日中関係を一気に悪化させた高市発言

11月7日、高市首相は国会の場で、「台湾有事はわが国の“存立危機事態”になり得る」との答弁を行った。存立危機事態とは、「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、わが国の存立が脅かされ国民の生命、自由及び幸福追求の権利が覆される危険な事態」を指す。

高市首相のこの発言に、中国は猛烈に反発した。中国政府は、中国は台湾を含めて一つで、中国は統一されるべきというのが基本スタンスだ。これまで、わが国は、台湾の扱いについて、意識的に曖昧な表現にとどめてきた。ところが、今回の高市首相の発言は、これまでの表現から一歩踏み込んだものになった。そこに大きな落とし穴があった。

そこには、最近、中国の国民感情がやや悪化している影響もありそうだ。不動産バブル崩壊による雇用不安は上昇している。習政権は、今回の高市首相の発言をきっかけに、国際社会での中国有利な世論形成や、国民の不満の矛先を日本に向けさせることを考えているのかもしれない。

写真=EPA/時事通信フォト
2025年11月12日、中国習近平国家主席は北京の人民大会堂でスペインのフェリペ6世国王(写真には写っていない)の歓迎式典に出席した。 - 写真=EPA/時事通信フォト

今回の首相発言は、インバウンド需要の減少をはじめ、わが国の経済にかなりのインパクトを与える可能性がある。その影響は長期化することが懸念される。今後、高市政権がチャイナリスクにどう対応するか、注目せざるを得ないだろう。

■「どう考えても存立危機事態になり得る」

今回の日中関係不安定化の経緯を簡単にまとめておく。11月7日、衆院予算委員会で、立憲民主党の岡田克也氏は、台湾有事は集団的自衛権を行使できる存立危機事態にあたるか質問した。

高市首相は、「戦艦を使って、そして武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得る」と回答した。この発言は、これまで歴代の首相が行ってきた、台湾有事に関する曖昧な発言から一歩踏み出したものだ。

■日本への渡航自粛を要請、その理由は…

中国は、この答弁に対して激しく反発した。11月19日までに中国は、日本への渡航、旅行、留学を当面控えるよう国民に通知した。「日本では、中国人を対象とした犯罪などが増加している」との文言も通知に加えた。

なお、この主張に対して日本外務省は21日、警察庁の統計を示したうえで「そのような指摘は当たりません」と否定している。

【画像】在日本中国大使館公式Xの投稿

さらに中国は、日本産水産物の輸入再開も事実上撤回した。過去の日中関係が悪化した局面と比較しても、中国の反発姿勢はかなり強い。

1972年、当時の田中角栄首相が北京に行き、日中国交正常化を果たした。その際の日中共同声明の中で、わが国政府は「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部」との中国の立場に理解をする旨が含まれていた。それ以降、歴代の政権は“一つの中国”を理解、尊重するとしてきた。いわゆる“戦略的曖昧さ”だ。

■国民の不平不満を自分に向けたくない?

高市首相の答弁は、一つの中国への理解、尊重を欠いたと中国政府は受け止め、反発した。2022年、米バイデン大統領(当時)は、中国が台湾に侵攻すれば台湾防衛のために軍事的に関与すると明言した。その後、米国政府は、中国が軍事力で台湾侵攻の場合の対応を明確にしない、戦略的曖昧さを堅持する方針を明示した。

中国政府としては、不景気で苦しむ国民の不平不満を、日本に向けさせる意図もあるのかもしれないとの指摘は多い。不動産価格の下落が続き、中国のデフレ圧力は高まっている。その状況下、習政権は経済政策よりも、政治(汚職の摘発、公務員への倹約指示)を重視しているようだ。

需要不足から、上場企業約5300社の4分の1は赤字に陥り雇用・所得環境は悪化した。高まる民衆の不満のはけ口として、中国政府は対日強硬姿勢を示している面もあるのかもしれない。

■エンタメ界、観光業に影響が広がっている

高市首相の存立危機事態発言は、わが国の経済にマイナスの影響をもたらしている。エンタメ分野で、人気音楽デュオ“ゆず”はやむを得ない諸事情を理由に上海、香港、台北での公演を中止した。中止まで至らないものの、トラブルなどを懸念して公演を延期したアーティストもいるという。

これは、日中の経済関係の基礎の一部が棄損したことを意味するだろう。貿易をはじめ経済の円滑な運営には、人々の安心と安全が不可欠だ。アーティストが安心してコンサートを開催できないほど、中国政府の対日批判は悪化しているとみられる。

サービスの分野でも影響は深刻化しつつある。中国が訪日の自粛を勧告した結果、中国からのクルーズ、バスツアーのキャンセルが相次いだ。場所によっては、中国からの観光客の姿が見られないところもあると聞く。11月下旬、中国政府は、来年3月末まで国内の航空会社に日本への航空便を減らすよう要請したと報じられた。

写真=iStock.com/Victor Golmer
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Victor Golmer

■レアアースを武器に圧力をかける恐れも

今のところ、中国からの訪日客は中低所得層では減少、高所得層はあまり変化がないとの指摘もあるが、先行きは楽観できない。負の影響は、サービスだけでなく、モノの輸出や中国での事業運営にも及ぶだろう。

教育分野への影響も懸念される。わが国では、少子化の加速によって中国からの留学生を確保して学校運営を行うケースは増加傾向だ。中国教育省は、わが国の治安は不穏であり、中国人をターゲットにした犯罪が増えているとして、自国民に対日留学計画を慎重に検討するよう通知を出した。

今後、中国が、レアアース(希土類)の対日輸出規制を持ち出して、わが国に圧力をかける展開も想定される。中国企業との合弁を含めた、日本メーカーの自動車や家電製品の不買運動が起きる恐れもある。

11月25日、日本政府は「従来見解の変更に当たらない」として、高市首相の存立危機事態に関する答弁書を決定した。今回の日中問題の悪化は長引くことが懸念される。

■チャイナリスクに日本企業が対抗する方法

2017年3月、中国は在韓米軍の終末高高度防衛ミサイル(THAAD、サード)配備に報復し、韓国への団体旅行を禁止した。解除されたのは、それから6年以上たった2023年8月だった。また、ミサイル配備用地を提供した大手財閥系企業のロッテは、中国でロッテマートの複数店舗が営業停止に追い込まれた。

仮に、中国が訪日旅行を全面禁止すれば、わが国経済にはかなりの下押し圧力がかかる。香港を含めた中国からの訪日客の消費額は、2025年1〜9月期実績の年率換算で約2.7兆円、GDPの0.4%に達する。

それに加え、わが国の重要産業の自動車分野での販売、合弁、調達を中国が禁止する恐れもある。事態の長期化により、わが国が複数の期にわたってマイナス成長に陥ることも考えられる。

こうしたチャイナリスクに対応するため、日本企業は必要な取り組みを行う必要がある。まず、リスクの分散だ。資材の調達、製造、販売市場として、中国の重要性は高まった。わが国の産業全体で販売の44%近くが、中国向けとの試算もある。対中関係の悪化による収益の減少を防ぐために、関連企業は今から、サプライチェーンや販売市場としての中国の比率引き下げに取り組むべきだ。

■「対中包囲網」を完成させることが急務

もう一つは、企業の実力を高めることだ。具体的には新商品開発の加速だ。他の国の企業も、今回の高市発言を機にチャイナリスクの高さを理解したはずだ。自国内、ASEAN、インドをはじめとする新興国、そして米国や欧州などの主要先進国市場をめぐるシェア争いは、これまで以上に激化するだろう。競争に勝ち残るためには、他社にはない新しい価値を持つモノやサービスを創出し、シェアを高めなければならない。

政府にも取り組むべき点はある。わが国は、米国、欧州などの先進国と連携を強化し、台湾問題、南シナ海の領海問題、北朝鮮問題に是々非々の姿勢で取り組む多国間連携を急ぐべきだ。

特に、経済面からの対中包囲網の形成は、わが国が自律して経済運営を目指すために重要性が高まっている。対応が遅れれば、中国が新興国や景気が厳しい欧州の一部の国の支持を取り付け、対日批判がエスカレートする恐れもあるだろう。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)