(※写真はイメージです/PIXTA)

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50歳以上になると、毎年誕生月に届くねんきん定期便の内容が変わり、年金の受給をより具体的に考えられるよう、受取方法による受給額の比較などが記載されます。しかし、そこに表示されている受給額がそのまま受け取れるかというと、そうとは限りません。特に、60歳以降も働き続けている場合、実際の支給額が大幅に少なくなるケースも。本記事では、Aさんの事例とともに、「在職老齢年金」や「特別支給の老齢厚生年金」といった年金制度の注意点について社会保険労務士法人エニシアFP共同代表の三藤桂子氏が解説します。※プライバシー保護の観点から、相談者の個人情報および相談内容を一部変更しています。

年金を繰り下げて70歳まで働く男性と、週3バイトで暮らす同級生との差

老齢年金は原則として65歳から受け取れますが、65歳より早く受け取りたい場合は「繰上げ受給」、遅く受け取りたい場合は「繰下げ受給」を選ぶことができます。繰上げ受給をすると、早く受け取る分だけ年金が減額され、逆に繰下げ受給をすると増額された年金を受け取ることになります。

67歳のAさんは、65歳まで勤めていた会社に再雇用で働いています。社長から「後進の指導と人手不足のため、力を貸してほしい」と懇願され、70歳まではいまの会社で働き続けるつもりです。

Aさんの会社では早い段階で定年が引き上げられており、65歳までは給与が下がることなく、年収は約670万円でした。

「年金がもらえる65歳まで収入が下がらないなんてありがたいな」

Aさんはそう喜んでいましたが、65歳以降も働くことにしたため、「収入があるのに年金を受け取りはじめるのはもったいないのでは」と考えるようになりました。ネットで検索してみると、「繰下げ受給にすれば、受給開始を遅らせた分だけ年金が増える」ことが判明。「もう少し頑張ろうか」と、Aさんは繰下げ受給を選択することにしました。

週3日のバイトで十分…同級生との差にしょんぼり

そんなある日のこと。学生時代の友人に誘われ、同級生3人(Bさん、Cさん)と飲みにいきました。3年ぶりの再会とあって、近況報告に花が咲きます。Aさんが「年金は繰下げ受給を選んで再雇用で働いている」というと、BさんとCさんは驚いた様子をみせました。

「すごいな! 働き者のAらしいよ。俺なんかずっと家にいると奥さんが嫌がるから仕方なく働いてるけど、本当は年金だけでも生活できるからさ。役職のない気楽なバイトで十分だよ」

2人とも大学卒業後ずっと会社勤めだったため、年金額は200万円を超えているようです。

「バイトで月10万円ぐらい稼げれば収入は年金と合わせて月30万円になるから、生活に困ることはないよ。だいたい週3日働いて、あとは趣味とか旅行に使ってる」

対するAさんは、年金を受け取らず、週5日のフルタイム勤務。職場の雰囲気は悪くなく、後輩とも仲良くできているため、働くこと自体は苦ではないものの、このところ体力が落ちたのか、週末も家でゴロゴロするだけで時間が過ぎていってしまいます。週3日の勤務には正直、憧れを感じました。

「いいなあ、羨ましいよ」

思わずAさんがそう零すと、Cさんがいいました。

Cさん「ところでお前、“特別な年金”はもらってるんだろうな?」

特別な年金をもらいに、年金事務所へ

Aさん「特別な年金ってなんだ?」

Cさん「俺たち、昭和34年生まれだろ? 昭和36年4月より前に生まれた人は、64歳から特別な年金を受け取れるんだよ」

寝耳に水で、Aさんは驚きを隠せません。

Aさん「知らなかった……まだ間に合うのか?」

Bさん「たしか年金は5年が時効だから、まだ間に合うはずだよ」

Aさん「でも俺、繰下げ受給だからもらえないんじゃないのか?」

不安を口にすると、Cさんが続けました。

Cさん「これは『繰下げ』とは別物だから、いまからでも請求できると思うよ」

Aさん「そうなのか! 早速行ってみるよ」

そういって、Aさんはその場でネットから年金事務所の来訪予約をとりました。

年金額は114万円ではなく、「9万円」だったワケ

そして迎えた当日。保管していた数年前のねんきん定期便を事前に確認すると、年金受給見込額は「114万円」と記載されています。

「100万円以上受け取れるなんて、すごい臨時収入だな。なにに使おうか……」緩む口元を抑えて年金事務所に行ったのですが、“衝撃の事実”が判明します。

職員「試算では、Aさんの年金は年額約9万円となります」

Aさん「えっ、ちょっと待ってください。どういうことですか?」

“特別な年金”の落とし穴

「9万円って……。じゃあ、ねんきん定期便に書いてある114万円はなんだったんだよ」とAさんはショックを隠せません。

特別支給の厚生年金とは、老齢年金の報酬比例部分を、64歳から前倒しで受け取れる制度です。しかし、職員によれば、Aさんは65歳まで現役で働いていたため給与が高く、「在職老齢年金制度」によって年金が支給停止となっていたようです。この制度では、働きながら年金を受け取る場合、一定の基準額を超えると年金が全部または一部停止されます。

Aさんが64歳だった2023年度(令和5年度)の在職老齢年金制度の基準額は、48万円でした。当時のAさんの給与(月額換算)が56万円、本来の年金月額が9万5,500円(年額114万6,000円÷12)だったため、そこから年金額を計算すると、次のようになります。

【支給停止額の計算式】

(基本月額 + 総報酬月額相当額 − 48万円)÷ 2

【Aさんの実際の計算(調整後の年金受給月額)】

9万5,500円 −(9万5,500円 + 56万円 − 48万円)÷ 2 = 7,750円

※計算結果の月額7,750円を12倍した「年額9万3,000円」が受給額。

つまり、ねんきん定期便には「年額114万円」と記載されていても、実際に受け取れる金額は、支給停止によって年額約9万円にとどまってしまったのです。

一方、同級生たちは60歳定年で給与が下がっていたため、在職老齢年金の支給停止がほとんど発生せず、満額に近い年金を受け取れていたようです。

Aさんは「100万円の臨時収入が入る」と期待していただけに、「なんだ、ぬか喜びか」と肩を落としてしまいました。

働き続ける人ほど知っておきたい「年金」の落とし穴

繰下げ待機している人のなかには、在職老齢年金の仕組みにより、せっかく繰り下げていても実際には増えた実感が得られないケースもあります。その点、Aさんは65歳以降は給与が下がっているため支給停止がかからず、70歳以降に受け取る年金は全額支給される見込みです。

働きながら年金を受け取る人が増えたことから、基準額が月28万円だった時代(令和2年3月まで)は、多くの人が支給停止に落胆していました。これまで、この年金が減額になる基準額は、就労意欲を損なわないよう47万円、50万円、51万円と段階的に引き上げられてきました。そして、令和8年4月からは、65万円へと大幅に引き上げられました。このように、在職老齢年金の基準額(支給停止調整額)は原則として毎年見直されます。高齢期に働く人が増えているため基準額も上昇傾向にありますが、給与が高い人や繰下げ待機中の人は注意が必要です。

Aさんが働き続けたことで特別支給の厚生年金に影響が出たように、一つの制度を活用することで、別の関係なさそうにみえる制度にも影響が出る可能性があります。「思っていたのと違った」と落胆しないためには、ライフプランの変更に合わせた都度確認が欠かせません。

〈参照・出典〉
■日本年金機構「在職老齢年金の計算方法」
https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/seido/roureinenkin/zaishoku/20150401-01.html

■日本年金機構「老齢年金ガイド」
https://www.nenkin.go.jp/service/pamphlet/kyufu.files/LK03.pdf

三藤 桂子
社会保険労務士法人エニシアFP
共同代表