岩佐真悠子

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岩佐真悠子インタビュー

 元タレントの岩佐真悠子さん(39)は15歳の時、スカウトされ芸能界に入った。「ミスマガジン2003」グランプリを受賞して以来、グラビアや俳優として活躍する。しかし、コロナ禍の2020年に芸能界を引退。その後、介護の仕事へ転身した。自身のこれまでの歩みを振り返ってもらった。(全3回の第2回)【福嶋剛/ライター】
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 幼少期は“おてんば娘”で、タイプとしては「ドラえもん」でいうとしずかちゃんではなくて、ジャイアンの方でした。小中学生になると新宿あたりなら自転車に乗って遊びに行って、いつも門限に間に合わなくて、両親にこっぴどく怒られていましたね。

岩佐真悠子

 習い事もいろいろやっていました。母がピアノの講師をしていたこともあって、3歳から中学に上がるくらいまで母にピアノを教わっていました。他には、お習字と水泳もやっていて、運動神経はあった方だと思います。

 中学に上がると吹奏楽部に入って3年間、ホルンに熱中しました。全国大会に出られるような学校ではなかったのですが、毎朝早く起きて練習していましたね。でも、勉強は大嫌いで授業中は寝ていました……私の青春だったかも。

 高校でも吹奏楽をやりたかったので、入学してすぐに部室に入るとなんと部員が3人だけ。「こりゃダメだー!」となり、ほかに打ち込むこともなかったので帰宅部でふらふらとしていました。その頃、私に近寄ってくる男の子たちはいましたけど、私がジャイアンだと分かると男の子たちは一斉に離れていきました(笑)。

 そんなある日、渋谷を歩いていたらスカウトされて、芸能界の道に進みました。私は普段テレビも見ないし、憧れの芸能人もいなかったので、誰もが知っている超有名人でさえ「あの人、誰?」って感じでした。だけど、やることもなかったので「ちょっとだけ芸能界を覗いてみようかな」ってそんな軽いノリで業界に入りました。

アルバイト感覚

 お世話になっていた事務所はレコード会社とつながっていたので、最初は歌手にすることを考えていたようです。でも、入ってすぐに「1回歌ってみて」と言われて歌ってからは、歌手の話がなくなりました。何ででしょう(笑)。

 今度はグラビアに挑戦することになり、「ミスマガジン2003」でグランプリをいただきました。それがきっかけでCMやバラエティ番組に呼んでいただき、みなさんに「いわまゆ」と呼んでいただけるようになりました。ただ、私はもともとアルバイト感覚で入った芸能界なので何の志もないし、考えも甘かったんです。だから「こんなつもりじゃなかった」と思うことも何回もありました。

 あと、可愛い子ぶりっ子が大嫌いな性格だったので「いやなものはいやです」と結構ハッキリ、ものを言っていました。当時は“男性社会”だったので、理解してもらえず、とにかく怒られました。でも、私はまったく気にしなかったので、おとなたちから「小悪魔」って呼ばれました。「私は小悪魔じゃなくて悪魔だよ!」って言い返していましたが……。それが生意気だっていうことなんでしょうね(笑)。

 ミスマガジンのファイナリストつながりで、今では一緒にコンビを組んで介護のPR活動を行っている西田美歩とは、その頃からの親友で、しょっちゅう彼女に「忙しくて遊べないよ!」ってグチをこぼしていました。

 ただ、そんな中でも徐々に仕事にやりがいを感じていきました。

 俳優は自分ではなく誰かの人生や物語を読み解いて、それを表現するということがすごく面白くて、舞台も映像作品も両方好きでした。舞台は最初から最後まで通してお芝居ができるので、すごく役の気持ちに入り込むのが気持ちよかったです。

 映像作品はまるでパズルのようにいろんなシーンを撮っていくので、舞台以上にすごくチームプレイが求められる世界だなと感じました。実際のオンエアを見ながら自分が演じたシーンが、どんな形になっているのか確かめるのも楽しみでしたね。

 グラビアも1つの作品をカメラマンさんや編集スタッフさんと一緒に、「ああだこうだ」と言いながら作り上げていくところに魅力を感じていました。子供の頃、チームプレイは苦手でしたけど、みんなで作り上げる楽しさやそこで生まれる信頼関係みたいなのがいつの間にか好きになっていました。

理想と現実の差

 でも、30代を過ぎたあたりから自分が表現したい理想と現実の差を感じて、事務所の方針と自分が目指したい方向のズレも徐々に出てきたんです。自分の置かれたポジションに悩みが出てきました。そのうちだんだんと仕事の量も減っていき、遂にはコロナ禍で完全に仕事がなくなってしまいました。

 やっぱり芸能界って人気商売なので、いい時はいいんだけど、そうじゃなくなったら誰にも見向きもされなくなるので「私って何者なんだろう?」って考えるようになりました。だけど、1から一緒に「岩佐真悠子」を作ってくれた事務所を移籍してまで、芸能界にい続けようとは思わなかったです。

 ただ、40代、50代になったときの私をそこで想像できませんでした。それで「30代のうちならまだやり直せるし、悩むくらいなら辞めちゃおう」と決心して、2020年に芸能界を引退することを決めました。

 そんな時に西田が私より一足先に介護関連の仕事を始めていたんです。私に合うかどうかは分からないけれど、思い切って私も介護の仕事をやってみようと思って派遣に登録しました。

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 第3回【「特養」で汗だくなハードワーク、「ありがとう」の言葉に救われた元タレント、39歳・介護士の現在地】では、岩佐さんが介護職について語っている。

岩佐真悠子(いわさ・まゆこ)
1987年、東京都練馬区出身。2003年にスカウトされ芸能界入り。「ミスマガジン2003」グランプリ受賞後、ドラマ・映画・CMなど多方面で活躍。20年に引退し、現在は介護士として従事。同期の西田美歩と「介護士★西田岩佐」を結成し、介護の普及活動を展開。26年、介護福祉士の資格を取得。

福嶋 剛
ライター。1971年生まれ。TV局映像編集、ロケーションコーディネーター、音楽サイトの編集長、ニュースサイトの記者などを経験。ベテランアーティストや元アイドルのインタビューをはじめ、イベントの進行役などエンタメを中心に活動中。