『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』©︎吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

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 生身を削る思いで戦ったとしても、全て無駄なんだよ杏寿郎。お前が俺に喰らわせた素晴らしい斬撃も、既に完治してしまった。だがお前はどうだ。潰れた左目。砕けたあばら骨。傷ついた内臓。もう取り返しがつかない。鬼であれば瞬きする間に治る。そんなもの、鬼ならばかすり傷だ。どう足掻いても人間では鬼に勝てない。

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 『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』において上弦の鬼である猗窩座は、戦闘中に炎柱・煉獄杏寿郎に滔々と語る。煉獄と猗窩座は、戦闘力においては互角かもしれない。だが戦闘が進むにつれ、「取り返しがつかない」負傷が増え、息も絶え絶えになっていく煉獄。対する猗窩座は、頸以外ならどこを斬られようともすぐに再生する。つまり防御を気にする必要がない。攻撃に全振りできる。

 この作品における悪役、鬼たちは初期設定からして強すぎる。猗窩座の言う通り、人間が勝てるとは思えない。そんな脆弱な人間が、鬼に勝てるかもしれない唯一の方法がある。それは、“全集中の呼吸”を極めることだ。

 心肺機能を極限まで増強し、大量の酸素を血中に取り込むことで血管、骨、筋肉が、熱化され、強化される。結果、身体能力が大幅に向上する。また、相当な身体的負荷のかかるこの呼吸法を、睡眠時を含む四六時中維持し続けることを“全集中・常中”という。会得することで基礎体力は飛躍的に向上する。だが蟲柱・胡蝶しのぶ曰く、これは「基本の技」であり「初歩的な技術」であり「できて当然」らしい。

 できて当然と言われても、炭治郎ですら「耳から心臓出たかと思った」というほどに、困難を極める芸当だ。練習方法としては、「瓢箪を吹いて破裂させる」というもの。現実世界でも、肺活量自慢がタイヤに息を吹き込んで破裂させるというパフォーマンスを見ることがある。これでも充分すごいのだが、タイヤはもともと空気を注入すれば膨らむようにできており、限界を超えれば当然破裂する。だが、硬い瓢箪は膨らむようにも破裂するようにもできておらず、これを破裂させる時点ですでに人間業ではない。しかも最終的には人間の子供サイズの瓢箪の破裂を求められる。

 今思えば、柱稽古のいちばん最初に元音柱・宇随天元が無限走り込みを課したのは、この心肺能力向上を考えてのことだと思われる。ハードな走り込みにグロッキーな隊員も多かったが、このときの鍛錬のおかげで、全集中・常中ができるようになった隊員もいたことだろう。結果、『無限城編 第一章』では、見違えるように強くなった平隊士たちの姿を観ることができる。

 また、ケガをしても鬼のように再生とはいかないが、呼吸の力でケガの悪化をストップ、もしくは遅らせることはできる。『無限列車編』で腹を刺された炭治郎は、破れた血管に意識を集中することにより、止血をしている。また、ネタバレになるので多くは語れないが、『無限城編 第二章』では、命にかかわるような重症を呼吸の力でなんとかしてしまう剣士も登場するはずだ。そのときはさすがの上弦の鬼も、「人間にできて良い芸当ではない」と素直に驚いている。

 これらの芸当は、徹底的な呼吸法鍛錬によりインナーマッスルが極限まで鍛えられた状態だからこそ可能なことだ。筋肉は、随意筋と不随意筋に分けることができる。腕や足など自分の意志で動かせるのが随意筋、血管や内臓及びその周りの筋肉など、自分の意志で動かせないのが不随意筋である。インナーマッスルは基本的に不随意筋だ。だが、鍛錬により不随意筋を動かすことは、不可能ではない。

 わかりやすい例を挙げてみよう。例えば大胸筋は厳密には随意筋になるのだが、普通はそこだけを独立して動かすことは難しい。だが意識して大胸筋を鍛えることにより、動かせるようになる。ベンチプレスの際に直接バーベルを持ち上げているのは腕だが、「今オレは胸の筋肉で持ち上げているんだ」と強く思い、大胸筋に意識を集中することで、その箇所が鍛えられる。結果、大胸筋だけを意識して動かせるようになる。もっとも大胸筋をピクピク動かせても、戦いの場はおろか、日常生活でも一切役に立ったことはないが。

 ハードな呼吸鍛錬により、呼吸筋(肋間筋や横隔膜)や腹筋深部などのインナーマッスルが鍛えられている。結果、該当箇所に意識を集中することにより、大胸筋のように動かせるようになっているのだろう。従って、破れた血管の筋肉を動かして裂け目をふさぎ、止血することもできる(あくまで理論上は)。

 ところでバトル漫画好きという人種は、いくつになっても漫画・アニメに出てくる必殺技や特殊訓練を真似したくなるものだ。この全集中の呼吸を、実際に極めることはできるのだろうか。

 まず最初にイメージしたのは、クンダリーニ・ヨガの、その名もズバリ“火の呼吸”だ。クンダリーニ・ヨガはハード系のヨガで、特に火の呼吸は1分間に100回から200回という高速で腹式呼吸を行うというものだ。やってみるとわかるが、相当にキツい。実際に格闘家のヒクソン・グレイシーや船木誠勝らが取り入れていることでも有名だ。当然“強くなるため”に取り入れているのだから、全集中の呼吸との共通点も多い。正直昔は、この火の呼吸が全集中の呼吸のモチーフではないかと思っていた。

 だが『鬼滅の刃』本編を観ると、キャラによって呼吸音の違いはあれど、みなゆっくりと長い呼吸をしていることがわかる。火の呼吸ではなさそうだ。ゆっくりした呼吸だが極めてハードな呼吸鍛錬法として、思い出したものがある。2010年代から俳優・美木良介が提唱していたロングブレスダイエットである。お腹を引っ込めたまま、強く長い呼吸を繰り返すこの呼吸法も、火の呼吸とは違う種類のキツさがある。上半身裸で「フーーーーーーーーー……!!」とやっていた美木良介と鬼殺隊はあまり結びつかないが、呼吸法自体には共通点も多い。

 呼吸法鍛錬全般に言えることだが、インナーマッスルが鍛えられると内臓の動きが活発になるため、血流が良くなり、体温も上がる。結果、痣を出す条件となる戦闘中の心拍数200超え、体温39度超えにも繋がりやすくなる。もちろん我々一般人がそんな状態になったら困るが、呼吸法鍛錬自体は体にもいいしダイエットにもなる。強くなって柱を目指すのもいいだろう。柱までは一万歩あるかもしれないがな!(文=ハシマトシヒロ)