『ゴジラ-0.0』ファーストティザー映像から展開を考察 核兵器&初代『ゴジラ』を示唆?
『ゴジラ-1.0』(2023年)から3年、11月3日に公開となる山崎貴監督による『ゴジラ-0.0』のファーストティザー映像が4月15日に公開された。前作に登場した神木隆之介が演じる敷島浩一が戦闘機で飛ぶ空間の異様さと、驚くような場所に出現したゴジラの存在が、否応なしに新作への興味を惹く。
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波のように踊る色をバックに、0453、0452、041、0450と数字を減らしていくカウントダウンが3、2、1、0となって始まったファーストティザー映像から繰り出されたのは、「あの絶望から2年」「新たな絶望が」「迫り来る」という不穏極まりない言葉だった。
その合間には、浩一と浜辺美波が演じる大石典子が引き取った明子という女の子を、典子が撫でながら涙ぐむシーンが挟まり、未だ左眼を包帯で塞いだままの典子の身が、決して万全なものではないことをうかがわせる。
前作でゴジラの襲撃に巻き込まれ、消息不明だった典子がラストシーンで病院に収容されていたことが分かったときも、典子の首筋に何か奇妙な影のようなものがうごめいていて、生存の喜び以上に将来への不安さが沸き上がった。
その不安が2年経ってもなお残ったままの状況で繰り広げられる『-0.0』の物語が、ひたすらに絶望のどん底へと向かう物語になっているのか。それとも晴れて「0」というスタート地点にまで戻りそこから浩一と典子、そして明子の平和な暮らしが始まるのかが、ドラマとしてやはり気になるところだ。
もっとも、浩一の身にも前作にひけをとらないスリリングでスペクタクルな出来事が起こりそうだ。ファーストティザー映像に登場する浩一は、前作の震電とは違った戦闘機を操縦して空を飛んでいるが、その空間がまともではない。電磁気か何かによって地上からけん引でもされたか、あるいはどこからか転移でもしてきたような建物が浮かんで、浩一の駆る戦闘機の行く手を遮る。
浩一はどこを飛んでいるのか。どうしてそのような状況になっているのか。真相をいち早く知りたくなるビジョンだ。
そんな浩一のシーンに続き、破壊される街並みの短いカットを挟んで、ファーストティザー映像はゴジラの登場シーンへとつながり、2年前に日本を戦後からマイナスへと戻した恐怖の主が復活したらしいことを伝えてくる。おそらくは二式飛行艇(二式大艇)という日本軍が使っていた飛行艇が海面を滑る後ろから、巨大で凶悪そうなゴジラが迫り覆い被さってくる映像が、新たな災厄に世界が見舞われ新たな戦いが始まっていることを想起させる。
核兵器の使用を示唆? もっとも、そこまではまだ続編の製作が発表されたときに大勢が浮かべただろう想像の範囲内だ。典子の涙は実の子のように愛おしい明子とは長くいっしょに居られない運命を嘆いてのものかもしれない。浩一が飛ぶ不思議な空間も、強力なエネルギーを内に秘めたゴジラが引き起こした重力のねじれのようなものだと思えば理解できる。
終戦からまだ4年なら戦闘機も飛行可能な機体が残っていたかもしれない。進駐軍が持ち込んだ戦闘機もあっただろう。二式大艇も終戦時に可動機が何機か残っていて、進駐してきた米軍の前で飛んでみせてその高性能ぶりで進駐軍関係者を驚かせた。機体はいったん米国に渡ったが、後に返還され2000年代初頭までお台場の「船の科学館」に屋外展示されていたから、社会見学などで見たことがある人も結構いそうだ。
だから、『-0.0』も『-1.0』と同様に、進駐軍の関与が得られない中で、旧日本軍の兵器や元軍人の能力、そして民間の技術を総動員してゴジラの再襲来を迎え撃つ話なのかもしれない。そう想像した頭を、驚きのシーンが混乱に追い込む。遠く米国は東海岸のニューヨークに立つ自由の女神像に被さるように、ゴジラがヌッと姿を現すのだ。
どういうことなのか。お台場に二式大艇があったからといって、お台場に立つレプリカの自由の女神像ということはないだろう。ファーストティザー映像の動いている二式大艇が「船の科学館」のものを復活させたとは思えないし、お台場の自由の女神像も高さは11メートルしかなく、『-1.0』で50メートルに設定されたゴジラに比べて小さすぎる。そもそも映像の自由の女神像とは質感が違う。
それならやはりニューヨークにある本物の自由の女神像かというと、台座も含めて93メートルもある像を見下ろすゴジラは確実に100メートル以上あって、『-1.0』の50メートルのゴジラとはサイズが違いすぎる。加えて、ファーストティザー映像の途中で二式大艇に襲いかかる背と肩に鋭い棘が生えたゴジラと、自由の女神像を超えるゴジラとでは姿が違っている。背も肩ものっぺりとしたニューヨークのゴジラは、レジェンダリーが手がけるハリウッド版映画に登場するゴジラにむしろ近い。
よもや日米でのゴジラコラボかといった妄想は脇において、ファーストティザー映像からはいろいろと想像させられるところが多くあって、どのような映画になるのかまるで見えない。気になるとしたら冒頭で、『-1.0』でのゴジラ襲来で壊滅した銀座の映像に、英語による「もしも奴らが失敗したら」「今度こそアレを使うかもしれない」というセリフを重ね、浩一たちの活躍で倒されたゴジラに「3発目の投下は中止」というセリフを被せたことだ。
ゴジラに対する核兵器の使用をいったんは引っ込めた米国が、新たな脅威に対して改めて核を持ち出す可能性を示唆したものなのだろうか。それはもしかしたら原爆をはるかに上回る威力を持った水爆のことで、そこからすべての『ゴジラ』シリーズの原点となる『ゴジラ』(1954年)へと繋がっていくのだろうか。
すべての答えはゴジラの日(11月3日)に明かされる。今はただ想像しながらその時を待つだけだ。(文=リアルサウンド編集部)
