悔やんでも悔やみきれない…年金月31万円・資産9,200万円の78歳夫妻、高級シニア住宅で直面した〈誤算の結末〉
老後資金に余裕があっても、住まい選びがうまくいかなければ家計は想像以上に揺らぎます。総務省『家計調査(2024年平均)』では、高齢夫婦のみの無職世帯は可処分所得を消費支出が上回り、赤字を貯蓄の取り崩しで補う構造が示されています。加えて、介護が必要になれば自己負担や生活支援費用が上乗せされます。「資産があるから大丈夫」ではなく、「支出がどの形で増えるか」を見誤らないことが重要です。
「もう子どもに迷惑はかけない」憧れの高級シニア住宅へ
「最後は、身ひとつで暮らせる場所がいい」
そう語っていたのは、都内近郊に住むA郎さん(78歳)と妻のB子さん(78歳)です。年金は夫婦で月31万円。金融資産は9,200万円。持ち家もあり、周囲からは“老後安泰”に見える夫婦でした。
2人が選んだのは、都内の高級シニア住宅。食事、見守り、コンシェルジュ、提携クリニック――パンフレットには「自由と安心」が並んでいました。
「ここなら、将来介護が必要になっても大丈夫ですよね?」
見学時にB子さんがそう尋ねると、担当者は穏やかに答えました。
「介護が必要になった場合も、サポート体制があります。お二人なら十分ご検討いただけると思います」
夫婦は契約に踏み切りました。入居時に支払ったのは、夫婦2人分の前払金(入居一時金)相当で計3,000万円。月額費用は管理費・食費などを含めて約32万円。年金31万円で、ほぼ相殺できる計算です。
「月々は年金で回る。入居金は“預け金”みたいなもので、いざとなれば戻るだろう」
ここに最初の落とし穴がありました。前払金は“全額が戻るお金”ではありません。契約には「償却期間」や「返還金の計算方法」が定められており、短期間で退去した場合を除き、時間経過で返還額が小さくなることがあります。
ただ、その場で夫婦が細部まで理解できていたかというと、難しかったといいます。
入居後の暮らしは確かに快適でした。掃除は外注、食事は選べるコース、困りごとはフロントが対応。B子さんは笑って言いました。
「旅館みたい。もう台所に立たなくていいのね」
ところが数ヵ月で、家計の肌感が変わります。月額32万円に加えて、何かにつけて「追加費用」が発生したのです。
生活支援サービス(買い物同行、通院付き添い)
施設内イベントや外出サービス
医療費、薬代
オプションのリネン交換、個別対応
「少しだけ頼む」が積み重なり、月の支出は35万、38万と増えていきました。
A郎さんは家計簿を見て眉をひそめます。
「おかしいな。年金で足りるはずだったのに」
8ヵ月後、妻が転倒――“介護が必要な人”になった日
入居から8ヵ月。B子さんが居室で転倒し、圧迫骨折で入院しました。退院後も歩行が不安定で、要介護認定は「要介護2」。ここから支出の構造が一変します。
介護保険サービスは原則1〜3割負担(所得等により異なる)ですが、施設側の「介護上乗せサービス」や個別見守りが必要になると、介護保険の枠外費用が増えます。
さらに、同じ施設内でも介護度やケア体制によって費用が上がるプランでした。
「奥さまの状態ですと、夜間の見守りが必要です。追加で月8万円ほどになります」
担当者の言葉に、A郎さんは固まりました。
「月8万円…? 年金で回らなくなるじゃないか」
A郎さんは考えました。資産は9,200万円ある。いざとなれば自宅を売ればいい。そう思っていたのです。
ところが、現実は簡単ではありませんでした。自宅の売却には時間がかかり、片付けも必要。さらに、相場が希望より低く、仲介からはこう言われました。
「急ぐと値が下がります。最低でも半年は見てください」
“すぐ現金化できる”と思っていた資産が、動かない。A郎さんは焦り始めます。
追い込まれた夫婦は、より費用の低い住まいへの転居を検討します。しかし、そこで二つ目の衝撃が来ました。
「前払金の返還は、現時点で約1,700万円になります」
A郎さんは声を荒らげました。
「3,000万円払ったのに、もう半分近く消えたのか?」
償却の仕組みを理解しきれていなかったツケでした。
金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査(2023年)』では、70歳代の二人以上世帯の平均金融資産は1,757万円とされています。A郎さん夫婦の9,200万円は明らかに上位層です。
それでも破綻しうるのは、資産額ではなく「支出の形」が読めないからです。
総務省『家計調査(2024年平均)』が示すように、老後は赤字を貯蓄で補う構造になりやすい。そこに住まい費用の上振れが重なると、資産の減り方は一気に加速します。
夫婦は最終的に、より費用の低い住まいへ移ることを決めました。ただし、転居費用と返還金の目減りで、当初9,200万円あった金融資産は大きく減りました。
A郎さんは言います。
「安心を買ったつもりが、安心を削る契約になっていた。悔やんでも悔やみきれない」
B子さんは、申し訳なさそうに言いました。
「私が転んだから…」
A郎さんは首を振ります。
「違う。転ぶことは誰でもある。想定すべきだったのは、転んだ後の“費用の増え方”だった」
老後の住まいは、人生の終盤を支える基盤です。華やかなパンフレットより先に、見るべきものがあります。安心は、金額ではなく設計で決まる――夫婦の誤算は、その点を見落としていたことでした。
