。退院の日、松葉杖をついて帰宅した佳子さんを、崇さんはぎこちなく出迎えました。以前と変わらぬ光景でしたが、佳子さんの目には、もう「孤独を埋めてくれる息子」ではなく、「一人の自立すべき大人」として映っていました。
「お母さん」の役割を終えるまでの6ヵ月間
そこから半年。専門家の介入のもと、崇さんは少しずつ、外の世界と接触するようになりました。行政の職員が定期的に家を訪ねるうち、自分の状況を言葉にできるようになっていきます。「働ける気がしない」「外が怖い」その言葉を、誰も否定しませんでした。
3〜4ヵ月目。「住まいをわけること」が提案され、崇さんは生活保護の申請を決断しました。自立支援施設への入所が決まり、家のなかに少しずつ段ボールが増えていきました。5〜6ヵ月目。生活費を別々にし、佳子さんとの経済的なつながりが切れました。
そして、1週間前。息子の荷物がすべて運び出され、玄関にはひとつの靴だけが残りました。
「じゃあ俺、行ってくるよ」
崇さんが自立への一歩を踏み出したことで、佳子さんはようやく「お母さん」の重い役割を脱ぐことができたのです。
引きこもり問題は、「家族だけ」では解決できない
内閣府「こども・若者の意識と生活に関する調査(令和4年度)」によると、引きこもりは推計146万人いるとされ、特に中高年層の増加が顕著であることがわかっています。
長期化の原因となるのは、「世間体」や「家族だけで解決すべき」という思い込み、そして親子の間で完結してしまう「共依存」の構造です。佳子さんと崇さんが共倒れを免れたのは、第三者である専門家にSOSを出し、家族という閉じた枠組みを自ら解体したからです。
共依存を解消するために必要なのは、親が「子に必要とされている自分」という依存を捨て、社会資源を頼ること。その勇気が、親子の人生を再び動かす唯一の鍵となります。
〈参照・出典〉
■内閣府「こども・若者の意識と生活に関する調査(令和4年度)」
https://www.cfa.go.jp/resources/research/chilren-attitudes
