熊本城「奇跡の一本石垣」は今…武田真一さんが見た10年の歩み
熊本地震の“復興のシンボル”とされる熊本城に武田真一さんが足を運びました。名城復活に向けて進む熊本城。武田さんが見た10年の歩み、そしてこれからの未来とは。
■武田真一さん
「桜の花もほんのちょっと咲いてますね。この10年熊本城の復旧はどこまで進んだのか取材していきたいと思います」
10年前、2度の大地震で難攻不落の名城、熊本城が一変。重要文化財を含む33棟の建造物すべてが被災し、積み直す石の数は約10万個と言われています。
案内してくれるのは、熊本城の復旧整備を担当する上村さんです。熊本地震で被災した飯田丸五階櫓。角の隅石のだけで櫓を支え、崩落を免れました。その姿は“奇跡の一本石垣”と呼ばれるように。10年後の現在の姿は?
■武田真一さん
「どこが1本の石垣だったんですか?」
■熊本城総合事務所・上村祐一さん
「右側の端の角の石垣が。1本足のような形で支え櫓を支えておりました」
■武田真一さん
ちょうど一番上の右側のところが奇跡の1本石垣ですね。ポツポツしたものが付いてますけどあれは?
■熊本城総合事務所・上村祐一さん
「受圧板と言われるもので」
「受圧板」実は石垣の耐震に関係しています。石垣の表面には「築石」という大きな石、内部には「栗石」と呼ばれる小さな石が詰められています。熊本地震の際は、栗石が沈み築石を押し出したことで石垣が崩れたと考えられています。
復旧工事では、石垣の中に特別なネットを敷き、表面に取り付けた受圧板を引っ張り固定することで、栗石や築石が崩れるのを防ぎます。「受圧板」はいわば現代の耐震補強技術なのです。
■武田真一さん
「これも後世の人が見たらこんな工夫して崩れないように してたんだという一つの貴重な文化財になりますよね」
続いて案内してもらったのが天守閣の西側にある国の重要文化財・宇土櫓。倒壊こそ免れたものの櫓全体が傾くなどしたため、解体して再建することに…。櫓の解体は1927年以来約100年ぶりです。素屋根に覆われた内部に入ると…。
■上村祐一さん
「今解体が終わりましたので穴蔵の石垣が見えている状況になります。いわゆる地下1階という意味で下の方に入り口があった1階、2階、3階、4階、5階と宇土櫓があった」
「内部に保管されていたのは、解体された宇土櫓の部材です。こちら2階3階の通し柱を主に並べております。昭和で入れたものを取り入れて復旧するのかもしくは現代工法を取り入れて復旧するのかは一つずつ部材を調査してこれから設計に入っていきたい」
柱や梁、瓦のひとつひとつが貴重な文化財。中でも最も古い時代のものとみられているのが…
■上村祐一さん
「元禄というのは読めますでしょうか?」
■武田真一さん
「元禄は確かに」
■上村祐一さん
「300年前のものだ分かっております」
■武田真一さん
「築城当時もあれば昭和の時代のものもあれば平成の時代のものそして令和のものがまたここに加わって…時代時代にそれぞれそこに生きていた人たちがずっと守り続けてきた証。本当に素晴らしい文化財ですね」
これまでに復旧したのは天守閣などわずか数か所で、完全に終わるのは2052年度…。観光客にも復旧の様子を間近で見てもらおうと、熊本城には期間限定の「特別見学通路」が設置されています。
「今しか見られない熊本城を楽しんでほしい」。
ボランティアガイドの廣瀬美樹さん。県民にこそ、熊本城を見に来てほしいと話します。
■くまもとよかとこ案内人の会・廣瀬美樹さん
「県外がやっぱり多いです。九州とか関西と関東からですね。どうしても地元など…」
■武田真一さん
「行かないですよね。僕もそうでした。地震から10年が経ちましたけれども/どのくらい進んだのかいやいやまだまだなのかどう実感されてますか」
■廣瀬美樹さん
「街並みとかはガラッと変わってしまったなと思いますけれども、熊本城に関してはやっぱりまだまだ。まずは来ていただいて、この現場を見ていただき熊本城を見ていただき好きになっていただきたい」
ふるさと熊本の“復興のシンボル”熊本城のいまを知った武田さん。最後にメッセージを残しました。メッセージを書いたのは「栗石」。この栗石は今後石垣の中に詰められ、復旧工事に活用されます。
■武田真一さん
「熊本城が完全復旧するのが2052年ということですが、ずっと見守っていきたいと思います。見守ることによって熊本城の新しい歴史を作っていけると思っています」
