「選ばれる強豪」「選ばれなくなる強豪」…高校野球“総合力の時代”が始まった
アマチュアスポーツの中でも特別な存在感を放つ高校野球が、いま転換点にある。7回制導入の議論が続く一方で、強豪校による不祥事が相次ぎ、高校野球のあり方そのものが問われる局面も増えている。【西尾典文/野球ライター】
強豪校の三条件
昨夏の甲子園期間中には広陵で部内暴行事案が発覚し、出場辞退という異例の事態に発展した。さらに今春には、昨夏準優勝の日大三でも部員による不適切行為が明るみに出て、活動休止となった。
いずれも伝統ある強豪校であり、地域を代表する存在だった。それだけに衝撃は大きい。しかしその一方で、有望な中学生が特定の学校へと集まる傾向はむしろ強まっている。選択肢が多い時代にあっても、学校選びの基準はより明確になっているのだ。

現代高校野球の勢力図を形作る要素は大きく三つある。第一に「甲子園出場の確率」。第二に「進路実績」。第三に「設備・指導体制」である。いわば“強豪校の三条件”だ。
甲子園は依然として球児最大の目標であり、保護者にとっても重要な指標である。安定した強さを誇る学校は、それだけで優位に立つ。加えて、東京六大学や東都大学、さらにはプロへと続く明確な進路ルートを持つ学校は“安心材料”となる。そしてトレーニング施設や寮環境、専門スタッフの充実度も無視できない。
この三条件を高水準で満たしている代表例が山梨学院、健大高崎、仙台育英である。いずれも過去10年で全国制覇を経験し、甲子園出場回数も安定しており、大学進学実績は豊富で、環境整備にも積極的だ。
「選手とその保護者がまず重視するのは、甲子園に出場できるかという点です。高校野球のあり方がいろいろと言われていますが、球児のあこがれ、目標という意味で、甲子園という存在はまだまだ大きいですね。そうなると、県内で圧倒的な立場にある高校が自然と人気になります。もう一つ大きいのは進路の面です。これは特に保護者の方が気にするところですが、有名大学に多くの選手が進んでいる高校はやはり選ばれやすい。野球だけでなく、その先まで見据えた判断が増えています。そして最後は設備面と指導体制でしょう。昔のように下級生は雑用が中心で、寮生活は苦行というチームは減っていますが、それ以上に、どれだけ整った環境を備えているかが問われる時代です」(ある中学野球指導者)
横浜高校というブランドの力
ただ、この三つの要素がすべて高い水準でそろっていなくても、有望選手から選ばれているチームは存在する。その筆頭格と言えるのが横浜だろう。
2015年夏に長く指揮を執った渡辺元智監督が退任して以降、甲子園出場は果たしながらもあと一歩で勝ち切れない大会が続き、県内のライバルである東海大相模の後塵を拝することも少なくなかった。それでも昨春の選抜では19年ぶりの優勝を達成。今季もプロ注目のエース・織田翔希をはじめ、中学時代から将来を嘱望された選手を数多く擁している。
しかしながら、横浜は全国屈指の激戦区・神奈川に属するがために、甲子園出場の難易度は、前述の3校と比べても決して低くない。進路面を見ても、昨年主将を務めた阿部葉太が早稲田大へ進学したものの、同校野球部からの進学は初めてのケースであり、“出口の強さ”で群を抜いているわけではない。それでも有望選手が集まる背景には、「ブランド力」という第四の要素がある。
「やはり横浜高校というブランドの力は大きいですね。特にいまの中学生の親世代は、松坂大輔(元西武など)が大活躍し、春夏連覇を達成した当時の印象が強く残っています。あのユニフォームを着てみたいという憧れを、親から子へと受け継いでいるケースも少なくないと思います。それに神奈川県の高校野球人気は非常に高く、地方大会でも横浜スタジアムが満員になることがある。あのような舞台でプレーできるということ自体に魅力を感じている選手も多いのではないでしょうか」(同)
夏の甲子園大会が第100回の節目を迎えた2018年には、現役プロ野球選手が母校のユニフォームを着用し、球児へビデオメッセージを送る企画が行われた。その際、大島洋平(中日、享栄出身)は、チームメートで横浜出身の福田永将の姿を見て、「(ユニフォームの)オーラが凄い」と語っている。横浜のユニフォームが放つ存在感は、世代や立場を超えて共有されており、野球界において「横浜」というブランドが確立している証拠だと言える。
「選ばれる強豪」と「選ばれなくなる強豪」の分岐点
ここまで4校を取り上げてきたが、今後一気に人気が高まりそうな存在もある。大谷翔平(ドジャース)の母校として知られる花巻東だ。これまで同校は、基本的に地元・岩手出身の選手を中心にチームを編成してきた。しかし昨年から方針を転換。この4月には全国から実力ある選手が入学してくるという。勢力図に変化をもたらす可能性がある動きと言える。もっとも、人気上昇の理由は単に大谷の存在だけではないようだ。
「もちろん、大谷翔平や菊池雄星(エンゼルス)の存在は大きいですが、それだけではありません。設備は当然素晴らしいですし、甲子園に出場できるチャンスも比較的多い。そうした土台はしっかりしています。さらに進路面でも、東大に合格する選手が出たり、佐々木麟太郎のように米スタンフォード大へ進むケースがあったりと、他校にはあまり見られない実績がある。野球の先にある選択肢を示している点は大きいと思います。佐々木洋監督の、高校野球の枠にとどまらない柔軟な考え方に魅力を感じている選手や保護者も多いようです。それに、いまだ成し遂げられていない『岩手から日本一』を達成したいという思いで入学を志す選手も少なくないのではないでしょうか」(前出の中学野球指導者)
花巻市には、2024年のドラフトで史上最多となる6人が指名された富士大がある。花巻東は同大と頻繁にオープン戦を行い、実戦を通じてレベルアップを図っている。高校と大学というカテゴリーを越えた交流が日常的に行われている点も、他校にはない強みの一つだろう。
今回は5校を取り上げたが、勢力図はなお流動的だ。昨春の選抜では創部3年のエナジックスポーツが初出場を果たし、話題を集めた。また今年4月には、大手進学塾を運営する四谷学院が通信制高校として野球部を創部するなど、新たな“プレーヤー”の参入も続いている。
少子化が進む時代にあって、野球部の存在は競技力のみならず学校経営やブランド戦略とも直結する。甲子園、進路、育成環境、そしてブランド力――。それらをいかに備えるかが、これからの高校野球における“盟主”を決める指標となるのではないか。
しかし同時に、どれほど伝統を誇る学校であっても、その評価は決して不変ではない。昨夏の広陵、今春の日大三の不祥事が示したのは、実績や歴史だけでは信頼を守り切れない現実だ。選ばれる強豪であり続けるために求められるのは、健全な運営と透明性を備えた“総合力”である。「選ばれる強豪」と「選ばれなくなる強豪」。その分岐点は、すでに見え始めている。
西尾典文(にしお・のりふみ)
野球ライター。愛知県出身。1979年生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行う。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。
デイリー新潮編集部
