デザインに対する冒涜かも? フェンダーミラーが似合わなかった車5選

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フェンダーミラーが似合わなかったクルマを振り返る

 現在、新車で販売されているモデルは、ほぼすべてドアミラーが装着され、レクサス「ES」やホンダ「ホンダe」ではカメラが取り付けられたデジタルアウターミラーへと進化しています。

 ドアミラーが解禁されたのは1983年のことで、それ以前の国産車にはフェンダーミラーが装着されていました。

ドアミラー解禁前にデビューしてフェンダーミラーが似合っていないクルマたち

画像】全車フェンダーミラー仕様とドアミラー仕様で、どれだけ変わるか見比べてみる!(28枚)

 国産車で初めてドアミラーが装着されたのは日産2代目「パルサー」で、1983年のマイナーチェンジで一部のグレードに採用。

 その後ドアミラーは爆発的に普及し、黎明期はフェンダーミラーもオプションで選べましたが、次第にオプションでも選べなくなってほぼ全廃されました。

 フェンダーミラーにはいくつもメリットがありますが、なによりもクルマの外観デザインに与える影響が大きく、とくにもともとドアミラーを想定してデザインされたスポーツカーなどには似合いません。

 そこで、ドアミラー解禁以前に誕生したモデルで、フェンダーミラーが似合わなかったクルマを5車種ピックアップして紹介します。

●いすゞ「ピアッツァ」

フェンダーミラーのデザインもジウジアーロが手掛けたという「ピアッツァ」

 いすゞが誇る不朽の名作といえば「117クーペ」が挙げられますが、その実質的な後継車として1981年に登場したのが3ドアハッチバッククーペの「ピアッツァ」です。

 ピアッツァのデザインは117クーペに続いて巨匠ジョルジェット・ジウジアーロの手によるもので、セミリトラクタブルヘッドライトが特徴的で、全体的に丸みを帯びたスタイリッシュなフォルムは未来的な印象さえありました。

 そして、デビュー当時は当然ながらフェンダーミラーを装着。全体のシルエットに対して、明らかに違和感がありました。

 ピアッツァが発売されると、やはりフェンダーミラーに対してのバッシングがあり、ジウジアーロに対しての冒涜との声もあったようですが、実は日本の交通法規を考慮してジウジアーロ自らがフェンダーミラーをデザインしたといいます。

 その後、ドアミラーが解禁されるとピアッツァもドアミラーを採用し、事なきを得ました。

●マツダ「サバンナRX-7」

低いボンネットにフェンダーミラーは似合わない「サバンナRX-7」

 マツダは1978年に初代「サバンナRX-7」(SA22C型)を発売。前身である「サバンナ」に対して、外観デザインは共通性がまったくないほど一新されました。

 サバンナRX-7は当時のスーパーカーブームをキャッチアップしたかのように、リトラクタブルヘッドライトを採用したシャープなウェッジシェイプで、まさにスポーツカーの王道といったデザインです。

 エンジンも「サバンナGT」から受け継いだ573cc×2ローター自然吸気ロータリー「12A型」を搭載し、最高出力130馬力(グロス)を発揮し、排出ガス規制の強化もありながらスポーツカーにふさわしい心臓といえました。

 しかし、このスタイリッシュなフォルムでも、フェンダーミラーが装着され、低いフェンダーラインにキノコが生えているようです。

 当然、海外仕様ではドアミラーとされていましたから、違法改造(当時)覚悟でドアミラーに変更するユーザーもいました。

 1983年にターボチャージャーを追加した「RX-7ターボ」がデビューすると、ドアミラーが装着され、本来の精悍なスタイルになりました。

●ホンダ「プレリュード」

ドアミラー解禁直前にデビューした2代目「プレリュード」

 かつて、ホンダのスペシャリティカーとして一時代を築いたモデルといえば「プレリュード」です。初代は1978年にデビューしましたが、デザイン的にも性能的にも中途半端な印象を拭えず、ヒット作にはなりませんでした。

 そこで1982年に、デザイン、シャシ、エンジンとすべてを刷新するフルモデルチェンジを敢行し、2代目が登場します。

 ボディタイプは2ドアクーペを継承しましたが、低いボンネットの先端は流行のリトラクタブルヘッドライトを採用してスポーティに演出。

 エンジンもツインキャブで最高出力125馬力を発揮する1.8リッター直列4気筒SOHCを搭載し、フロントはダブルウイッシュボーンサスペンションとするなど、外観だけでなく走りもスポーティに進化しました。

 ところが、タイミング的に必然ながらフェンダーミラーを装着。低いボンネットのシルエットに似合うはずもなく、1983年のグレード追加の際にドアミラーに改められました。

海外仕様との差が大きかった2台のスポーツカーとは

●日産「フェアレディZ」

2代目「フェアレディZ」はデザインへの影響は少ないものの、北米仕様を見ると……

 1969年に、名車中の名車である日産初代「フェアレディZ」が誕生しました。ファストバッククーペのスタイルは時を超越したように斬新で、まさに生粋にスポーツカーに仕立てられていました。

 初代は当然フェンダーミラーですが、意外とデザインと融合しており違和感はなく、むしろジャパンスタイルとして、近年、アメリカのZファンのなかにはあえてフェンダーミラーを装着するケースもあるほどです。

 そして、1978年に2代目が登場。初代のデザインコンセプトを受け継ぎながら、よりモダンに正常進化を果たし、ボディの大型化やターボエンジンの搭載などGTカーへの道を歩みはじめました。

 装着されたフェンダーミラーはスポーティな形状で鏡面の位置も低く、一見すると初代と同じく全体のフォルムに意外とマッチしていましたが、北米のドアミラー仕様と比べてしまうとデザイン的にはマイナス要素だとわかります。

 この2代目フェアレディZは1983年まで生産されたので、国内仕様ではフェンダーミラーのままとされ、3代目では当初からドアミラーを採用しました。

●三菱「スタリオン」

シャープなフォルムにフェンダーミラーはかなり違和感のある「スタリオン」

 三菱は旧態依然とした「ギャラン ラムダ」に対し、欧州でも通用する次世代のスポーツカーとして1982年に「スタリオン」を発売しました。

 ボディはリトラクタブルヘッドライトを採用した3ドアハッチバッククーペで、ノミで削ったようなシャープなウェッジシェイプのフォルムが特徴です。

 当初からトップグレードには最高出力145馬力を発揮する2リッター直列4気筒SOHCターボエンジンを搭載するなど、まさに欧州基準といえるスポーツカーでした。

 この直線基調の精悍なスタイルのボディにも当初はフェンダーミラーが取り付けられ、違和感は相当なもので、やはり欧州仕様のドアミラーこそ本来のスタイルといえました。

 その後、1983年のマイナーチェンジで、上位グレードにインタークーラーを装着して最高出力175馬力に向上すると同時に、無事ドアミラーへ変更されました。

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 冒頭にフェンダーミラーは「ほぼ全廃され」と書いてありますが、新車で販売されるモデルで唯一のフェンダーミラー車がトヨタ「ジャパンタクシー」です。

 フェンダーミラーのメリットは車幅感覚がつかみやすい、死角や視線移動が少ないなどがありますが、タクシーの場合は大きなメリットとして、助手席にお客さんが乗ってもミラーが見えることが挙げられます。

 助手席のお客さんの手や体でドアミラーが隠されても、その都度「ミラーが見えない!」と注意することはできないので、タクシードライバーにとってフェンダーミラーの方が安心できるということです。