博物館の「資料廃棄」を検討している文部科学省

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 ここ最近、SNSを騒がせているのが、「博物館が収蔵する資料の廃棄」に関する議論である。最初にこのテーマが取り沙汰されたきっかけは、「奈良県立民俗博物館」の収蔵スペースが限界に達し、収蔵品の廃棄を検討していると報じられたことだった。奈良県の山下真知事が日本維新の会の常任役員であることから、「維新は文化を大事にしない政党だ」などと、政治と結び付けた批判的な声も上がった。

【写真】増え続ける収蔵品を独自の基準で管理する足立区立郷土博物館の外観

 さらに、松本洋平文部科学相は、3月3日の記者会見で、博物館の運営基準改正案に資料の「“廃棄”検討」を盛り込んだと述べた。これに対し、やはりSNSでは「収蔵品を捨てるとは何事か」「日本は歴史や文化を大事にしない」「クールジャパンを謳っている日本がこれでいいのか」などと、議論が紛糾する事態に発展している。

博物館の「資料廃棄」を検討している文部科学省

 こうした批判が巻き起こるのは心情的に理解できる。だが一方で、収蔵スペースの不足は、突如として降って湧いた話ではなく、博物館が長らく抱えてきた課題でもあるのだ。筆者は長年にわたって各地の博物館・美術館を取材してきたが、10年ほど前、ある地方博物館の学芸員から「収蔵庫がパンパンなので、廊下に資料を置いている」「地域の人たちと博物館の在り方を議論したいが、そういった機会を行政が設けてくれない」と嘆く声を聞いている。

 現実的な問題として、収蔵庫のキャパシティには限界があり、それを維持するにも費用がかかる。しかし、これまでに十分な議論がなされることなく、先送りされてきた結果、実際にスペースが不足することとなり、「本当に重要なものを収蔵できない」事態に陥っている博物館があるのも事実だ。長らくこのテーマに向き合ってきた、足立区立郷土博物館で文化遺産調査担当係長を務める学芸員・多田文夫氏に、博物館と文化行政の課題について話を聞いた。【取材・文=山内貴範】

15年前から問題が顕在化

――もちろん、博物館で資料を保存できるのが理想だと思います。とはいえ、収蔵庫は湿度などを調整できる特別な造りで、維持するだけでもお金がかかります。私が取材した他館の学芸員は「収蔵スペースが限界に達して困っている」と話していましたし、“廃棄”を含めた資料の整理はどこかの段階で行う必要があると言えます。足立区の現状はどうなっていますか。

多田:当館でもスペースの不足が理由で、新しく見つかった貴重な資料を収蔵できない、つまりは、見捨てなければいけない事態が生じています。私はこれまで博物館の専門誌や、日本博物館協会主催のウェブ研究会、国立教育研究所などで、収蔵庫の問題についてたびたび言及してきました。そのたびに、現場の学芸員から、ほとんど悲鳴に近い共感の声が寄せられます。

――収蔵庫の問題が、現場で問題視されるようになったのはいつ頃なのでしょうか。

多田:日本博物館協会によると、今から約13年前の2013年時点で、登録された博物館の半数で収蔵庫が満杯だったというレポートがあります。しかし、当館ではそれより前から問題になっていたため、2005年に廃棄基準を設け、私も学会で問題提起を行っています。廃棄基準を設けた事例としては、当館は全国的に早い例だと思います。

 というのも、2000年以降、博物館に資料確認と緊急収蔵の申し出が急速に増え、収蔵スペースがなくなるのは時間の問題と考えられたからです。その要因として、足立区の市街地で急激な都市開発が進んだことが挙げられます。例えば、古くなった家を取り壊してマンションにする際、蔵や押し入れから先祖が集めた美術品や古文書が出てきた、という話が多く寄せられています。

 先祖から代々伝わった美術品や歴史資料は、個人や団体、地域社会の手によって保管されるのが基本です。博物館は、どうしても行き場がない場合に頼られる、いわば“最後の砦”といえるでしょう。しかし、暮らしの変化によって、現実問題として個人では美術品を維持できない事例が相次いでいたのです。

整理の対象になる収蔵品とは

――生活様式の変化は影響として大きいですよね。昔の家には必ずと言っていいほど掛軸が飾ってありました。今は飾る家も少なくなっています。

多田:おっしゃる通りです。そもそも、最近の家には和室や床の間がないので、掛軸は飾る場所も機会もありません。屏風なんて、受け継いでも場所を取る上に、どう扱えばいいか困ってしまう。しかし、先祖代々伝わったものを無碍にするわけはいかないでしょう。そこで、博物館に受け入れてほしいという相談が増えたのです。

 また、少子化に伴い、区内で学校の統廃合が進みました。それぞれの小学校には地域の歴史資料を納める部屋があったのですが、統廃合に伴い、資料が行き場を失いました。こうした資料も博物館で受け入れてきたのです。なかには貴重な資料もありますが、無制限に受け入れたら大変なことになると考え、廃棄基準を設けて対応しようとしたのです。

――貴館の具体的な廃棄基準はどうなっていますか。

多田:当館の基準を挙げれば、専門の資料館が既に収蔵している書籍や、当館がわざわざ収蔵する必要がない品物、既にデジタルのアーカイブデータなどになっているものなどです。ただ、何を残して何を廃棄するかという具体的な話は、それぞれの施設で異なってくると思います。

――そうした基準に則って、貴館でこれまでに廃棄した資料にはどのようなものがありますか。

多田:当館の前身である足立区立中央図書館郷土資料室には、郷土史を研究した地元の有識者や、学校を退職した社会科の先生たちが、たくさんの資料を残してくださいました。重要なものが多く含まれる一方で、「これはもう、不要では」「わざわざスペースを確保してまで残す意味がある資料だろうか」と疑念を抱くものも少なくありません。

 例えば、浮世絵のカラーコピーや、本の内容を手書きで写したもの、骨董市で買ってきたという由緒が不明な骨董などです。いろいろな施設が収蔵していて、デジタルコレクションで公開されている稀覯本も含まれます。昔はコピー代も高かったので、カラーコピーや原稿の書き写しなどでも後生大事にするべきだと考えたのかもしれませんが、現在では代替ができるため、廃棄しても問題ないと判断しました。

“廃棄”のイメージが独り歩きしている

――“博物館の資料を廃棄する”と聞くと、貴重な美術工芸品を捨ててしまうイメージがありましたが、それらであれば廃棄されるのも致し方ないように感じました。ただ、SNSでは、廃棄基準が設けられると“文化財が海外に売られてしまうのではないか”と、懸念する声も上がっていました。

多田:文化財として価値があるものを、勝手に処分するようなことはありません。廃棄にあたっても、しっかりと館内で吟味をしたうえで行っていることは、強調したいと思います。ただ、どんなものでも受け入れた際には収蔵台帳に記録されているので、そう易々とは廃棄はできない。そこで、しっかりと基準を設ける必要があったのです。

――どうも、“廃棄”とか“破棄”という言葉が独り歩きしている印象を受けます。

多田:おっしゃるように、独り歩きしていますね。先ほど挙げた当館の廃棄基準が全国均一に当てはまるとは思いませんし、各館の成り立ちによって廃棄すべき資料は異なるでしょう。各館が、組織的にしっかりと判断すべきことだと思います。

 繰り返しますが、博物館の資料廃棄に関する議論は、賛否両論があって当然です。当館ではセミナーなどで説明を行い、住民のみなさんの理解が得られるように努めています。博物館は地域の文化を後世に伝えるのが使命です。貴重な文化財を適切に収蔵するためにも、廃棄の問題についても併せて考えていく必要があると考えます。

第2回【SNSで炎上する博物館の“資料廃棄”問題…学芸員が明かす「収蔵品は15年間で3000点も増加」「欧米では収蔵品の廃棄、売却は一般的」という事実】では、博物館の資料廃棄問題について、足立区立郷土博物館の多田文夫学芸員に、収蔵品の増加の現状や、管理方法、そして運営費の捻出方法などについて伺いました。

ライター・山内貴範

デイリー新潮編集部